このところ脇に追いやられていた感の否めない悪役界の巨頭が、まるで、俺のことを忘れていたのかとまたぞろ悪行を始めた、、、そうと言うと"大国"ロシアの国家元首に失礼極まりないと怒られるかも知れない。

しかし、国際社会のルールを踏み躙り、非は隣国・ウクライナと西側にあると強弁する厚顔は悪役の大ボスの1人であることの証左に違いない。

ウクライナ南東部のロシア人勢力が支配する地域独立の一方的な承認と、自称"平和維持軍"の派遣というその所業は世界を怒らせている。

独立を承認する大統領令に署名するプーチン大統領(モスクワ・21日)
独立を承認する大統領令に署名するプーチン大統領(モスクワ・21日)
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アメリカの想定通りの動き

しかし、よくよく考えてみると、今回のロシア側の動きはアメリカが想定していた最初のシナリオ通りのようでもある。

何故ならば、北京冬季五輪開始前の1月末に、ワシントンの知り合いの外交専門家が、筆者の問いに応え「プーチンはウクライナ南東部で既にロシア人勢力が支配している地域に戦車を進軍させ、その後に交渉を続けようとするだろう」と既に予想していたからだ。

この原稿執筆時点ではほぼその通りの方向になっているわけで、氏の慧眼には恐れ入る他ないのだが、政府の外のシンクタンクに籍を置くこの専門家氏がかなり早い時点でそう予想していたのだから、バイデン政権にとっても今回の事態は想定の範囲内に違いないと当然考えられるのである。

実際、バイデン大統領は1月19日の就任1周年の記者会見で、ウクライナへの「小規模な侵攻があった場合にどう対処するか議論することもあるだろう」と発言した。

就任1年にあたり会見に臨んだバイデン大統領
就任1年にあたり会見に臨んだバイデン大統領

これは侵攻の規模次第では大規模かつ強力な経済制裁には踏み切らない可能性を示唆したとも受け取られ、すぐに釈明に追われる事態になったのだが、この発言時のバイデン氏の念頭には、まさに今回のような行動の想定があったのだろうと思われる。

とあらば、こうした動きにどう対応するかもバイデン政権は検討に検討を重ねていたはずである。その時間はたっぷりあった。

矢継ぎ早に経済制裁発動

それ故か、アメリカ政府は、直ちに、自称「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」への制裁を打ち出し、翌22日にはクレムリンやロシア軍と関係が深いとされる金融機関と経営陣、プーチン氏の側近らに対する制裁を矢継ぎ早に発動した。

これでは小出しで不十分との謗りもない訳ではないようだが、これはまだ交渉の余地はあると見て希望を捨てていないからなのだろうと推測できる。

また、ロシアの"平和維持軍"の進軍について、アメリカ政府は、検討に丸一日費やした上で“侵攻の始まり”にあたると微妙な表現で定義した。

"平和維持軍"が入るように指示されたのは既にロシア人勢力が実効支配している地域で、銃弾によって侵入路を切り拓き、ウクライナ政府の支配地域に押し入るのとは異なるかららしいが、これも交渉の道を完全に閉ざしたくない故でもある。

21日に制裁案を発表したバイデン大統領も「ロシアが侵略者であることに疑問の余地はない」と非難しながらも「最悪のシナリオを避ける為の時間は残っている。…(中略)…アメリカと同盟国は外交のドアをオープンにし続ける」と発言している。

欧州諸国も交渉への希望捨てず

欧州諸国に目を転ずれば、イギリス政府は第一弾として、ロシアの5つの銀行と個人3人に対する資産凍結という制裁を発表し、ドイツはロシアからの天然ガス輸送パイプ・ノルドストリーム2計画の停止を決めた。EUも幾つかの制裁案を発表したが、大規模かつ強力な追加制裁を更に課すかどうかは、いずれも、プーチン大統領の次の動き次第という構えだ。

天然ガスのパイプライン「ノルドストリーム」のコンプレッサー・ステーション(画像:Nord Stream)
天然ガスのパイプライン「ノルドストリーム」のコンプレッサー・ステーション(画像:Nord Stream)

