ダイエットの次は絆創膏…金総書記に異変?

140キロ近い体重を10~20キロあまり減量したと見られ、注目を集めた北朝鮮の金正恩総書記。その後も活発に活動を続けていることから、体調不良ではなく“ダイエット”との見方が大勢だが、7月末に気になる映像が公開された。

7月24日から27日まで平壌で開催された軍の講習会で、金総書記が後頭部に医療用と見られる巨大な絆創膏を貼っている姿が確認されたのだ。最終日と見られる映像では絆創膏は外され、縦長の黒っぽい傷跡のようなものが見える。この間、金総書記は軍の幹部らを前に熱心に演説するなど、体調に異常があるようには感じられなかった。ただ、場所が頭部だけに、症状によっては体調に影響がでないとも言えない。

韓国の中央日報は医師の話として「大きなニキビや脂肪腫ができた可能性があるが、ともに健康に大きな問題になるものではない」との見方を示した。韓国の情報機関・国家情報院も「健康状態に異常な兆候はない。絆創膏は数日で取り外され、傷跡もなくなった」としている。

10~20キロ減量したと見られる金総書記
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金総書記の急激な減量をめぐっては、北朝鮮住民から心配の声も聞かれた。

「敬愛する総書記同志がおやつれになった姿を見て、我々人民はとても胸が痛かった。涙が自然に出てくると、みんな言っています」

もちろん、北朝鮮では最高指導者の健康状態はトップシークレットであり、一住民が勝手に口にできる問題ではない。当局の指示で「言わされた」と見るべきだろう。北朝鮮は現在、深刻な食糧難に見舞われ、地方に比べ恵まれている平壌でも慢性的に物資が不足しているという。「人民大衆第一主義」を掲げる金総書記としては、住民の不満が自身に向かわないよう、自ら身をやつして対策にあたっていると宣伝する必要があったと考えられる。自身の健康状態含めたなりふり構わぬ宣伝扇動活動で、不満を抑え込もうと必死のようだ。

金総書記が寵愛する女性歌手

住民が心配した金総書記の姿は、6月20日に報道された国務委員会演奏団の公演に出席した時のものだ。公演の模様は北朝鮮の官製メディア「朝鮮中央テレビ」で、2時間20分に渡って放送された。

実はこのコンサートには金総書記が今一番お気に入りの歌手が出演していた。女性歌手のキム・オクチュ氏だ。キム氏は金総書記の夫人・李雪主氏も所属していた名門・銀河水管弦楽団出身で、30代と見られる。2018年の韓国公演にも参加し、韓国の歌手とK-popを熱唱したこともあり、その歌唱力は折り紙付きだ。この日のコンサートでも、半分以上の曲でキム氏がマイクを握った。

金総書記が今一番お気に入りの歌手 キム・オクチュ氏

金総書記は7月11日、国務委員会演奏団の歌手や演奏家らに名誉称号と勲章を授与。キム氏は北朝鮮の芸術家にとって最高の名誉とされる「人民俳優」の称号を与えられた。北朝鮮では歌手は声楽俳優と言われ、俳優に分類される。この際の記念撮影でキム氏は金総書記の傍らに密着し肩に手をかけるなど親密ぶりを見せつけた。

キムオクチュ氏らと記念撮影する金総書記

金総書記がキム氏を寵愛するのは、単に歌が上手いからだけではない。キム氏は金総書記の秘密兵器とも言える存在だからだ。金総書記はキム氏の歌を使って住民を鼓舞することで、苦難の克服につなげようという思惑がある。キム氏は言わば、金総書記のメッセージを歌で伝達するメッセンジャーなのだ。

その象徴が、最近公開されたキム・オクチュ氏らの2曲のミュージック・ビデオだ。「私たちのオモニ(母)」、「その情に従って」の2曲は、いずれも党や金総書記への礼賛や忠誠を歌ったものだが、これまでの北朝鮮のミュージック・ビデオとは全く違っていた。

♪激しい風波も全て防いで下さり、面倒を見て下さる元帥(金正恩)様

♪熱い情、熱い情が身に沁みて涙に染まる

「その情に従って」ミュージックビデオで独唱するキム・オクチュ氏

まるで韓国の歌謡曲のようなメロディライン。映像も北朝鮮ではかつて無い斬新なものだ。金総書記の「情」を称えるさびの部分では、ドレスアップしたキム・オクチュ氏の姿がアップになる。キム氏が林を歩いたり、海辺にたたずんだりするシーンを盛り込み、プロモーションビデオのような仕上がりとなっている。

北朝鮮でこうした特定の歌手をフィーチャーしたミュージック・ビデオが作られるのは、初めてと見られる。なぜなら、北朝鮮では金総書記が唯一のスターであり、アイドルのような存在だからだ。住民が熱狂的に支持するのは金総書記に限られ、個別の芸能人に熱狂することなどあり得なかった。それが大きく様変わりしたことになる。

歌手だけでなく、共演する楽団員もこれまでとは違い、スター級の扱いとなっている。「私たちのオモニ」では、国務委員会演奏団のメンバーが、Tシャツにスーツというお揃いのユニホームに身を包み、楽しげに浜辺を歩いたり、笑顔で手を振ったりするシーンが印象的に使われている。どちらのビデオも歌詞さえ別にすれば、K-popのビデオとしても通用しそうだ。

「私たちのオモニ」ミュージックビデオに登場する国務委員会演奏団のメンバー

“韓流”に対抗

ではなぜ、このような変化が生まれたのか?

北朝鮮の若者の間では韓国の男性歌手グループBTSや、愛の不時着など韓国ドラマが密かに浸透し、人気を集めていると言われる。

危機感を強めた北朝鮮当局は、2020年12月に「反動思想文化排撃法」、いわゆる韓流取締法を制定した。韓国ドラマを見たり、韓国の音楽を聴くことは御法度となり、これを流布した場合は最高で死刑、視聴した人は最大15年の懲役が科せられるなど、取締が大幅に強化された。韓国風の言葉使いや歌い方をしただけでも、処罰の対象とされる。

北朝鮮メディアは連日、「帝国主義者は新しいものに敏感な若者たちの特性を悪用して、頭の中に反動思想・文化を注入させようと狡猾に策動している」と青年層に警戒を呼びかけ、服装や髪型、言葉使いも北朝鮮らしくするよう指導している。背景には青年層が韓流に染まってしまうと、北朝鮮式のやり方に疑問を持つようになり、金正恩体制が崩壊してしまうという強い危機感がある。

長引く国連制裁に加え、新型コロナウイルスの感染防止による境界封鎖、台風や干ばつなどの自然災害に伴う食糧難など、三重苦・四重苦にあえぐ北朝鮮。

10日から実質的に始まった米韓合同軍事演習には、「国家安保の危機」だと強く反発し、報復措置を示唆した。

金総書記は対内的には韓流を厳しく取り締まることで引き締めを図る一方、北朝鮮内にスター歌手を擁立して住民の心をつかみ、何とか不満を抑えこみたい、と考えているようだ。いわば、北朝鮮版K-pop作戦による思想・忠誠心の向上で、現在の苦境は脱出できるのか。金総書記にとって試練の夏となりそうだ。

【執筆:フジテレビ 解説副委員長(兼国際取材部) 鴨下ひろみ】

鴨下ひろみ
鴨下ひろみ


フジテレビ客員解説委員。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。特集「鴨ちゃんねる」で中国や朝鮮半島の気になるニュースと話題の人を徹底追跡。北オタクのこだわり満載です。

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