「永遠のチャンピオン」宣言
トランプ前大統領が退任してから5日。この間トランプ氏は、大好きなゴルフに出かけた以外、その動向がパタッと止まったように見えていたが、25日夜、筆者のもとに一通のメールが送られてきた。それはトランプ前大統領の「事務所立ち上げ」の声明文だった。
トランプ前大統領は本日、『前大統領事務所』を正式に立ち上げました。この事務所は、トランプ氏の声明や活動を管理し、アメリカの国益を発展させトランプ政権での議題を実現していきます
短い声明文は、こう締めくくられている。
トランプ前大統領は、これからも、永遠にアメリカ人にとってチャンピオンであり続けます
筆者にこのメールが届いたとき、奇しくも自宅のテレビでは、米議会から、歴史的瞬間が生中継されていた。それは、トランプ氏の弾劾訴追決議が下院から上院に提出される場面だった。アメリカ大統領として史上初、「2回目」の弾劾裁判を受けるという“汚名”を着せられた一方で、支持者にとっては今も「永遠のチャンピオン」…トランプ氏は、まだまだニュースの主役である。
「45代目はアウト」NYはお祭りムード
バイデン新大統領への政権移行は、議会襲撃事件を受けた厳重警戒の下で大きな暴動は起きず、概ね平和的に終わった。民主党支持者が多いニューヨークでは、地下鉄の「46丁目駅」の駅名の看板が「46代大統領ジョー(バイデン)/45代目はOUT」と書き換えられたり、通りの名前が「Trumpgone(=トランプは去った)」と表示されるなど、「トランプ政権4年の終焉」を祝うムードとなっている。


このまま、本当にトランプ劇場は終焉するのだろうか。
トランプ氏は就任式に出席せず、首都ワシントンの去り際には「We will be back in some form(私たちはなんらかの形で帰ってくる)」と言い残した。“なんらかの形”とは何を指すのか、意味深なお別れのあいさつだ。
私たちはトランプ氏の「大統領」としての最後の姿を、フロリダ州で取材した。
スピード落とし「アイラブユー」
大統領としての最後の日のふるまいは、やはり「トランプらしい」ものだった。まず、前述のように「なんらかの形で帰ってくる」とスピーチで“復帰”を宣言し、大統領専用機エアフォースワンに乗り込んだのが退任3時間ほど前。そして退任1時間前に、別荘のあるフロリダに到着。(極寒のワシントンから、南国フロリダに移動したとあって、メラニア夫人は機内で着替えをしたようだ)

私たち取材班は、トランプ氏の別荘がある島へと続く橋のふもとで、トランプ「大統領」の最後の表情をとらえようと待っていた。そこにはすでに、トランプ・サポーターら数百人が、沿道を埋め尽くしていた。
「トランプ2020」と書かれた旗を振る人、「バイデンは勝利していない」というTシャツを着ている人、「YMCA」など、トランプ集会での定番曲をスピーカーから流し続ける(無断使用だが)人々が、今か今かとその到着を待っていた。予想通り、マスク着用率は低かった。

しかし、主人公はなかなか来ない。空港からは通常時でも車で10分だ。現職大統領につき交通が規制されているため、数分で到着してもおかしくないはず。なのに来ない。トランプ氏の車列が通る瞬間に定番の曲(集会のクライマックスでの定番曲「God Bless The USA」)を流そうにもスタートするタイミングがわからないためか、担当者が、何度も同じ曲を冒頭から繰り返している。
空港到着から25分後、遅れの理由がわかった。やっと車列が見えてきたのだが、信じられないほど、そのスピードが遅いのだ。カメラマンはもちろん、私も肉眼ではっきりとトランプ氏の表情が見えた。手を振り、親指をたて、また手を振り、最後は両手の親指を立てる。得意のダブル・サムズアップだ。
白い歯がはっきりみえるほど、満面の笑みで、口元は「サンキュー」「アイラブユー」と動いているように見えた。沿道の人々に、「力強さ」を見せる意図で、まるで「金メダリストの凱旋パレード」のような演出だ。別荘へ向かう道路も少し上り坂となっていて、“花道”のように見えなくもない。ただ「サンキュー」を伝えたいだけだったら、ここまでするだろうか…やはり第二幕があるのではないか、と思わずにはいられなかった。

サポーターに変化?「4年後はわからない」
当初は、フロリダに戻ってすぐに、「2024年の大統領出馬宣言」をするのではないかと報じられていたトランプ氏。議会襲撃事件と、それを受けた弾劾訴追で「トーンダウン」をせざるを得なくなったが、当然、ここに集う人たちは「2024年に再び大統領になってほしい」と熱望している人だらけに違いない。そう予想しながら、マイクを向けると、少し意外な答えが返ってきた。
ある男性は「2年後(中間選挙で)多くの政治家は消えるけど、トランプは消えないよ!」と自信満々だ。「では、4年後出馬すると思うか」と聞くと、「しないと思うけど‥‥出馬するなら応援するよ」という答え。女性支持者も「これぞトランプ流よ!」と満足気だったが、「4年後はどうなるかわからない。トランプは自分がやりたいようにやればいい」と話した。4年後に絶対に大統領になってほしい、と即答する人はなかなかいない。
さらに驚いたのは、別の年配男性。トランプTシャツを着ながらも、「就任式に出ないことは、トランプ自身の決断だよね。本来ならは出るべきだったと思う。4年後の大統領選?わからないね。でも、たった今、僕たちには新しい大統領が誕生したから、新しい大統領を支えないとね」と、バイデン新大統領を歓迎する意見だったのだ。沿道にかけつける熱狂的な支持者の中にも少しずつクールダウン、トーンダウンする人たちが出始めているのかもしれない。

実際、共和党支持者には変化の兆しが見られる。世論調査(Morning Consult/Politico)によると、「2024年の大統領選挙の予備選でだれに投票するか」という問いに対し、バイデン大統領が勝利した11月後半では共和党支持者のうち54%が「トランプ氏」と回答したのに対し、1月上旬(議会襲撃事件後)では42%と、12ポイントも下落している。仮にトランプ氏が政界復帰を狙っているのであれば、支持者のつなぎ止めは急務だ。
「新党(“愛国者の党”)」立ち上げも取り沙汰されているトランプ氏だが、政治の世界に復活できるかは、2月上旬から始まる弾劾裁判しだいだ。
有罪となれば、公職追放の可能性もある。下手をすれば、身内の共和党も敵に回してしまうので、目立った動きはできない…はずなのだが、ここで謎なのが、冒頭の「事務所立ち上げ」のタイミングである。いつもの通り強気はいいとしても、弾劾訴追決議が下院から上院に提出されるタイミングで、「永遠のチャンピオン」宣言は、やはりどうも、刺激的だ。
一方で、アメリカメディアは、事務所の名前を「前大統領事務所」としていることに触れ、「この肩書(前大統領)はトランプ氏が2024年に再び大統領選に出馬しないかもしれないという憶測を煽る可能性がある」と分析している。つまり、どっちに転んでもいいように、しかし適度に影響力を残し、共和党支持者からは忘れられないように、という存在アピールなのかもしれない。
毎日のようにつぶやいていたツイッターが凍結され、モノ申したい欲求に抗しきれなくなったのか…それとも何か、状況を覆すようなウルトラCがあるのか。トランプ劇場は、まだ続きそうな予感がしてならない。
【取材:中川真理子・ディエゴ・べラスコ/撮影:ムローザ敏男】