当然、欧州諸国はアメリカと調整の上でこうした対応に出ているはずで、やはり交渉への希望は捨てていない。

更に言えば、大規模・全面的な制裁を最初から課せば却って全面侵攻を誘発し制裁が抑止にならないという懸念もあるという。

「制裁は抑止の為にある」

記者団に背景説明をしたホワイトハウスの高官は「制裁は制裁の為にあるのではない。制裁は抑止の為にある。つまり、我々はウクライナへの全面侵攻を思い留まらせたいのだ」等と述べ、制裁措置はロシアの出方次第で段階的に発動する考えを明らかにしている。

アメリカのブリンケン国務長官は24日に予定されていた米ロ外相会談のキャンセルをひとまず発表したが、先に登場した専門家氏は、アメリカ政府は「今はまだロシアとの交渉を続けようとするだろう。しかし、交渉に進展がなければ極めて厳しい制裁に移行するだろう」との見通しを示している。

「会談しても意味がない」として米ロ外相会談をキャンセルしたブリンケン国務長官
「会談しても意味がない」として米ロ外相会談をキャンセルしたブリンケン国務長官

ロシア側も外務省スポークスマンが対話の用意はあるという姿勢は示している。

ただ、言葉による非難や小規模な制裁だけでプーチン氏が引くとは誰も思っていない筈である。

しかし、全面侵攻に踏み切ればロシアも大火傷する。プーチン氏からすれば、多分第一段階の目的であるウクライナ東部での既成事実の強化を果たした以上、暫くは水面下の交渉の様子を見るのではないかという淡い期待はできなくもない。

ただし、プーチン大統領は明らかに相手の意表を突くのがお好みだ。何事にも冷静なワシントンの専門家氏も「状況は緊迫している」と珍しく警戒心を顕にしている。ウクライナの東部と北部を取り囲むロシア軍はじわじわと国境に近づいているという報道もある。

プーチン大統領が出動命令を出した直後のウクライナ・ドネツク近郊(22日)
プーチン大統領が出動命令を出した直後のウクライナ・ドネツク近郊(22日)

それ故、次に事態がいつどう動くか予断を全く許さないが、水面下を含めた、ここ数日、或いは一、二週間の"交渉"が、ウクライナ情勢にとって、更に言えば、今後の世界情勢にとっても、分水嶺になるかもしれない。

悪役の悪役たる所以

話は少し戻るが、拙文の冒頭に"大国"ロシアとわざわざ書いた。

東西冷戦に敗れ、国ごと尾羽打ち枯らしたようにしかどうしても見えなかった頃に、ごく普通のある市民が「ロシアは大国ですから」と、特段、肩に力を入れることもなく、さらりと言ってのけたのに出会し、その度し難い非現実的認識に筆者は仰天したことがある。ソビエトとロシアの取材経験はそれ程多くはないのだが、この驚きの記憶は今も鮮明に残っている。

どうやら、この"大国"意識はプーチン氏からも抜け難いようだ。いや、むしろ“帝国”意識と言った方が適切かもしれない。

しかし、"大国"として世界から一目も二目も置かれ、影響力を行使したいなら、腕力だけでは逆効果だという事実にプーチン氏は全く気付いていないとしか思えない。まさに悪役の悪役たる所以だ。

強まる西側・NATO諸国の結束

実際、今回のプーチン氏の行動の結果、ウクライナの愛国心と反ロシア感情はかつてない程に高まり、西側・NATO諸国の結束は、アフガン撤退による亀裂などまるで無かったかのように、実に久しぶりに強まっている。

今回の事態をプーチン氏がどのように収めるつもりか知らぬ。が、買い被りかもしれないが、アメリカ始め西側は悪役の思い通りにしてはならないという決意で固いように見える。

こうした現実にプーチン氏が遅ればせながらも気付き軌道修正することを、無駄かもしれないが、願うばかりである。

悪役は他にも複数居るのである。1人でも大人しくして貰った方が世の為なのである。

【執筆:フジテレビ 解説委員 二関吉郎】