ロシアが2月にウクライナに侵攻する可能性
バイデン米大統領は、1月27日に実施されたウクライナのゼレンスキー大統領との電話会談で「ロシアが2月にウクライナに軍事侵攻する可能性は十分ある」と警告したと、米政権幹部が明らかにした。
また、バイデン大統領は28日、近く東欧にも米軍を派遣する考えを示した。
この記事の画像(19枚)活発化するロシア軍地上部隊の演習
ウクライナの周辺で、10万もの軍隊を展開しているとされるロシア軍は、1月中旬、国内外各地の演習場で大規模な演習を実施。
ロケットでロープ状の爆発物を飛ばし、雪や土とともに地雷など敵が仕掛ける地中/地表の爆発物を一気に爆破処理。幅6m長さ90mの道を開く能力のあるUR-77地雷除去車輌を使っ訓練を実施した。
そして、T-72B3戦車や装甲車の訓練を実施し、地上機甲部隊の即応体制を見せつけた。
英国の軍事援助を受けて活発化するウクライナ軍の訓練
一方、ウクライナ軍は、英国から供与された対戦車ミサイル、NLAWの教官育成を急ぐ。
また、ウクライナ軍は、大型のウラガン多連装ロケット砲の展開・移動訓練を実施。
ロシア軍、演習にイスカンデルMミサイル複合システムを投入
ロシア軍は、巡航ミサイルも短距離弾道ミサイルも発射可能なイスカンデルMミサイル複合システムの展開・装填演習を実施した。
また、ウクライナが面する黒海でも、ロシア海軍が演習を実施。
その中には射程2000㎞を超える巡航ミサイル、カリブルNKを発射可能なミサイル垂直発射機を装備したアドミラル・グリゴロヴィチ級フリゲート『アドミラル・エッセン』の姿もあった。
陸からも海からも睨みを利かせ、いざという時に大規模火力を展開する能力も見せつけるロシア軍。
断続的に続けられる外交交渉が成果を上げるかどうか。
ただいずれにせよ、世界の注目が集まる中、万が一の軍事衝突に至るかどうかは、この原稿を書いている時点(2022年1月29日現在)では、余談を許さない状況だ。
数で押すロシアに対して、ウクライナは、昨年(2021年)のうちから、ある種の対策を取り始めていた。
ウクライナ軍が導入したTB2ドローン
2021年12月24日、クリスマス・イブの日に、ウクライナ大統領府は、米国からジャベリン対戦車ミサイルを受領し、さらに同年7月から、トルコと協力しウクライナ国内でトルコのバイラクタルTB2型ドローンの生産をウクライナ国内で行っていることを表明した。
ウクライナ政府が強調したTB2とはどんなドローンなのか。
バイラクタルTB2はトルコのドローンメーカーが開発した軍用ドローンで、翌幅12メートル、全長6.5メートル、重量600キログラム。高度7000メートルを時速130キロメートルで飛行。飛行時間は最大27時間。
しかし衛星通信アンテナがないので、行動半径は地上局からの電波を受信できる半径150キロメートルとの見方もある。
このTB2が、一躍注目されたのは、2020年ナゴルノカラバフ紛争で、どちらも旧ソ連を構成していたアゼルバイジャンとアルメニアが衝突。
事実上アゼルバイジャン軍の勝利に終わったが、その勝利のカギとして注目されたのがアゼルバイジャン軍のドローン装備とその戦術だった。
アゼルバイジャン軍が、「MAM-Lマイクロ精密誘導爆弾等を搭載したトルコ製のバイラクタルTB2ドローンを使用してアルメニア軍に打撃を与えたことを、ロシアはほぼ確実にナゴルノカラバフ紛争の戦訓としているようだ」「 MAM-L等を大量に使用されれば、重装甲にも壊滅的な影響を与える可能性がある」との見方が広がったのだ(米軍事・外交情報サイトThe Dive 2021/11/24)。
MAM-Lは直径16センチメートル、全長1メートル、重量22キログラムで、TB2から投下された後、TB2から標的に向けて発振されるレーザーで誘導されるとみられている。
野戦砲やトラックなどの非装甲装備も狙うが、戦車や装甲車も狙う。
軍事情報サイトのOryxによれば、ナゴルノカラバフ紛争で、アゼルバイジョン軍は、TB2ドローンによってアルメニア軍の「T-72型戦車72輛、BMP-1及びBMP-2歩兵戦闘車14輛、MT-LB装甲車13輛、BRDM-2装甲偵察車1輛」の他、多連装ロケット砲、大型レーダー、攻撃機等を破壊した(Oryx 2021/12/16付)という。
ナゴルノカラバフ紛争前には、アルメニアに主力戦車としてはT-72型戦車が100輛余りあった(Military Balance 2020)とされているので、上記のような損害があったなら大変なことだろう。
防衛省も注目するTB2の実績
防衛省の教育訓練研究本部が公表した「ナゴルノカラバフに見る無人兵器」という論文によれば、「緒戦におけるアゼルバイジャン軍の戦車等地上部隊の損害は137輛である一方、アルメニア軍の損害は838輛で、アゼルバイジャン軍に比し約六倍もの損害を出している。このアゼルバイジャン軍の大きな戦果は、危険や損害を顧みず任務を遂行できる無人機によるところが大きいとされている」との評価を紹介。
この文中の無人機とは、TB2を視野に入れてのことだろう。
戦車、装甲車の"アキレス腱"とTB2ドローン
戦車の装甲は、伝統的に車体と砲塔の正面と側面が重視されてきたとされる。
