かつて、韓国の小学校の休み時間と言えば、日本と同じようにチャイムと共に子どもたちが一斉に校庭に飛び出し、走り回るのが日常だった。しかし今、そのような光景は「過去の思い出」になりつつある。

ある調査では、休み時間を教室で過ごす児童が90%を上回ることが明らかになった。大人たちの身勝手な苦情度を超した責任論が、子どもたちの居場所を奪っている実態が浮き彫りになっている。

休み時間は「10人中9人が教室に」

韓国の全国教職員労働組合が2024年に全国の小学校4~6年生2450人を対象に行った調査によると、休み時間を過ごす場所が「教室」と答えた児童は実に90.4%(複数回答)に上った。
一方で「運動場・遊び場」と答えた児童はわずか23.8%に留まっている。

Q)休み時間を過ごす場所は? (複数回答)
教室 90.4%
廊下 33.4%
運動場・遊び場 23.8%
トイレ 17.3%
図書室 7.5%
講堂(体育館) 7.4%
(2024年「子どもの生活と仲間遊び実態調査」 全国教職員労働組合)

校庭に児童が1人もいない小学校も

果たして本当に韓国の子どもたちは校庭で遊ばないのか?

半信半疑で昼休みの小学校を見に行ってみた。

こんな光景が「過去の思い出」になりつつある
こんな光景が「過去の思い出」になりつつある
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ソウル市内の、とある小学校。午後0時20分過ぎ、給食を食べ終わった児童たちが1人、2人と校庭に出てきて遊具などで遊び始めた。

午後0時半を過ぎると50人ほどの児童が鬼ごっこや野球をしていた。決して多くはないが、子どもたちが元気に校庭を駆け回っていた。

校舎から子どもたちの声は聞こえるが、校庭に児童の姿はなかった
校舎から子どもたちの声は聞こえるが、校庭に児童の姿はなかった

一方、そこから車で5分ほど離れた別の小学校では、全く異なる光景が広がっていた。

マンションが連なる団地脇にあるその小学校では、午後0時半を過ぎても校庭に子どもの姿はなかった。平日の昼休み、校舎の中からは子どもたちの声が聞こえるものの、校庭には1人もいない。正門脇にいた学校職員の男性に聞くと、児童たちは校舎の中にいると言う。

翌日、改めてこの小学校を訪れてみたが、やはり昼休みの校庭で遊ぶ子どもたちの姿はなかった。サッカーのゴールやボールはあり、体育の授業などでは使うようだが、休み時間には使われていないようだ。

学校側に理由を聞いたが、「個別の取材には応じられない」とのことだった。そこで、日本の教育委員会に当たるソウル市教育庁の下部組織「教育支援庁」に聞くと、「校庭の使用に関しては学校ごとクラスごとに決めていて、教育支援庁では指導していない」という。

モンスターペアレントの執拗な責任追及

なぜ、これほどまでに校庭から子どもたちが姿が消えてしまったのか。教職員が加入する「韓国教員団体総連合会」のチャン・スンヒョク報道官は、教育現場の苦悩をこう明かす。

「今、教育の現場では教員がすべての偶発的事故に対してすべての責任を負わされ、場合によっては一生懸命働いてきた職場を一瞬で失うこともある。教員は極端に萎縮している状況です」

サッカーや野球を「全面禁止」にする学校が増えている
サッカーや野球を「全面禁止」にする学校が増えている

韓国では、子どもが外で転んだり、友達とぶつかったりしただけで、教師の「監督責任」を厳しく問う抗議が急増しているという。いわゆる“モンスターペアレント”だ。

さらに「うちの子がサッカーに混ぜてもらえないなら、サッカー自体を禁止しろ」といった苦情により、昼休みのサッカーが実際に禁止された事例もあるという。

国会議員のチョン・ハラム氏がまとめた資料によると、昼休みや放課後にサッカーや野球を「全面禁止」にしている小学校は、全国6189校のうち312校(5.04%)に上る。さらに大都市圏ほどその傾向は顕著で、首都ソウルでは16.7%、第2の都市・釜山では実に34.7%の小学校で禁止されている。「一部制限」の学校を含めれば、自由にボール遊びができない学校ははるかに多いとみられる。

「有罪判決」の衝撃 “教師保険”は14倍に急増

そうした中、ある事故の裁判が教師たちをさらに萎縮させることになった。

2022年、校外学習中にバスを降りた児童たちが移動する際、バスの運転手が安全確認を怠ったままバスを発進させ、ひかれた児童1人が死亡する事故が起きた。この時、引率していた担任教師が「児童への注視を怠った」などの理由で業務上過失致死の罪に問われ、2025年11月、2審で「禁錮6カ月」の有罪判決(宣告猶予)が下されたのだ。
(※「宣告猶予」は一定期間、刑の宣告を先送りする判決。宣告猶予を受けた日から2年が経過すれば免訴=起訴されなかったものとして扱われる韓国の制度)

