まさかこの時代にこんな旧式の戦争が起きるのか、と思われている方も多いことだろう。しかし現実である。2月24日、ロシアのウクライナ侵攻は正攻法で始動し、プーチン大統領は、最短距離で目的遂行の為に邁進している。

住宅街の上空を飛ぶロシア軍のものとされるヘリコプター(キエフ州・24日) 
住宅街の上空を飛ぶロシア軍のものとされるヘリコプター(キエフ州・24日) 
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2月に入ってからは、アメリカの「ロシア内部機密情報の即時公開」という異例の工作戦術が奏功するかに見えたのも束の間、それを後目に、既に規定路線となっているかのごとく、21日に親ロシア派武装勢力が支配するドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国を独立国家に承認し、両国の「平和維持」を口実に24日に堂々とウクライナに対する軍事侵攻を開始した。この独裁者の耳には、もう誰の声も一切届かない。

プーチン氏の野望やその背景、侵攻が今である根拠については、前回1月27日掲載の解説記事「ロシアが今ウクライナ侵攻をもくろむこれだけの理由」にて詳細を解説しているのでそちらを是非ご参照頂きたいが、今回は、改めてより明確になったプーチン氏の狙いや、浮き彫りとなったアメリカを頂点とする西側陣営の弱点と今後の世界秩序の捉え方、我々日本の為すべきことについて述べていきたい。

傀儡政権の早期樹立というプーチン大統領の戦略

前回解説の通り、プーチン大統領は、今がロシアの栄光を取り戻す最大かつ最後のチャンスとばかりに「ソビエトに勝るとも劣らぬ勢力圏の再構築」を目指し、その実現に向かって一心不乱に突き進んでいる。その最初の目的は、確かにウクライナの現政権の解体であり、ウクライナにおける親ロシア傀儡政権の樹立である。それが、NATOの東方拡大を阻止し、旧ソ連加盟国の民主化への希求を放棄させ、その結果、ロシア政権の安定に繋がると本人は確信している。

事実、現ウクライナ政権の崩壊を最大の目的として、キエフに潜伏するウクライナのゼレンスキー大統領の殺害を直接的に狙う動きも何度か見せており、現政府さえ転覆せしめれば「傀儡政権を樹立させ一方的に承認→友好条約を締結→平和維持を目的にロシア軍を常駐」という実効支配体制が確立される。そこにウクライナ国民の民意がある必要はない。

加えて、プーチン氏は早期の決着を望んでいる。長引けば長引くほど目的完遂への負のリスクが大きくなり、国際社会からの締め付けは厳しくなる一方で、戦闘自体も市街地におけるゲリラ戦などの膠着状況を生み出すことはロシア軍の損害拡大を意味し、プーチン氏にとって大きなマイナスになる。早期に傀儡政権の樹立まで持っていくこと、これが今回の戦略と見る。

逆に、ウクライナ政権としては、侵攻が開始された以上、どこまで長期的に抵抗を続けられるかが停戦に好条件を引き出す一つのファクターとなるが、長引けば国民の犠牲も増え、短期に停戦合意を探ることも選択肢の一つではある。有利な停戦条件と国民の犠牲、どちらを取るか、ゼレンスキー大統領にとっては、籠城中の戦国武将さながらの難しい決断を迫られることになるが、残念ながら、どちらにせよ現政権の解体以外の条件をプーチン氏から得ることは極めて困難な状況と言わざるを得ない。

ウクライナのゼレンスキー大統領(キエフ・27日)
ウクライナのゼレンスキー大統領(キエフ・27日)

バイデン大統領の“失敗”

それにしても、今回のアメリカの対応にはあまりにも多くの疑問が残る。

冷戦終結後30年が経過する中で、唯一の超大国としてアメリカは世界に民主主義を推し進めてきた。一方のロシアは、人口もGDPも大国とはお世辞にも呼べず、且つ軍事的にもアメリカが作り上げた民主主義陣営の世界秩序の中で、もはや20世紀に見られた武力に頼る領土拡大は困難と見られ、アメリカの国防戦略担当者は、危険ではあるものの「最大の脅威」とは見做さず、寧ろ大国間競争が復活するならば相手は中国、と、その軍事資源をあからさまにインド太平洋に振り向けた。

