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避難所の「青空理髪店」で見つめた母の姿が原点 震災で父と祖父を亡くした少女が理容師に 夫婦で描く故郷での開業 岩手県 #知り続ける|FNNプライムオンライン
わすれない 3.11

避難所の「青空理髪店」で見つめた母の姿が原点 震災で父と祖父を亡くした少女が理容師に 夫婦で描く故郷での開業 岩手県 #知り続ける

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東日本大震災から15年。岩手県大槌町出身の中澤瑞未さん(29)は、中学時代に被災し父と祖父を亡くした。当時、避難所で「青空理髪店」を開き、被災者の髪を整える母・純子さんの姿に影響を受け、自身も理容師の道を志した。盛岡市の理髪店でスタイリストとして活躍する瑞未さんは、同じ理容師の夫とともに、故郷・大槌町での開業という新たな夢を抱き、震災の悲しみを乗り越え前へと歩みを進めている。

津波が奪った日常

岩手県盛岡市の理髪店で働く中澤瑞未さん(29)は、業界県内最大手「ヒラトヤ」のスタイリストだ。入社してまもなく9年になる。

瑞未さんは「あの震災があったことは、何かつらいことがあった時に『でもあれを乗り越えたよね』と自分を強くさせるような、そういった出来事だった」と振り返る。

盛岡市の理髪店で働く中澤瑞未さん(29)
盛岡市の理髪店で働く中澤瑞未さん(29)
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瑞未さんは大槌町安渡地区の出身で、東日本大震災発生が発生した2011年まで両親と祖父の3人で理髪店を営んでいた。

しかし、2011年3月11日、津波は家族の暮らしを一瞬で奪った。

東日本大震災で壊滅的な被害を受けた大槌町
東日本大震災で壊滅的な被害を受けた大槌町

消防団員だった父・豊明さん(当時46歳)は、寝たきりの人を助けに向かい犠牲となった。

瑞未さんは「父はにぎやかな人だったので、家でも楽しかった思い出しかない」と語る。

祖父・鐵男さん(当時76歳)は、現在も行方が分からないままだ。

津波の犠牲になった父・豊明さん(当時46歳)
津波の犠牲になった父・豊明さん(当時46歳)

中学3年生だった瑞未さんは、家族を失った悲しみを抱えながら避難所で生活を送っていた。

避難所で生活する当時中学3年生の瑞未さん
避難所で生活する当時中学3年生の瑞未さん

その避難所のグラウンドで、母・純子さんは知人や同業者から道具を集め「青空理髪店」を開設。被災した人たちの髪を一人一人丁寧に整えていた。

避難所で「青空理髪店」を開設した母・純子さん
避難所で「青空理髪店」を開設した母・純子さん

当時中学3年生だった瑞未さんは、母・純子さんについて「母は当初、お父さんとおじいちゃんがいないと悲しんでいたが、今はこれからのために頑張ってくれて、強いと思う」と話していた。

瑞未さん(当時中学3年)
瑞未さん(当時中学3年)

母・純子さん(当時43歳)は「とにかく、子どもたちを立派に育てることしかない。そのことを託されたのかな」と語った。

母・純子さん(当時43歳)
母・純子さん(当時43歳)

悲しみの中でも力強く前を向いていた。

母の背中を追い理容師へ

「災害に遭った人の心を少しでも軽くしたい」。瑞未さんは母の背中を見つめながら、自身も理容師を目指すことを決意した。

瑞未さんは「何日もお風呂入れなかったりして、やっとで髪切ったりして、みんなすっきりした顔していてうれしそうだったので、震災があっても役立つ仕事だと知って、理容師になろうと思った」と、理容師を志すきっかけを語った。

母の姿に影響を受け理容師を目指す瑞未さん(2017年)
母の姿に影響を受け理容師を目指す瑞未さん(2017年)

高校卒業後、瑞未さんはふるさとを離れ盛岡市のヘアメイク専門学校へ進学。理容の技術を懸命に学んだ。
その努力が実を結び、学生が技術を競う全国大会で最高賞の金賞に輝いている。