2003年~2011年のイラク戦争以降に登場した地表近くでリモートで爆発するIED(即席爆発装置)や地雷対策で、戦車の下面にベリーアーマー(底面装甲)を付加して、装甲車の形状そのものをV字装甲にする例も現れた。
そして米国のM1エイブラムス戦車は、エンジンルーム後方の外側部分が排気熱で赤外線誘導対戦車ミサイルを招きかねないのに、排熱を逃さなくてはならないので単純に装甲を強化することは難しい。まるで、“アキレス腱”のような箇所。
このためか、窓際のブラインドのような形状の特殊なスラット装甲の設置を余儀なくされている。
さらに防護を強化するために、対戦車ミサイルやロケット弾が戦車に命中するかしないかの段階で爆発し、敵ミサイルやロケット弾の影響を戦車内部に及ぼさないようにする爆発反応装甲(ERA)が、車体や砲塔の側面、前面からの攻撃に対応するよう発達し、各国の戦車に装着されてきた。
残された課題は、車体後部上面と砲塔上面への攻撃。TB2ドローン搭載MAM-Lマイクロ精密誘導爆弾等によるいわゆる“トップアタック”にどう対抗するのかである。
ロシア軍T-72B3戦車の"日傘"
昨年(2021年)、ロシア国防省が公表したT-72B3型戦車の画像には、奇妙な特徴があった。
2021年夏に公開された訓練中のT-72B3戦車の画像である。
これらの画像に共通しているのは、T-72B3型戦車の砲塔の上に、金属製の“日傘”のようなモノが付いている事。ロシア国防省が画像に付けたキャプションには、この“日傘”についての記述はなかった。
この“日傘”は、何だったのか。
“日傘”はT-72B3型戦車だけでなく、クリミア半島に展開するロシア軍のT-80U型戦車の砲塔にも装着されていた(The Drive 2021/11/24)という。そして、「砲塔上部に追加されたケージまたはスクリーンのような構造は、スラット・アーマーに似た金属構造であり、これは明確に真上からの攻撃に対する保護を目的としている」(同上)という素っ気ない説明が付いていた。
つまり、この“日傘”は、トップアタック対策という見立てなのだ。
ロシア軍のT-72B3戦車も、T-80U戦車も車体や砲塔上面に、爆発反応装甲(ERA)をほぼ標準的な装備として装着しているが、ナゴルノカラバフの戦訓から“TB2ドローン搭載MAM-Lマイクロ精密誘導爆弾”は,それだけでは防ぎきれないかもしれないトップアタック手段と見做したのかもしれない。
しかしロシアのT-72B3やT-80Uは既に配備済みのためトップアタック対策を後付けせざるを得ず、完全な防護となり得るかどうかは別にして、トップアタックの効果を少なくともある程度減じることが期待出来るスラット・アーマーを砲塔の上に臨時に取り付けてみたのかもしれない。
トップアタックを仕掛けてくる対戦車ミサイルやロケット弾が、ERAを打ち破るために微妙な時間差で二回爆発するようにセットしたミサイルや爆弾、砲弾であっても、砲塔上の“日傘”に触れた際に最初の爆発がおきる。
“日傘“から戦車砲塔のERAまではある程度の距離があるため、最初の爆発でERAを爆発、破壊することは難しく、二回目の爆発でERAを爆発させても戦車・装甲車の車内を傷つけることは難しくなるという効果を狙っていたのかもしれない。
しかし今年に入ってから、ロシア国防省が公開しているT-72B3戦車やT-80戦車の映像、画像には、”日傘“を取り付けたものはなく、MAM誘導爆弾対策には、”日傘“は無くても充分との考えがあるのかもしれない。
ウクライナは少なくとも12機のTB2を保有しているはずだが、国内での生産が始まって以降何機になっているのかは不詳だ。
ウクライナが防衛上の期待を掛けるTB2ドローンだが、無人機であるが故の問題点もある。
ゲーム・チェンジャーと呼ばれることもある軍用ドローンは無人機なので、勿論自律的に行動している場合を除き、地上ステーション等から指揮・操縦しなくてはならない場合もある。
ドローンを惑わすロシア軍のクラスハ4通信妨害車輌
操縦ステーションとTB2の間は、通信やデータリンクで結んでいなければならない場合もあるが、ロシア軍は通信やデータリンクの妨害を得意とするクラスハ4等の通信妨害車輌を保有している。
ロシア系航空ニュースネットメディアAvia.Pro(2020/10/21)によれば、ナゴルノカラバフ紛争時に「アルメニア北西部の都市ギュムリ近郊にあるロシア軍基地に接近した、バイラクタルTB2ドローンに対し地上のクラスハ4電子戦システムを使い、48時間で9機を無力化した」と伝えている。
ウクライナ開発の電子戦システム破壊用「ST-35サイレント・サンダー」
こうした中、興味深いのは、ウクライナのドローンメーカーが空中を徘徊する爆弾とも呼ばれる「ST-35サイレント・サンダー」という小型の使い捨て軍用ドローンを開発したこと。
メーカーの説明では高性能爆薬の他、それよりはるかに強力な威力の気体爆薬を装填し、最大60分飛行。敵の電子戦システム、レーダーや、指揮通信システムの破壊を行うという。
クラスハ4などロシアの電子戦装備を意識しているなら興味深い。
ウクライナ情勢は、前代未聞のゲーム・チェンジャー同士がにらみ合う事態につながるかもしれない。
【執筆:フジテレビ 解説委員 能勢伸之】