ところが、強固に見えていた民主主義陣営の平和を守る結束力は、実は強固でも鉄壁でもなく、独裁者の20世紀型武力領土拡大に対抗する手法を何ら持ち合わせていないことが今回明確となった。武力行使は過去の遺産となったはずであり、ロシアの領土侵攻などいまさら無謀なはずであったが、“20世紀型独裁者”はまるでソ連邦崩壊の汚名をここで返上するかの様に帝国主義を露わにし、侵略としか呼べない暴挙に出た。それにも関わらず、アメリカはこの暴挙に対し何ら有効な手段を講じることが出来ず、その行為をここに至るまで許している。

今回のバイデン大統領の失敗を語れば切りがないが、二つの重要問題だけ挙げておきたい。
まず、バイデン大統領が11月から振りかざしていた経済制裁だが、最初からプーチン氏が何を恐れ、何を行えばウクライナ侵攻を放棄するのか、という分析にも検証にも欠けていた。大袈裟に叫びはするものの西側諸国に代償の少ないものを選択するのみで、その手法は甚だ疑問としか言いようが無い。そして事実、侵攻を抑止する効果は無く、首都キエフへの侵攻が確実になってからようやくSWIFTからのロシア排除を決定するも、それでロシア軍が国境に戻るわけでは無い。厳しい経済制裁は中長期的には効果があるが、相手の中長期戦略次第という視点が不可欠で、2014年以降、外貨を貯蓄し、海外資産を整理し、中国という経済パートナーを得て、SWIFTに代わる決済システムを考察し終え、国民を困窮に陥れても独裁政権体制を維持し得ると確信しているロシアの様に、全てのリスクを覚悟している相手に対する侵略抑止効果がないことが立証されただけに終わっている。

そして今回の事態を招いたバイデン大統領の最大の失敗は、本気で戦いを望む相手に、最初から武力における対抗措置の放棄を宣言したことである。12月初めより「アメリカ軍をウクライナに派遣することは無い」と言い続けたバイデン氏だが(近隣のNATO加盟国には派遣した)、たとえウクライナ領内にアメリカ軍を派遣することが現実的に無理でも、「場合によってはいつでもアメリカ軍を派遣する用意がある」と厳しい姿勢を見せるのと、最初から派遣しない意思を宣言するのとでは結果は大きく異なり、プーチン氏からすれば、当初からウクライナ軍との戦闘だけを考慮に入れれば良いという、侵攻へのハードルを大きく下げる失敗行為と言わざるを得ない。NATO加盟諸国の意向や、アメリカ世論と安全保障戦略の現実を考えた場合に派遣が不可能であったことは想像に難くないが、現実論と交渉術は常に使い分ける必要があり、バイデン氏の交渉術は超大国のアメリカ大統領に求められるレベルには程遠いものである。

上述した両問題は、いずれも民主主義の弊害である。
経済制裁は、ロシア経済に効果の高い手法を選択すればするほど西側の経済にも打撃を与えるものであり、アメリカ経済への影響ならびに西側諸国経済への影響を考えれば思い切った手が打てない。激しい軍事侵攻を目の当たりにしてから後出しで厳しい手を打っても、上述の通り軍事侵攻したものを今更戻すことは出来ない。

一方のアメリカ軍非派遣宣言は、軍事衝突を望まないNATO同盟国への配慮だけでなく、アメリカ国内世論にも配慮した結果であろう。侵攻直前の世論調査(CBSニュースによる)では、ウクライナ問題にアメリカは関与すべきでないとの意見が53%であり、それよりも新型コロナ対策や経済対策が有権者にとって懸案事項であったのは事実ではある。しかし、一時の支持率を考慮するあまり権威主義独裁者との交渉を避けた結果、軍事侵攻をみすみす許し、それがますますアメリカの権威を失墜させ、民主主義陣営を更なる弱体化に導き、開戦の影響を受けてインフレを増長させアメリカ国民の生活まで苦境に巻き込むとしたならば、一体誰の為の配慮なのだろう。プーチン氏のあざ笑う声が聞こえてくる様だ。

攻撃を受けた建物(キエフ・25日)
攻撃を受けた建物(キエフ・25日)

