企業の賃上げに期待をこめた1500億円の“投資”

政府は2022年度の税制改正大綱を12月24日に決定した。

税制の改正は毎年12月に行われる。

10月31日に衆院選があったこともあり、今回の改正は自民党と公明党で、実質2週間で調整が行われた。こうした時間の制約がある中で、税制の大きな見直しには至らなかったが、岸田政権が掲げる“成長と分配”、このうち賃上げによる分配に重点を置いた改正になった。

2022年度からは、給料を積極的に上げる大企業は最大30%、中小企業は40%の税額が法人税から控除されることになる。

財務省によると、今回改正が決まったすべての税制が一年間適用されると、税収は国と地方あわせて1537億円減る見通しだ。このうち、この賃上げ税制によるマイナス分は1640億円にのぼる。

財務省幹部は「財政の健全化にこれから取り組んでいく我々としては、この税収減はのぞましい状況だとは思っていない。ただ、中長期的にはこの税制をきっかけとして、企業に賃上げに向け前向きに取り組んでもらう。こうした成長への期待をこめた、1537億円の減収、投資だ」と話す。

財務省幹部は「成長への期待をこめた1537億円の減収、投資だ」と語った
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「タイタニック号が氷山に向かって突進」

月刊誌「文藝春秋」2021年11月号に掲載された矢野康治財務次官の寄稿は、霞ヶ関、永田町を揺さぶった。

現役の財務省の事務方トップが、日本の財政の状況を「タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなもの」と表現し、過去最悪の日本の財政赤字に警鐘を鳴らした。

麻生前財務大臣を見送る矢野財務次官(2021年10月)。寄稿は麻生氏の了解を得ていた

財政再建は日本国債の信用のため。「赤字の拡大を容認してしまうようでは、世界に誤解を招くメッセージを送ることになり、その結果、日本国債の格付けに影響が生じかねず、日本経済全体にも大きな影響が出ることになる」と矢野財務次官はこの寄稿で説明している。

こうした財務次官の主張もむなしく、2022年度予算の一般会計は107兆円を越え、過去最大を10年更新。プライマリーバランス(基礎的財政収支:政策的な経費をどれだけ税収等で賄えているか)の2025年度の黒字化目標は疑問視されている。

税収を少しでも増やすことは財政再建のために必要なこと。税制改正においても財務省は常にこのミッションを背負っている。

“プラカード集団”にも屈せず

税制を改正するためには税制調査会で自民党、公明党の議員たちが議論を重ねる。

議員たちは、各業界の要望などを踏まえて自分の意見を言う。検討項目について「×:お断りする」になっているものを「○:受け入れる」にひっくり返すチャンスもあるのだ。

自民・小野田紀美参院議員のTwitter

いよいよ税制改正の大綱(骨組み)がまとまる時期になると、税調の会議が行われる部屋の前ではプラカードを持ち「よろしくお願いします!!」と議員に声をかける集団が。

プラカードを見てみると…

自民党本部の税調会議の部屋の前で…
 

「住宅ローン減税 0.7%×15年 限度額の維持」と書いてある。

今回の税制改正では、住宅ローン減税の見直しも焦点で、賃上げ税制と並び、「政策的問題として検討する」“マルセイ(=○の中に「政」)”案件だった。

ローンを組んで家を購入した場合、一定の条件のもとで年末のローン残高に応じ税額を減らしてもらえるこの制度。税制の見直しで減税分が減ることで、住宅の売れ行きが鈍るのを避けたい住宅関連の団体が集まり、議員に税金を上げないようにアピールしていたのだ。

2020年は新型コロナ対策として禁止されていた“プラカード活動”は、2021年は小規模ながら解禁されていた。

自民党議員にアピールする“プラカード活動”

こうした“圧”に財務省は屈することなく、15年ではなく13年への延長を決定。一方で控除率(税金から差し引いてもらえる率)は、会計検査院の指摘や、住宅を所管する国交省の主張どおり、現状の1%から0.7%に引き下げることになった。

住宅ローン減税を担当した財務省担当者は「最後の最後まで控除率の数字、期間は決まらなかった」と振り返る。朝から夜まで国交省との交渉は最後まで続いた。

財政再建派VS積極財政派…2022年の道筋は

今回の税制改正の項目を見てみると、会計検査院による指摘を受けたものが多い。

住宅ローン控除の見直しもこのひとつ。歴史的な低金利が続き、今の金利で見ると控除率1%のほうが高くなり、控除額がローンの利息よりも高くなってしまう“逆ざや”問題を指摘したものだった。

大和総研・是枝俊悟主任研究員によると、例年に比べて今回の税制改正は、この住宅ローン減税に限らず、会計検査院の指摘に対応するスピードが早かったという。

「これには財務省の意向というべきか、予算が過去最大を更新し続け、赤字が膨張しつづける中で、可能なものはなるべく早く財政再建のため見直すべきという考えが働いているのでは」と分析する。

財務省幹部は「税制改正での財政健全化の考え方は継続しているが、今回は一層強く押したものにはなったかと。ただし、本格的なものは次に持ち越されている」と振り返る。

宮沢税調会長。この人も財政再建派。
 

与党税制改正大綱をまとめた自民党の宮沢洋一税調会長は、財政再建について…

「財政状況は非常に厳しいということは、MMT(現代貨幣理論=「自国通貨を発行できる国は、財政赤字が膨らんでも破綻しない」という主張)を信じている人以外はそう思っていると思いまして(笑)、持続可能な社会をつくる財政をどうすべきか、ということは、当然(2022年以降)議論をしていかなければいけない」と話している。

宮沢会長が笑いながら触れた“MMT信者たち”。

まさに今、自民党内には財政再建派に対立する積極財政派(赤字が膨らんでも破綻しないので積極的に財政支出すべき、という考え)の動きがあり、党内にふたつの財政政策を議論する2つの組織が発足するという事態だ。

財政積極派の「財政政策検討本部」(2021年12月7日)
「財政政策検討本部」の会合に入る安倍元首相(2021年12月7日)
 

積極財政派には安倍元首相、高市政調会長などの顔ぶれが揃う。

矢野財務次官の寄稿に対し、安倍元総理は12月15日の講演会で「日本がタイタニックなら国債を買う人はいない」と批判。2022年は両派の議論が活発化するとみられている。

財政の再建に向け、税制改正でも抜本的な見直しがされるかどうか。岸田政権の舵取りが問われる。

(フジテレビ経済部 財務省担当 井出光)