衆院選を経て、岸田首相が掲げる「新しい資本主義」に向けた「成長と分配の好循環」を実現するための具体策がいよいよ動き出す。政府は11月中旬に数十兆円規模の経済対策をまとめ、今年度の補正予算を年内に成立させる見通しだ。

色濃く残る麻生太郎の影響

8年9カ月と、戦後最長の在任期間となった麻生前大臣が財務省を去った。

各国の最低法人税率やデジタル課税の導入などをめぐる国際協議でも大きな存在感も示した麻生前大臣の存在について、財務省幹部はこう話していた。

「すごく特殊。総理もやって財務大臣も9年もやって。知識、経験、人脈…。」
「我々のプレゼンスも、国際社会をまとめる重要なリーダーがいなくなってしまう。ほかの国でもそう考えている人は少なくないと思う」

財務省を去る麻生前大臣(矢野事務次官が拍手して見送る)
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後任には、同じ麻生派で義理の弟でもある鈴木俊一氏が就き、財務大臣としての本格的な任務はこれからだ。財政の考え方は麻生前大臣からしっかり受け継いでいるように見える。

9月。自民党総裁選で浮上した基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化の早期の必要性をめぐる議論について、麻生前大臣は財政赤字の拡大を許す「現代貨幣理論(MMT)」に触れながら…

放漫財政をやっても大丈夫ということが書いてあるが、そういうものの実験場に日本のマーケットをするつもりはない」

と述べ、財政再建を重視する姿勢を改めて示していた。

麻生前大臣から任を引き継いだ鈴木大臣は、10月、改めて政府の財政再建目標のあり方を問われ、麻生前大臣と同じ言葉を使いながら…

「財政健全化というのはとても大切なもの。MMTについては、日本を壮大な実験場にする訳にはいかないと思っている」

と強調した。

「実験場にしない」鈴木財務大臣は麻生前大臣と同じ言葉を使った

“財務次官の乱”

その財政健全化をめぐって、「文藝春秋」11月号に掲載されたのが財務省の矢野事務次官の寄稿だ。

新型コロナの経済対策をめぐる論争について「バラマキ合戦のような政策論」だと批判し、日本の財政状況は「タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなもの」だと訴えた。現役の財務省事務方トップがこうした発信をすることは極めて異例。記事は大きな話題になり、政界を揺さぶった。

異例の寄稿をした矢野次官 麻生前大臣の了解を得ていたとされる

記事の寄稿にあたっては当時の麻生前大臣の了解も得ていたとされ、月刊誌の発売後、鈴木大臣は次のように述べた。

「事前に麻生前大臣の了解をとっていたもので、私にも出版前に報告があり、手続きも問題はない。今までの政府の方針に反するようなものではないと、そういう風に受け止めている」

麻生前大臣も鈴木大臣も、プライマリーバランスの赤字を減らしていく、財政再建への姿勢をとり続けることが日本のマーケットにおける信頼につながるとの考えを示している。

一方、2025年度に黒字化するとの目標達成は遠のきつつあるとの見方は強く、実現性のある道筋をどう描くかが課題だ。

求められる予算の費用対効果の検証

2022年度予算案の編成に向け、財務省で予算のあり方を検討、議論する有識者会議「財政制度等審議会」が10月から断続的に行われている。

2020年度は当初予算と3回に渡る補正予算を合わせて一般会計が175兆円を超え、新型コロナ対策で歳出が大きく膨らんでいることについて、必要性の検証を求める声があがっている。

財政審は病床利用率の「見える化」を進めるよう訴えている

たとえば「幽霊病床」の問題。

政府は、コロナ患者の病床を確保した医療機関に対し、1床につき最大1950万円を補助してきた。財務省によると、調査に回答した1290の医療機関が、2020年度は本業では受診控えなどの影響で赤字となったものの、平均で10億1000万円の補助金を受け取り、前の年度から収支は6億あまり改善して、黒字化した。

一方で、患者の受け入れ数には差がみられることから、審議会は、病床の利用率の「見える化」を進め、費用対効果を検証するよう訴えている。

10月5日の財政審後の会見で、増田寛也会長代理は…

「必要な対策とともに、コロナ後の経済と社会を支えながら、財政健全化の旗を感じ取れる予算にしていく必要がある」

と指摘した。

財政審の増田寛也会長代理

“新しい資本主義”

「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」を実現するため、「新しい資本主義実現会議」が立ち上がった。

安倍・菅政権時代に「成長戦略会議」と呼ばれていた会議体を解消してスタートしたもので、議長には、岸田首相が就き(成長戦略会議当時は官房長官が議長)、有識者メンバーには、十倉経団連会長や芳野連合会長に加え、若手起業家の米良はるかREADYFOR代表取締役CEOや川邊健太郎Zホールディング社長など、15人の多様な顔が並ぶ。

「新しい資本主義実現会議」初会合での岸田首相

会議では、分配の原資を稼ぎ出す「成長」と次の成長につながる「分配」を同時に進めることが、新しい資本主義を実現するためのカギだとしている。

中間層の所得の伸び悩みについて、そもそも「中間層」とは何なのかという議論から始めるほか、非正規雇用や女性の労働環境、企業の投資の促進や技術開発など、幅広い議題を取り上げる。喫緊の課題である半導体のサプライチェーン強化などの経済安全保障の課題についても協議し、11月8日にも緊急提言案をまとめる予定だ。

来年度税制改正に向けても新たな議論が始まり、岸田首相肝いりの賃上げ税制をめぐり、賃上げを行った企業への具体的優遇策が検討される。

企業が賃上げに踏み切れるような持続的な経済成長のビジョンを描けるかが焦点だ。

内閣府のある幹部は…

「安倍・菅政権期とは、政策の目的と手段が変わった」と話し、

特に賃上げについては、「三方よし(自分よし・相手よし・世間よし)」の経済を実現するため、大企業に対し下請け企業への圧力をなくすなど、経営者の意識改革に力を入れる必要があるとの認識を示している。

岸田政権は企業が賃上げできる経済成長のビジョンを描けるか

大型の経済対策 問われる手腕

こうしたなか、岸田政権は、近く大型の経済対策を策定する。

非正規雇用者や子育て世帯などへの現金給付や、感染拡大で打撃を受けた事業者への支援などを軸に検討が行われる見通しだ。

コロナ禍で傷んだ財政の立て直しも課題となるなか、「成長と分配の好循環」はどう具体化するのか。政権が目指すとしている「頑張る人が真に報われる社会」はどのように実現し、私たちの生活はどう変わるのか。

政策の中身と実行力が問われる岸田政権の経済財政運営は正念場を迎える。

(執筆:フジテレビ経済部 財務省担当 井出光)