今年の箱根駅伝で、2年ぶりの総合優勝に輝いた青山学院大学。
もはや箱根の顔とも言える原晋監督が“青学史上最強”と評したチームは大会新記録を樹立。
これで青山学院大学は、過去10年で総合優勝6回と大学駅伝界に、旋風を巻き起こしている。

しかし、毎年選手が入れ替わることが避けられない大学チームで、なぜ常に強いチームを作り上げることができるのか?そこには原晋監督が重んじる独自のマイルールがあった。
ある日の青学陸上競技部に潜入
早朝5時。町田にある選手寮に、選手たちのあいさつの声が響く。

学生:
おはようございます!
スタッフ:
おはようございます!早いですね。
学生:
だいたい、5時起床の門限が22時なんですけど、強くなりたいって思ったらその時間を守って、競技に集中する人が多いですね。
選手は全員、寮生活が青山学院大学陸上競技部のルール。

起床後はすぐに近所の公園へ。5時50分。原監督も見守る中、アップを中心としたメニューを20分。さらに場所を移動して走ることおよそ9キロ。朝からきっちりと走り込むのが青学流だ。
他にも寮生活には朝5時起床、22時の門限。掃除は全学年で当番制、朝食は全員で一緒に。さらに練習は1日3時間までなど細かいルールがたくさんある。

こうした多くのルールがある中、チームを強化していく上で、最初に取り組んだことを原監督に聞いた。
「寮則の充実でしょうね。駅伝競技、あるいはマラソンは一人で走っていくんですねランパン、ランシャツだけで走って行く競技。陸上競技っていうのは規則正しい生活をルーティンのごとくやっていかなければ強くならないのが、選手強化で一番大事なこと」なのだという。
とはいえここまでは他でもやっていそうなこと…。大学駅伝界の絶対王者独自のマイルールとは何なのか?
さらに深く聞いてみると、原監督からこんな驚きの言葉が出て来た。
スタッフ:
それって忘れるとどうなるんですか?
原:
それは必ずですね、表参道の学校にいても(町田の寮に)帰らせまして。特に朝練習なんかは、忘れた子は一旦寮に帰って(他の)学生たちは体操の集合場所で待機させて戻ってくるまで待つと。

スタッフ:
一人のために全体が待つんですか?
原:
そうですね、それはしつけですから。そのうちそういうのは無くなってきますから。
「破ればどこにいても寮に呼び戻される」
しかもそれを実行するためには「全員が待たされることもある」という。そんな大学駅伝界の絶対王者の鉄の掟とは何なのか?
選手強化の“一丁目一番地”
その秘密は寮の玄関前にあった。
外出しようとする選手たちの動きを観察してみると、あるものをひっくり返しては外に出て行く。

スタッフ:
今のは、なんですか?
学生:
外出のときにひっくり返すものです。練習に行くので赤に返しました。赤が外出するときで、白が寮にいるときです。寮の敷地から出るときは赤に返さないといけないルールになっています。

中にはこんな選手も。名札を返すと上下にさすっている。何かのおまじないだろうか?

スタッフ:
これ回転させた後上下にさする人いるんですけど、なんでですか?
学生:
(忘れると)結構重大なミスなんですよ。安否確認というか、いるかいないかの確認なので、だから絶対忘れないようにってことで、習慣づけというか、返したっていう確認ですね。用心な人は写真を撮ったりする。これは忘れちゃいけない大事なやつです。
どうやらこの外出札を管理することが絶対王者の鉄の掟のようだ。だがなぜこれが重要なのだろう。原監督はこう語る。
「(外出札は)しつこくこだわっているルールのひとつですね。毎日外出するときに、ちゃんとルールを守ることができるかできないか。当たり前のことを当たり前にできない子は育成できない、育たないとこれ長距離走の基本なんですよ。そういう意味あいでこの札返しっていうのが町田寮でのある種の掟ですね」

さらにこうも語る。
「青学の場合は駅伝競技なので、最終的にはチームの団体10人の評価で駅伝は成り立つので、いくらエースであっても私生活が適当なことをしてたらですね、仮にブレーキになった時に、やっぱり『お前適当なことやってるからだ』って、チーム内の選手から批判されてくるわけなんですよね」
「逆にブレーキになっても普段の私生活がきちっとしていれば、そこは『ドンマイドンマイしょうがないよ』と、『我々は一生懸命頑張ってきたんだから』という形になっていくわけですよ。ですから、陸上競技の規則正しい生活というのは強化の一丁目一番地にあると。そういうことなんですね」
実に納得である。
選手の自主性を育てる“目標管理ミーティング”
一見、ガチガチのルールで学生たちを締め付けているように見えなくもない厳しさだが、実はもうひとつ、青学の強さを特徴だてる大事なルールがあるという。
原晋監督はこう切り出した。
「目標管理ミーティングですかね。月に一度ですね学生同士でチームの目標の名の下に、個人の目標を考えて、具体的にやるべき事項を挙げて、それを学生間でプレゼンをさせるんですね」

それは寮での選手ミーティングの時間のことだ。
学生:
19時55分目安で2月の振り返り、行ってください。
青山学院陸上競技部の全ての選手は“目標管理シート”と呼ばれる紙に、手書きで毎月のチームのテーマ、個々の目標を書き、それを達成するために何をするべきかを選手だけで話し合う。
そのミーティング場ではこんな言葉が飛び交う。
学生:
(けがをして)悔しいのはわかるけど、オレも去年この時期に故障して、箱根とか後半の駅伝シーズンには間に合ったから。まずはしっかり完治させることが一番重要であって…。

ケガを経験した上級生が、焦る下級生に自らの経験を重ね合わせてアドバイスを送っていた。この習慣を部員はこう語る。
学生:
下級生は特にわからないことが多いなかで、目標管理ミーティングをやって、その下級生が上級生になった時には、それを下級生に伝えてってこともできるので、それでどんどん良い風潮が“目標管理ミーティング”を通して作られているのかなって思います。

この目標管理ミーティングの目的を原晋監督はこう語る。
「自主性でしょうね。(駅伝は)強い子が集まれば速いかといったらそうでもないんですね。速く走る行為はキツイんですよ。さらにその中で一番を目指そうと思ったらキツイです。キツイことをやるためには一人ではできないんですよ。みんなでキツイことにチャレンジすることで、そのキツさを乗り越えられるのが長距離走かなと思うんですね」
大学駅伝界の絶対王者、青山学院大学陸上競技部。
そこには、総合力で戦う駅伝競技の特性を知り尽くした、原晋監督ならではのマイルールがあった。