抑止力としての武力、“アメリカの関与”の促進

今回、このロシアのウクライナに対する侵略行為を通じて、我々日本人が改めてよく考えねばならないことが二つある。

一つは、この平和と人権が尊重される21世紀にも、旧式の武力行使による他国侵略を行う国家は依然として存在し、それに対して我々はどう戦うかというテーマである。
他国の危機よりも自国の経済を優先させる現在の民主主義陣営においては、残念ながら現状の日和見的な経済制裁だけで権威主義、独裁主義の国に対して武力行使を抑止出来ないことが明確となった。今回のロシアに対する経済制裁の中長期的な結末が、今後一つの抑止力になる可能性はあるが、それを待つ以前に、同様の事態が起こった場合の民主主義陣営の戦い方、経済制裁の在り方を今一度よく考える必要がある。そして、平和的な解決が理想であることは百も承知ながら、少なくとも現状存在する権威主義国の独裁者が退陣するまでは、抑止力としての武力が必要であることが明確となったと判断する。

ウクライナからポーランドへ避難する市民ら(26日)
ウクライナからポーランドへ避難する市民ら(26日)

そして、もう一つは、既にこれだけアメリカが弱体化し、超大国としてのアメリカがもはや存在しないことが明確になった中で、今後の安全保障秩序がどうなっていくのか、そしてアメリカの軍事力無しでは到底権威主義国の暴挙を抑止出来ない我が国が、一体どのようにアメリカを頼り、誇張を承知で言えば「導いて行くのか」というテーマである。

バイデン政権は、国内の支持基盤が脆く各勢力の主義主張に振り回される結果、一貫性が無く、曖昧で、中途半端で、常にもたつく。これは民主主義陣営においては極めて深刻な問題である。しかし、現実としてアメリカの分断の問題は根深く、外国への関与に反対するアメリカ国民が増加していることもまた事実であり、今この瞬間も、アメリカが国の威信を犠牲にしてプーチン氏に付き合う必要はないという主張と、アメリカに敵対する権威主義国によって独立国が侵略されているのに見て見ぬふりをすべきではないという主張が混在する。そして今のアメリカは、わざわざ外国間の争いに軍事的に関与することで自国民の生命や財産を危険にさらすべきではない、という論調が強くなる方向にある。

この論調がアメリカの総意となった時、アメリカの同盟国、特に「日米安保」という仕組みの中で自国防衛をアメリカに頼ってきた我が国は、最大の権威主義国である中国の脅威に晒され、今回のウクライナと同じ運命を辿ることになる。

権威主義が勢力を最大化させ暴挙に出ている今だからこそ、冷戦後アメリカが推進してきた民主主義とその世界秩序の中で同盟国の独立と平和を守り、世界の民主主義国家の繁栄を守ることこそがアメリカの国益に直結するのだという主張を支援し、積極的にアメリカを権威主義国との紛争解決に関与させ、軍事行使への抑止力を上げる努力が必要である。それは、今までの「アメリカの言いなり」ではなく、能動的かつ積極的な「アメリカの同盟国に対する大いなる関与の促進」である。

幸いまだアメリカは、中国を戦力的競争相手国と見なし、台湾でいずれ起こるであろう侵攻危機に対し積極的に関与する姿勢を崩していない。一方国内では、2022年に2.98%(予想)まで下落するであろう国防費を、4%にまで戻すべきだという議論が巻き起こりつつある。

東アジアの台湾をめぐる緊張がそう遠くない未来に高まると言わざるを得ない状況にある中で、まかり間違っても、その時のアメリカに、今回の様な無責任で中途半端な振る舞いを許す訳にはいかない。

【執筆:欧米ビジネス政治経済研究所 林大吾】

林 大吾
林 大吾

欧米ビジネス政治経済研究所代表理事、経営コンサルタント。三重県生まれ。早稲田大学商学部卒。早稲田大学ラグビー部で鍛えた肉体で三菱商事に入社、14年間最前線で商社マン→シカゴ大学経営大学院でMBA取得→現在は研究所代表理事、経営コンサルタントと6社の企業経営を掛け持つ。著書2冊。YouTubeは「アメリカンパトロール」