就職が困難な障害を持つ人に仕事の場を提供する「就労継続支援B型事業所」。そこで今、持ち上がっているのが、利用者の「工賃向上」と「支援」という相反する課題だ。

B型事業所の主な収入は、国からの給付金である。しかし厚生労働省が導入した新制度により、利用者の工賃を上げなければ事業所自体の運営が成り立たないおそれが出てきた。とはいえ、B型事業所には働ける利用者ばかりがいるわけではない。

大切なのは“お金”なのか、それとも“生きがい”なのか。

静岡県沼津市にあるB型事業所「プラザティンクル」もまた、こうした課題に揺れていた。重度の障害を抱える息子のために施設を立ち上げた理事長と、その後を継いだ長男。施設の方針を模索するなかで、二代目の長男がたどり着いた「B型事業所」の意義とは。


後編では、利用者にとってのB型事業所の意味について追う。

【前編:工賃は月に1万7119円。 障害者施設が“やりがい”だけを目標にできない理由とは

卒業後、すぐに就職は困難。では居場所はどこに?

静岡県沼津市にあるB型事業所「プラザティンクル(以下、ティンクル)」。

その理事長・後藤恵美子さんは、息子の慶太さんの母校である視覚特別支援学校で、保護者向けの講演を行っていた。恵美子さんは、保護者たちの前でこんなふうに現実を語った。

「社会人になると、第三者が一生懸命関わってくれないと思います。先生方のように大事にしてくれること、さまざまな角度からその人を見て声掛けをしてくれたり守ってくれたりすることは、なくなってしまうんです」

かつては恵美子さん自身も、慶太さんがこの学校を卒業した後、どこに行けばいいのか不安でならなかった。働けるわけではない息子を預かってくれる施設は、どこにあるのか。何とかしなければとの思いだけで走り続けてきた。

そしてできたのが、ティンクルだ。

「今日の私の話は重かった?」

講演会終了後の懇親会で恵美子さんが問うと、保護者のひとりが打ち明けた。

「高校を出た後の生活介護や居場所は、漠然と不安に思っていました」

恵美子さんが返した言葉は、こうだ。

「最初から就職することを考えちゃうとハードルが高いけど、一度、訓練する場所に入ってから、その後に就職と考えていくといいと思うんです」

「私はチラシ入れのプロだから」

真嶌花鈴さんは、ティンクルに通い始めて1年あまりになる19歳。ダウン症を持って生まれた彼女は、複雑な作業が得意ではない。それでも、一つひとつ仕事を少しずつ学んでいた。工賃は1日500円ほどだが、彼女は休むことなくティンクルに通っている。

彼女は今、チラシ入れの仕事と懸命に向き合っている。保護者との面談では職員も、「周りをとても明るくしてくれる」と前向きな姿を報告。花鈴さんも「先輩だから、後輩が入ってくるからしっかりしなきゃ」と続ける。

母の真知さんも、花鈴さんの変化に喜んでいる。

「今、本人のなかでも、ティンクルに行くことは当たり前のことになっているんです」

チラシ入れという作業が上達し、また職員に「チラシ入れのプロだもんね」と褒められたことが、自信につながったとも。

「『自分はプロって言ってもらえた』『私はチラシ入れのプロだから、私が行かなきゃみんなの仕事が増えて大変になっちゃう』って話しているんです。チラシ入れの仕事をしている自分自身を誇りに思っているし、周りの人のことも考えてやっていけているみたいなので、すごく安心しています。娘にとっては、ここがすごく居心地のいい場所なんだなと感じています」(真知さん)

真知さんの言葉と響き合うのは、恵美子さんがティンクルを立ち上げた際の思いだ。恵美子さんは、譲治さんにティンクルを立ち上げたときの思いを忘れないでほしいと願っている。そして、親である自分がいなくなってからの、慶太さん、兄である譲治さんの未来を案じている。

法律上、就職へのステップと位置づけられているB型事業所。

しかし、実際に就職へと結びついた人の割合は1年間でわずか1.1%にすぎない。居場所のままという選択をするのは、難しいのだろうか。

目標は工賃だけなのか? 離れていく職員の心

B型事業所は全国に1万1000カ所あり、その利用者は24万人にのぼる。国が掲げる工賃の目標額は3万円。しかし、3割を超す事業所は1万円を割っているのが現状だ。

恵美子さんが「障害のある方の日々を豊かに」との願いから立ち上げたティンクル。しかし譲治さんは、利用者の保護者を含む説明会で、こう言い放った。

「仕事を積極的に受け入れてください。僕もいまの利用者さんができると思って仕事を取ってくるんです。お金を稼がないと、工賃は上がらない。職員は、仕事を増やすことにします」

経営者としては間違いではない。とはいえ、ティンクルの理念とはかけ離れてしまっている。利用者を工賃だけで評価していいのか――。職員会議で、恵美子さんは譲治さんに詰めよった。

「今日来た保護者の人は、今日1日を豊かに、働いている人たちと同じスタンスで生活してほしいと願っている方々ではないでしょうか」

その言葉に、「私としては工賃の件にいい悪いはないと思っています。工賃をもらえなくてもいいよと言う方もいらっしゃるかもしれない。ただ、それは個別のケースであって…」と返す譲治さん。