専門学校で理容技術を学ぶ瑞未さん
専門学校で理容技術を学ぶ瑞未さん

震災から6年後の2017年、卒業式の日には、いつも支え続けてくれた母への感謝の思いがあふれた。

卒業式で母への感謝の思いがあふれる瑞未さん
卒業式で母への感謝の思いがあふれる瑞未さん

当時20歳だった瑞未さんは「ずっと一人で支えてもらっていたので、大槌にはまだ帰らないけど、盛岡で一人でちゃんとした理容師になれるように頑張りたい。感謝の気持ちでいっぱい」と決意を述べた。

専門学校の卒業式で…瑞未さんと母・純子さん
専門学校の卒業式で…瑞未さんと母・純子さん

母・純子さんは「娘の頑張りもあっての卒業だが、天国で見守ってくれた父と祖父に、様々な面で本当にありがとうという感謝の気持ちを伝えたい」と語った。

理容師の夫と結婚

卒業後、瑞未さんはヒラトヤグループに入社。盛岡駅前の店舗で理容師としての一歩を踏み出した。

アシスタント時代は、営業後に毎日のように練習を重ね腕を磨いた。入社3年目からカットを担当し、現在では多くの客から指名を受ける人気のスタイリストに成長している。

常連客の一人は「その時の季節だったり状況だったり、微調整でカット変えてくれたりするので、すごくありがたい」と瑞未さんの技術を評価した。

理容師としての一歩を踏み出した瑞未さん
理容師としての一歩を踏み出した瑞未さん

そして2022年、瑞未さんは同じ理容師で、現在は菜園店の店長を務める1歳年上の中澤祐真さん(30)と結婚した。

瑞未さんは「精神的にも安定するというところが、結婚して変わったところ」と話す。

理容師の祐真さんと結婚した瑞未さん
理容師の祐真さんと結婚した瑞未さん

2人は盛岡市の専門学校の先輩と後輩で、祐真さんも沿岸の岩泉町出身。

2026年1月からは同じ店舗で働くことになり、互いの仕事ぶりを間近で感じられるようになった。

妻・瑞未さんの仕事ぶりを語る夫・祐真さん
妻・瑞未さんの仕事ぶりを語る夫・祐真さん

夫の祐真さんは、瑞未さんの接客や施術する姿を見て「お客さんと楽しくやっているのも分かるし、色んな面で本当に頼りになるという印象」と語る。

父と祖父の墓前で報告

2人は震災から15年を迎えるのに合わせ、3月9日に大槌町を訪れた。
普段は離れて暮らしていても、瑞未さんにとってかけがえのないふるさとだ。

この日、母・純子さんとともに父と祖父の墓を訪れた。

震災から15年、父と祖父の墓参り
震災から15年、父と祖父の墓参り

瑞未さんは「長かったようであっという間の15年間だった。仕事も頑張っていると報告した」と話す。

母・純子さんは「あの時お父さんが46歳だったのに自分だけ歳をとって。でも、今まですごく見守ってもらったのは、自分で感じていた」と涙ぐんだ。

墓前で涙ぐむ母・純子さん
墓前で涙ぐむ母・純子さん

実家の店で現在も理容師として働く純子さんとは、同業者として多くのことを分かち合える関係になった。

実家で母・純子さんと談笑する瑞未さん夫婦
実家で母・純子さんと談笑する瑞未さん夫婦

瑞未さんは「『こういうところは大変だよね』とか『こういう仕事だよね』と、話をしていて共感できる点が多いので、話しやすい」と語る。

母・純子さんも「大変なところも、良いところも悪いところも理解できる」と娘との関係を表現した。

ふるさとで店を開く夢へ

震災から15年、様々な経験を積む中でふるさとの良さにも改めて気づいたという瑞未さん。夫とともに新たな夢を描いている。

故郷・大槌町での開業という夢を語る瑞未さん
故郷・大槌町での開業という夢を語る瑞未さん

瑞未さんは「自身の技術にも少しずつ自信がついてきた。この地元・大槌で店を二人で開きたい」と夢を明かした。

瑞未さんと夫・祐真さん 故郷・大槌町で
瑞未さんと夫・祐真さん 故郷・大槌町で

悲しみを抱えながらも前へ進み続けてきた瑞未さん。亡き父や祖父、そして人生の師となった母への思いを胸に、新たな夢へと歩み出している。

岩手めんこいテレビ
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