高市首相による「台湾有事は日本の存立危機事態となり得る」との発言が発端となり、日中関係が冷え込んでいる。
この発言は、日本の安全保障政策における台湾海峡の重要性を公的に位置づけたものであるが、中国側の強い不満を招いたことは想像に難くない。
そして、これによって生じた外交的な冷え込みは、当然のことながら、経済活動に従事する日本企業の間にもビジネスへの懸念として瞬く間に広がった。
2012年の大規模反日デモ
歴史を振り返れば、日中関係の悪化とそれに伴う日本企業の懸念は、決して目新しい現象ではない。
尖閣諸島問題に端を発する2012年の大規模な反日デモや、その後の政治的摩擦が生じるたびに、日本企業は対中ビジネスのリスクを再認識し、サプライチェーンの多元化や生産拠点の分散といった対策を講じてきた。
これまでの危機は、主に日中両国間の政治的・歴史的・領土的な摩擦が直接的な原因となり、結果として経済・貿易関係が冷え込むという構造を持っていた。多くの日本企業は、両国関係の改善、すなわち「政冷経熱」の回帰を期待しながら、一時的な嵐が過ぎ去るのを待つというスタンスを基本的にはとってきた。
日本企業の対中意識に変化が…
しかしながら、筆者の肌感覚、そして多くの経営者との意見交換から得られる情報として、今回の、そしてこれからの日中関係を巡る日本企業の対中意識にはある変化が生じてきていると思う。
それは、従来の「日中摩擦」に起因する経済的冷え込みという認識に加え、「米中対立という構造的な枠組み」が日中関係の悪化を駆動する本質的な要因であるという、より深く、より悲観的な認識である。
この国際構造においては、日本が直面するリスクは、もはや日本自身の対中外交努力や姿勢によってのみコントロールできるものではない。
日本が同盟国である米国との軍事・防衛関係、さらには経済安全保障上の連携を強化・進化させること、例えば重要技術の共同開発やサプライチェーンの「デリスキング(リスク低減)」を図ることは、中国の対日不満を助長する直接的なトリガーとなり得ることが意識され始めている。
つまり、日本が自国の安全保障や経済的利益を追求し、米国との強固な関係を維持すればするほど、その行動自体が中国の目には「対中包囲網への加担」と映り、結果的に中国の対日感情が悪化し、日本企業の中国ビジネスに対する圧力が強まるという、一種の「負のスパイラル」が恒常化するのである。
「脱中国依存」加速へ
この構造的な変化の顕在化は、日本企業、特に製造業やハイテク産業において、対中戦略の根本的な見直しを迫っている。
これまでの「一時的な懸念」ではなく、「不可避で恒常的な構造リスク」として中国ビジネスを捉える必要が生じているのだ。その結果、企業の間では、対中ビジネスの戦略的な意義とリスクを徹底的に再評価し、中国市場への依存度を抜本的に引き下げる、すなわち「脱中国依存」をこれまで以上に加速しなければならないという意識が広がっている。
具体的な動きとしては、生産拠点のASEAN諸国やインドへの移転加速、研究開発機能の国内回帰や欧米との連携強化、そして中国市場専用製品の比率の見直しなどが挙げられる。
地政学的リスクと技術流出
かつて世界最大の市場であり、安価な生産拠点であった中国は、今や日本企業にとって1つの地政学的リスクとして、そして技術流出の懸念を伴う市場として認識されつつある。
特に経済安全保障推進法の施行以降、政府が主導する半導体や重要鉱物などのサプライチェーン強靭化の動きは、企業の「脱中国依存」を後押しする強い追い風となっている。
無論、中国市場の巨大な魅力が完全に消え去ったわけではない。
一部の消費財やローカルニーズに特化したビジネスにおいては、引き続き中国市場での成長の可能性は十分に残されている。しかし、多くの日本企業にとって、もはや中国は世界戦略の全てではなく、「高いリスクを伴う、数ある市場の一つ」へとその位置づけが低下しつつある。
日本企業の意識変化
日中関係の冷え込みは、単なる二国間の政治的摩擦ではなく、米中対立という巨大な構造変動の波紋として日本企業の事業環境に押し寄せている。
この構造的リスクを認識した日本企業が、脱中国依存への意識を固め、真のグローバルなレジリエンス(強靭性)を獲得するための戦略的な転換を迫られているのが、現在の経済の最前線であると言えよう。
この意識の変化は、日本経済のサプライチェーンと国際競争力の再構築において、極めて重要な意味を持つことになるであろう。
【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】