さらに恵美子さんはたたみかける。

「保護者の方が十数名いて、どんな気持ちで自宅に戻ったかを私は危惧しているんですね。利用するのには、工賃以外目標はないのですか?」

2人は、こうした議論を何度も繰り返してきた。同じ家に住みながら、3年近く口をきかなかったこともある。

こうした施設内の心の揺れを、利用者は敏感に感じ取っていた。彼らの中には、それが行動に現れるタイプもいる。慶太さんもここ数年、気持ちが落ち着かないと、人前で服を脱ごうとすることがある。その都度、職員が止めに入るが、なかなか言うことを聞いてくれなかった。

多様化する利用者の障害に、対応しきれない現実。ティンクルは、重い障害を持つ人たちの日常生活を支える生活介護事業を立ち上げようと動き出していた。働く場と生活支援の場を分けざるを得ないときが来たのだ。

だが一方で、職員たちの不安、不満はピークもまた達していた。売り上げのために本来であれば利用者だけが従事する仕事を同様に担わねばならないうえ、生活介護の仕事を新たに覚えていかねばならない。

ある職員は、スタッフミーティングで「職員がいろんなことを抱えてやることに不安があるんだと思うんですよ」と意見した。

いままでも新しい仕事に取り組んできたと説明する譲治さん。しかし職員は、その楽観的な姿勢には賛同できない様子だ。

「結局はどうなるのか、先が見えない。自分たちが上手く回せるのかどうか、不安でしかないんです」

施設を支える職員の意見に、耳を貸そうとしない譲治さん。その姿を見て、惠美子さんは「自分の考えは1回言えばいい」と漏らした。

「10人いたら10人の方の意見を伺ったほうが、自分の財産になるんです。伺う姿勢があれば、人の知識や体験がもらえるんですから」

「B型事業所と成果主義はなじまない」

譲治さんは、静岡県浜松市にあるB型事業所「ウィズ」を訪ねた。ここは、恵美子さんがティンクルを立ち上げようとした当時、見本とした施設だ。

全国初の視覚障害者のための小規模作業所。自主製品は、白い杖やリサイクルはがき、編み物など多岐に渡る。

この施設を運営するNPO法人「六星」代表理事の斯波千秋さんは、かつて歩行訓練士として譲治さんを指導した人。譲治さんにとって、この世界の大先輩だ。

ティンクルで自主製品をまったく作っていないことを譲治さんが打ち明けると、斯波さんは、その重要性を説いた。

「自主製品は、職員の誇りになり、作っている利用者にとってはもっと誇りになる。愛情が湧き、売りたくなる。また、売れるとうれしいしね」

譲治さんがここに来たのは、施設をどうひっぱっていくか、そのヒントがほしいという気持ちからだ。理念の共有だけでは難しいと話す譲治さんに、斯波さんは職員の意志を尊重しなければいけないと話す。

「職員にも、何をしたいか言わせないといけない。意見を言ってもらい、こちらもくみ取るようにしなないといけない。目標だけは伝えるけれど、どんどん任せていくこと」

斯波さんは、恵美子さんのことをよく知っている。居場所作りという目標を掲げて設立されたティンクルにとって、工賃は付随的なものだったということも。

「途中から入った譲治くんは、世の中に障害のある人を合わせようとしちゃってるんですよね。でも、これは大きな間違い。B型作業所はあくまでも利用者の居場所であって、いかに楽しく安心して自分のペースで仕事ができるかというのが一番大事なところなんです。そこに成果主義を持ってくるのは、なじまないんですよね」

再び原点へ。一番大事なのは、利用者の人生に寄り添うこと

譲治さん施設長になって1年。ティンクルは生活介護事業をスタートさせ、B型事業所と双方を運営する多機能型事業所になった。そこには 一人ではどうしても生きていけない人たちの人生に寄り添いたいというティンクルの原点がある。

母の力になり、弟の支えになろうと選んだ福祉の道。譲治さんは、あごひげを剃った。青いスーツも着なくなった。さまざまな人の話を聞き、工賃だけにフォーカスしていてはいけないと感じたからだ。

「ティンクルができた背景には、理事長から見ると息子、僕から見ると弟の慶太さんがいて、その居場所がないから作りたいという思いがある。そのストーリーに共感してくれた人がいて、今のティンクルの職員や利用者、その保護者の方がいるわけです。だから、“居場所作り”という目標は大切にしないといけないと、あらためて感じたんです」(譲治さん)

障害が重いからといって、施設から除外するようなこともしたくないと考えている。恵美子さんももちろん同じ思いだ。時代や法律が変わっても、障害を持ちながらもできることをともに見つけ、ともによろこぶという役目を果たしたいと願っている。

「利用者の方々が、楽しみながらも社会の一員としてそれぞれの特性に合った作業をする場を提供できればと思います。1年365日、24時間、どなたにも安心感をお渡しできる事業所でありたいというのが、一番の大目標ですね」(恵美子さん)

給付金に関する制度変更がどんな影響を及ぼしたのか、国は調査を進める方針を示している。

「ティンクル」には、「鈴をならす」という意味がある。目の見えない人たちを導く呼び鈴でありたいとの思いが込められた名前なのだ。

誰もが一障害、豊かに過ごせる施設であったなら――。そんな理想と制度と現実の狭間で、親子は生き続ける。


【前編:工賃は月に1万7119円。 障害者施設が“やりがい”だけを目標にできない理由とは