2002年、岡山・津山市で主婦が連れ去られ現金700万円が引き出された事件は、6月3日に20年を迎えた。主婦の行方はわからないままで、夫は今、残された時間と向き合っている。

突然消えた妻と現金700万円

事件前、夫婦で登山した時の写真。

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高橋幸夫さん:
金婚式なんよね、生きとったら。死ぬまで抱えた未解決かもしれない

夫婦の時間はあの日から止まったまま。2002年6月3日、高橋さんが仕事を終え帰宅すると、妻の妙子さんの姿はなかった。その夜、最後の会話を交わす時が訪れた。

2002年6月3日、妙子さんと高橋さん電話の会話

妙子さん:
もしもし妙子ですけど、身の危険はないから、心配しないでください

高橋幸夫さん:
どうしたん?

妙子さん:
車でぐるぐる連れまわされて、いまちょっと、どこまで行っているかよく分からないけど、多分岡山ぐらいだと思います

高橋幸夫さん:
連れまわされとん?誰に?

妙子さん:
警察に言わないでください

その後、高橋さんの口座から700万円が引き出されていたことがわかった。警察は、何者かが妙子さんを連れ去り、現金を引き出したとして捜査を始めた。
消えた主婦と多額の現金…謎めいた事件に、取材も過熱した。

インターホン越しの高橋さん(当時):
犯人1人でもあげていただけるような方向の報道をお願い致します。精神的にくたびれてしまいまして

程なくして捜査線上に容疑者が浮上した。妙子さんを自宅まで乗せたことがある元タクシー運転手の男と、銀行の防犯カメラに映っていた33歳の女。

2人に捜査の手が迫り、逮捕が見えてきた矢先のことだった。
男は公園の片隅で自殺。女も山の中で自殺しているのが見つかり、妙子さんの行方を知る手がかりは途絶えた。

高橋幸夫さん:
せめて遺骨だけでも戻ってくることを、僕は望んでいる。ここまでやったんだよ、妙子。だから許して。見つからなくても。ここまでやったよと言ってやりたい

高橋さんと妙子さんが結婚したのは1972年。3人の子どもは独立し、老後は夫婦水入らずで旅行する計画だった。自宅には、事件当日に妙子さんがたたんだ洗濯物がずっとそのままにしてあった。

高橋幸夫さん:
片づけることは、自分の手で妙子をこの世からなくすような感じがする

事件当日、妙子さんがたたんだ洗濯物
事件当日、妙子さんがたたんだ洗濯物

妙子さんの帰りを待つ日々、それも終わりが近づいていた。
事件から6年後、高橋さんは津山市を離れ、独立した子どもたちに近い神戸市に移り住んだ。裁判所に妙子さんの失踪宣告を申し立て、法律上亡くなったことにした。

高橋幸夫さん:
生きている妙子という、僕の生き方から限界を感じてきた

事件の捜査は、容疑者の死を境に行き詰まり、妙子さんの行方はわからないまま。年月が経つに連れ、事件があったことすら知らない人も増えてきた。

夫婦の最後を自らの手で…

事件から20年。高橋さんは今、介護付きの高齢者住宅に身を寄せている。2022年で79歳になった。

高橋幸夫さん:
ここが終のすみか。それまでの間に、早く遺骨を僕の手元に戻してほしい

部屋には思い出の写真が飾られていた。終のすみかで思うのは、残された時間と妙子さんのこと。

高橋幸夫さん:
うちの女房は苦しんだことは事実だと思う。怖かったと思う。まだ生きたいと思ったろうし、僕の手で妙子の人生を見届けて、最後に閉めてやって、僕も閉める。今の僕の願い

妙子さんを自ら弔って、夫婦の最後を迎える。高橋さんは今、そう願っている。

(岡山放送)