このニュースは教員社会に大きな衝撃を与え、全国の教師たちが相次いで裁判所に寛大な処分を求める嘆願書を提出したものの、「偶発的な事故でも防げなければ職を失いかねない」という恐怖が教師の間で広がった。

これが外遊びの制限校外学習の縮小に拍車をかけることになる。教師たちは、自分たちが管理しやすい「教室内」に子どもを留めていた方が“自分の身を守れる”と考えるようになったのだ。

「体育祭や運動会、校外学習などは法的な義務事項ではありません。義務ではない活動を行ったことで職を失うリスクがあり、かつ安全対策が十分に講じられていない状況でこれらを実施するのは困難だという判断から対外活動が今、極端に萎縮している状況です」
(「韓国教員団体総連合会」チャン報道官)

万が一、責任を問われた場合に備えて「保険」に加入する教師も急増している。
教員の法的賠償や訴訟費用をカバーする「教職員安心保険」の加入者は、2018年の1477人から、2026年には2万522人と、わずか8年で14倍にまで膨れ上がっている。

運動会で周囲に「ごめんなさい!」 子どもを謝罪に追い込む「騒音苦情」

さらに、学校を取り巻く地域社会の目も厳しい。

2025年5月、仁川市のある小学校で行われた運動会は、子どもたちの次のような「謝罪」から始まった。

「ごめんなさい!きょうは私たち、少しだけ遊びます!」

また、別の小学校で行われた運動会では、子どもたちが校庭を走り回れたのはわずか30分。残りの2時間半は狭い体育館で行われ、学年ごとに5日間に分けて開催。保護者は見学すらかなわなかったという。

本来は地域社会で温かく見守るべき子どもたちの歓声が、今や「騒音」と捉えられ学校への苦情につながっている。

運動会に関する通報で警察車両が出動する事態に
運動会に関する通報で警察車両が出動する事態に

前出のチョン・ハラム議員の資料によると、2025年に学校の運動会に関して警察(韓国の112番通報)に寄せられた通報件数は350件に上り、2018年の77件から7年でおよそ4.5倍に急増している。そのうち98.5%(345件)で、実際に警察車両が学校に出動する事態になっている。

小学校に近い物件は人気が高いが…
小学校に近い物件は人気が高いが…

韓国では、小学校に近い物件は「超駅近」ならぬ「チョプムア(小学校を抱いたマンション)」などと呼ばれ、資産価値が上がる傾向にある。しかし、いざ住んでみると学校から出る音は我慢できない――そんな大人たちの身勝手な“二重性”が子どもたちを校庭から遠ざけている。

この問題は国会でも取り上げられ、チョン議員は「過剰な苦情によって教育現場が崩壊している」と政府に対策を訴えた。

“貴重な息抜き”すら奪われる子どもたち

韓国は現在、日本をはるかに上回る世界最低水準の少子化に直面している。OECD加盟国の中で出生率が「1」を割り込んでいるのは韓国だけで、まさに危機的状況だ。子ども一人ひとりがこれまで以上に貴重な社会の宝であるはずだが、その一方で、幼い頃から熾烈な受験競争にさらされ、ただでさえ息苦しい環境に置かれている。

「こんな過酷な経験を自分の子どもにさせたくないから、結婚や子育てに前向きになれない」
そんな韓国の若者たちの声を何度も耳にした。

韓国の子どもたちから“息抜き”が奪われている
韓国の子どもたちから“息抜き”が奪われている

韓国の子どもたちにとって、休み時間に校庭で友達と遊ぶ時間は、過酷な日常における大切な“息抜き”だったはずだ。大人たちの過度な防衛意識理不尽な苦情によって、そのささやかな自由すら奪われてしまうのだとしたら、あまりにも残酷ではないだろうか。

学校への執拗な抗議を繰り返すモンスターペアレントへの対応や、近隣からの「騒音苦情」によって子どもの居場所が次々と狭められていく――。そんな社会の光景は、日本にとっても決して人ごとではない。
(FNNソウル支局長 一之瀬登)

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一之瀬登
一之瀬登

FNNソウル支局長。韓国駐在5年目。「めざましテレビ」「とくダネ!」など情報番組を制作。その後、報道局で東京都庁、東京オリンピック・パラリンピック担当キャップ。2021年10月から現職。辛いものは好きですが食べると「滝汗」です。