判決言い渡しの瞬間、雄大被告は・・・
10月15日午後3時。東京地裁第426号法廷。守下実裁判長が主文を述べ、量刑を言い渡した瞬間に記者たちはいっせいに立ち上がり、速報すべく表に出た。
言い渡された船戸雄大被告は、少しうつむいて、表情を変えることなく判決を聞いていた。
わたしはその間、傍聴席で雄大被告をじっと見ていた。
彼の変化と言えば、補足説明で結愛ちゃんがいかに過酷な状況下に置かれていたかを聞いているときの雄大被告の指。座って、膝と太ももの間に軽く置いてあったにぎり拳にだんだん力が入っていった。おしまいの方では、指が血の気を失い傍聴席からも白くなっていることがわかるほどだった。他は、表情にも、姿勢にも、なんの変化も見られなかった。
だから雄大被告がどうこの判決を受け止めたのかはわからなかった。
【事件名 保護責任者遺棄致死、傷害、大麻取締法違反被告事件】
これが雄大被告の起訴された事件の正式な名称だ。養子の船戸結愛ちゃんが目黒区のアパートで虐待死した事件。未来ある子供が、たった5歳11か月でその命を奪われたこと、そして結愛ちゃんの残した自筆のメモがあまりに悲しかったために日本中が怒りに震えた。この少女のメモの存在がこの事件を有名にした。
許せないではないか。
暴行をしていた父親は当然のこと、結愛ちゃんを守らず夫に迎合していた母親も、2人とももう一生刑務所で反省すべきだ、いやそれでは生ぬるい、結愛ちゃんは命を奪われたんだ・・・そんな声がそこかしこから聞こえる。
検察の求刑は18年。
しかし、下った判決は13年。
人ひとりの命を奪ってなぜ13年なのか
短すぎるのでは・・・。はっきり言ってわたしもこう思った。
人ひとりの命を奪って、13年。
親に苛め抜かれて絶望のまま死んだのに。
体中に170もの傷。
1日汁物1杯だけの日も。
ひもじいなんてものじゃなかったろう。
浮いたあばら骨、土気色の皮膚は駆け付けたベテランの救命士をたじろがせたくらいなのに。
懲役13年。
世間の思いと司法の感覚はずれているといわれることもある。
殴ったことと死亡の因果関係
なぜ13年なのかを知りたくて、司法記者としての経験も豊富な平松秀敏社会部デスクに連絡をとった。
「うーん、司法記者の経験上、保護責任者遺棄致死で13年はまあ重いほうかなと思うよ。」
そうだ、この事件は殺人でもなく、傷害致死でもなく、保護責任者遺棄致死が問われているのだ。そもそもなぜ保護責任者遺棄致死なのか。結愛ちゃんは「両親に殺された」のではないのだろうか。
「結愛ちゃんの死因は敗血症と診断された。殴って死なせたことが立証できればおそらく傷害致死で立件できたのではないかと思うけど、殴ったことと死亡の因果関係を立証するのが難しかったからだと思う。」
それでも、と平松デスクは続けた。
今回、警察と検察はある強い思いを持って臨んでいるということが読み取れるという。
「検察側の求刑18年に注目してほしい。傷害での立件は残念ながら難しいので保護責任者遺棄致死で起訴するが、この罪の法定刑である懲役3年から20年のうちの事実上もっとも重い18年を求刑してきた。これはもう、『殺人事件並み』なんだというメッセージなんだよ。」
「殺人罪」の求刑は十数年で、一般的に親族殺人で18年が求刑されれば司法を知る者は重いと感じるという。
「超異例の『殺人罪並み』の求刑をしたということは、これはもう、許せない事件なんだ、世間の皆さんわかってください、という警察、検察の一致した思いがこめられていると思う。」
『量刑の均衡』という考え方
今回、検察は大きな「挑戦」をしたのだった。しかし裁判所の出した判決は懲役13年だった。なぜこのような差が出たのだろうか。
「初めに言ったように保護責任者遺棄致死としては13年は重い方なんだよ。でも想定内ではあるな。これが15年とかだったら相当重いと思うが。裁判所の相場主義は変わってないなあと感じるよ。」
相場主義とは、ほかの同じような事件とのバランスを取った量刑とすることで、『量刑の均衡』と言うと教えてくれた。
「同じような事件なのに例えば東京地裁では18年、大阪地裁では13年では不公平感が生まれるでしょ。だから『相場』に収めるんだよ。」
平松デスクは指摘する。
「要するに、今回検察は『殺人事件並み』という位置づけをして臨んだのに対して、裁判官・裁判員はあくまで『保護責任者遺棄致死』として判断したということなんだ。」
母・優里被告を捜査一課が立件した意味
ところで平松デスクはこの事件の裁判には大切なメッセージが込められていると言う。
それは母・優里被告を警視庁捜査一課が立件したことなのだと。
事件としては父・雄大被告が一番悪いことはもちろんと前置きしたうえで、
「最後に子供を守れるのはお母さん、あなたしかいないんです、というのを世間に広く知ってもらいたいというメッセージだと思う。というのも、世間には父親が子供を殴っているのに母親が見て見ぬふりをしている、あるいは守ってあげていないという事件がいっぱいある。これまでは母親を立件するケースはあまりなかった。捜査一課は今回時間をかけて優里被告を調べて立件にこぎつけた。それは優里被告個人のことだけではない、社会へ向けての警鐘を鳴らす意味があった」と分析した。
子供への虐待は密室で行われることが多く、外からはよくわからない。
「だから、味方できる人が限られている状況のなかでは、『お母さん、あなたが子供を見捨ててはいけないんだよ』と社会に対して警鐘をならしているんだ」
これは母親に限らない。虐待しているのが母親なら、父親にその義務があると平松デスクは読み解く。
心理的DVを受けていた優里被告は自分で結愛ちゃんを助ける行動をとるのがもはや難しくなっていたと優里被告の弁護側は指摘。
「そうなる前に子供を守れる親のどちらかが動いて、身を挺して守ってほしいということなのでは」
そう結んだ。
雄大被告の裁判が終わって、裁判員らが会見に臨んだ。子供を持つ親だと明かした人も何人もいて、やはり怒りがこみ上げるのを抑えるのが大変だったという。その感情と量刑傾向(相場)との間の葛藤が最後まであったと明かした裁判員もいる。
「今回の判決が、今後こういった児童虐待死事件への量刑を少しずつ重くしていく指針になってくれたらいいです」と言った女性もいた。
子供の虐待死は「殺人事件」並みであるというメッセージを噛みしめる。
もし今パートナーの子供への暴力を見て見ぬふりをしている親がいたら、どうか、今すぐ行動に移してほしい。心からそう思う。
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