最近の北朝鮮報道をウォッチしていると、金正恩総書記が実妹の金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党副部長とともに、ある男女を特別扱いしていることに気づく。信頼の証はお揃いの黒革コート。北朝鮮を動かす最側近たちの横顔を見てみると……。

「金総書記を連想させるアイテム」

4月15日は北朝鮮最大の祝日である故金日成(キム・イルソン)主席の生誕記念日だ。「太陽節」と呼ばれ、各地で祝賀行事が開催される。この前後に北朝鮮が新型の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を発射するのでは、との観測もあったが、挑発はなかった。

代わりに目を引いたのが、金主席の遺体が安置されている錦繍山太陽宮殿への金総書記の参拝のスタイルだった。

錦繍山太陽宮殿へ参拝する金総書記と側近ら
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最高指導者の座について以来、太陽節には欠かさず宮殿に足を運んできた金総書記が2020年は姿を見せず、20日近く公開活動が途絶えたため健康不安説が駆け巡った。2021年は、参拝したものの、いつもと様相は異なっていた。

北朝鮮メディアは、金総書記が夫人の李雪主(リ・ソルジュ)氏らと共に宮殿を参拝したと伝えた。ただ、同行したのは趙甬元(チョ・ヨンウォン)党書記、朴正天(パク・チョンジョン)朝鮮人民軍総参謀長、金与正氏、それに玄松月(ヒョン・ソンウォル)党副部長――の4人だけだった。

左から玄松月党副部、金与正氏、趙甬元党書記、李雪主氏、金正恩総書記、朴正天朝鮮人民軍総参謀長、

これまでは序列上位の党や軍の幹部ら数十人がゾロゾロと後に続くという光景が一般的だったが、今回は異例の少人数だった。なぜこの4人だったのか……。

2021年2月の太陽宮殿への参拝風景

軍人である朴正天氏は別にして、このうち趙甬元、金与正、玄松月の3氏は金総書記の側近中の側近とも言える存在で、特別扱いされている。それがはっきり示されたのが、2021年1月に開かれた朝鮮労働党大会後の軍事パレード。3人だけが金総書記とお揃いの高級黒革コートを着て登場していた。

黒コートの金与正氏

黒革コートは北朝鮮では「金総書記を連想させるアイテム」という位置づけがある。金総書記本人も愛用し、黒革コート姿で冬の視察に出かけることがたびたびある。特別な贈り物としても活用し、2015年には空軍兵士の部隊に自らデザインした黒革のコートを贈っている。その際、金総書記は使用する革の材質も一つ一つ指定し、女性用パイロットには襟と袖に毛皮をつけるよう指示したそうだ。

つまり黒革のコートは、北朝鮮では特別な人だけが着用できるものなのだ。軍事パレードの際、黒革コートを着ていた金総書記を含む4人は、それだけで「特別の存在」であることを周囲に知らしめていたことになる。

金総書記の「影」から「叱責役」へ

ここで趙甬元氏に焦点を当ててみる。

黒コートの趙甬元(チョ・ヨンウォン)党書記

年齢は65歳。金正恩体制が発足した直後から、常に傍に寄り添い、「金総書記の影」とも言われた。ここ数年、金総書記の公開活動に最も多く随行し、1月の党大会で「飛び級」での異例の昇進を遂げた。

金総書記が2019年10月に白馬に乗って「革命の聖地」と位置づけられる中朝境界の白頭山(ペクトゥサン)に登った際も同行した。この時は形式上のナンバー2だった崔竜海(チェ・リョンヘ)最高人民会議常任委員長ら他の幹部も同行したが、公式報道の写真には、金総書記、趙甬元氏、金与正氏の順に白馬に乗った姿が収められ、ここでも趙甬元氏の特別扱いぶりが目を引いた。

2019年10月白頭山登頂

趙甬元氏の詳細な経歴は不明だが、一貫して党組織指導部に所属してきたエリートとみられている。2016年に党中央委員の地位に上がり、19年に組織指導部第1副部長、2020年1月に党政治局員候補、2021年の党大会で最高指導部メンバーの政治局常務委員に上り詰めた。政治局員候補になってからわずか1年、政治局員の地位を飛び越して政治局常務委員になったのは異例中の異例だった。

また趙甬元氏は党書記の重責にも就き、党組織指導部という強力部署を総括している。組織指導部は幹部人事から党員の思想・生活に至るまで掌握し、全ての住民と組織が金正恩体制に忠実に従うよう管理する部署であり、「党の中の党」と呼ばれる。

左のグレーのスーツが趙甬元(チョ・ヨンウォン)党書記

かつての趙甬元氏は、腰が低く、人も好さそうな印象をメディアを通して与えてきたが、「泣く子もだまる組織指導部」を総括する要人になってからは、党幹部を叱責する役割に転じ、憎まれ役を買って出ているようだ。

それが如実に表れたのが、党高級幹部を集めて2月に開かれた党中央委員会総会。趙甬元氏は、党の指示に従わなければ「反党的・反人民的行為」として厳しく処罰すると宣言し、幹部らを震え上がらせた。4月上旬に党の末端組織の代表を集めて開いた「党細胞書記大会」でも「細胞書記」らを厳しく叱責した。上層部にも末端にも容赦がなかった。

北朝鮮では、長引く経済制裁に加えて新型コロナウイルス対策による境界封鎖などにより、深刻な物資不足が続く。住民の間に動揺が広がることを抑えるため、締め付けを強めざるを得ない。

趙甬元氏は金総書記の危機感を代弁し、党の引き締めの先頭に立っているようだ。

金与正氏の代役も?

趙甬元氏が「内向きの叱責役」であれば、金与正氏は「対外批判」の窓口役といえる。党大会では趙甬元氏が大抜擢されたのとは対照的に、金与正氏は党第1副部長から副部長に降格された。

第一副部長から副部長に「降格」した金与正氏

ただ、その後も本人名義で韓国批判の談話を発表したり、アメリカのバイデン政権に対しても北朝鮮としては初めてのメッセージを発信したりするなど、特別な地位にある点には変化はみられない。依然として金総書記の名代であり、代弁者役の一翼を担っているようだ。

一部専門家の間には、金与正氏が突出することを避けるため、金総書記が金与正氏の代わりに趙甬元氏を抜擢したとの見方も出ている。実際、1月までは金総書記に随行したり、重要会議に出席したりする際、趙甬元氏はきまって金与正氏と同じような動きを見せていたという事情があるためだ。

残るひとりの「黒革コート」所有者の玄松月氏は、党中央委副部長であり、三池淵(サムジヨン)管弦楽団団長も務める。かつて金与正氏が務めていたような「金総書記の秘書役」として、周囲に付き従って補佐する役割だ。金総書記が実妹に任せていた担務を引き継ぐほど、玄松月氏もまた最高指導者の信頼が厚い。

黒コートの玄松月党副部長(右)

北朝鮮はいま、体制引き締めの一方で、核ミサイル開発でも不気味な動きをちらつかせる。バイデン政権が近く対北朝鮮政策を発表するのに合わせ、新型ミサイル発射などの軍事挑発行為に出る可能性が高まっている。

金総書記の決断の裏で黒革コート3人衆はどのような役割を果たすのか、目が離せない。

【執筆:フジテレビ 解説副委員長(兼国際取材部) 鴨下ひろみ】