東京オリンピックの「聖火リレー」は2021年6月21日、仙台市陸上競技場に到着し、宮城県内での日程を終えた。3日間で宮城県内を走ったランナーは281人。
このうち、名取市閖上の街を走った佐々木清和さん。
震災の津波で家族4人を亡くした佐々木さんが聖火ランナーとして走った理由、そして聖火に込めた想いとは。

天国の妻と娘、そして閖上の人たちに聖火を見てほしい

佐々木清和さん(54):
仏壇の妻と娘に『行くぞ』って言ってきました。いつもは行くぞって言わない、『行ってきます、留守番お願いします』だけど。きょうは一緒に走りたいので、『一緒に行くよ』と

この記事の画像(13枚)

復興が進む名取市閖上の新しい通りを走った佐々木清和さん。

妻のりつ子さん(当時42)と閖上中学校の2年生だった長女の和海さん(当時14)、義父母の4人を津波で失った。

語り部として、震災の記憶と命の大切さを伝え続けてきた佐々木さん。
「天国の妻と娘、そして閖上の人たちに聖火を見てほしい」…そんな想いからランナーに応募した。

佐々木清和さん(54):
家族は普段から一緒にいると思っているので、改めて“一緒にいる”という感覚はなかったが、普段通り走ることができたのは、どこかで家族が支えてくれたかなと思っています

これからも家族とともに「命の大切さ」を伝え続ける

走り終えた佐々木さんが向かったのは…
長女・和海さんと同じく閖上中学校の生徒で、津波の犠牲となった14人の名前が刻まれた慰霊碑。

佐々木清和さん(54):
これがトーチ!触れるかな。火はついてなかったけど、トーチだけでもオリンピックというものに、少しでも触れられたのかなと思えばいいのかな

佐々木清和さん(54):
(帰宅後、仏壇の妻と長女に対して)きょうはどうもありがとう。疲れたろ、一緒に走って。どうもお疲れ様でした

震災から10年。佐々木さんはこれからも家族とともに「命の大切さ」を伝え続ける。

佐々木清和さん(54):
震災から10年、少しずつ伝えていく中で、あまり私の好きな言葉ではないんですが、風化が言われている。だから、語り部をできるときまではやっていきたいと思っている

(仙台放送)