夫の「説教」に苦しめられた母と子 法廷で明らかになった結愛ちゃん虐待死までの日々

~優里被告と雄大被告のゆがんだ関係~

カテゴリ:国内

  • 結愛ちゃん虐待死 船戸優里被告の嗚咽が響いた初公判
  • 「結愛に対してはごめんなさいと謝り続けるしかない」
  • 夫からの「説教」が続いた日々 なぜ逃げなかったのか?

優里被告の嗚咽が響いた初公判

結愛ちゃんは2018年3月2日に5歳11カ月の生涯を閉じた。あばら骨が浮き出てやせ細った状態で、小さなからだには170個以上の傷があった。

翌日、継父の船戸雄大被告が、6月になって実母の船戸優里被告が逮捕された。

船戸優里被告

そして始まった優里被告の初公判。

初日、優里被告は初め取り乱して自分の名前さえ言えなかった。ようやく話し始めても息も浅く、過呼吸のような状態になり、そして法廷に嗚咽が響いた。

「警察に通報しなかったのは、(夫の)雄大被告が逮捕されたら、私(と結愛)が報復されるのが怖くて・・・通報できなかったです」

大泣きしながら、とぎれとぎれに声を絞り出す優里被告。

法廷内の優里被告(イラスト:石井克昌)

証言台に立ち、彼女は一体何を思うのか。

優里被告が裁判で流すその涙の意味を、わたしは報道に関わる者としてしっかりと伝えなければならないと思う。

結愛ちゃんはもう二度と帰ってこないけれど結愛ちゃんのような子をひとりでもなくすために、これを読んでくださる皆さんにも共有してほしいと思いパソコンに向かっている。

あの日、何があったのか。そこに至るまでに何があったのか。そして結愛ちゃんがどんなに辛い日々を過ごしてきたのか…

わたしにも子供が2人いる。
放っておけない思いでこの裁判を傍聴した。

法廷内の優里被告 (イラスト:石井克昌)

連日黒いジャケットとパンツ姿で法廷に現れる優里被告の表情は硬い。逮捕時の茶色の髪を変え、今は自然な黒髪で肩にかからないくらいに切りそろえられている。あの時は「ひどく顔色が悪いひとだなあ」と感じたが、今わたしの目の前にいる優里被告はどちらかといえば色白だ。

この3日というもの、優里被告は時折涙を拭いたり、鼻をすすったりするときもあったがおおむね静かに姿勢よく座って裁判に臨んでいた。

「ごめんなさい以上の言葉はありません」

公判3日目、午後。初日に証言台に立って以来初めて口を開く「被告人質問」。
弁護人から気持ちを聞かれて優里被告は涙を流しながらこう切り出した。
「加害者として、やっぱり結愛にごめんなさいという気持ちです。軽々しい言葉で済まされないくらい、とても、ごめんなさい以上の言葉はありません。」
時折詰まりながらも、言葉を選ぶようにして続ける。
「ごめんなさいしか見つからなくて。結愛に対してはごめんなさいと謝り続けるしかないです。」

その後優里被告は落ち着きを取り戻し、弁護人の質問に、よく考えながらきちんと聞き取れる声で答えていった。その声はやや高く、イントネーションが少し独特だ。出身の香川のアクセントだろうか。しゃべり方は強い調子ではなくどちらかといえばやわらかい。

午後1時半から始まり5時まで続いたこの日の被告人質問。長時間の応答のなかでわたしの印象に残ったのは優里被告が供述のなかで何度も「わたしが馬鹿なので」とか「(わたしは)馬鹿みたいに」などと付け足しながら説明していたことだ。

亡くなった結愛ちゃん

優里被告の説明によると、夫の雄大被告からいつも「説教」されていたという。
5歳の結愛ちゃんとほとんど一緒に「叱られ」たり「説教」されていたのだと。
その説教は雄大被告と結婚してからすぐに始まった。
優里被告の性格、行動、発言などすべて怒られ「お前のためにやっている」と、毎日のように「説教」があった。
短くて1時間。
理解していないと雄大被告が判断すると4時間に及ぶ日もあった。

育児がなっていないと否定され、口出しするなと言われた。
説教が終わると顎をつかまれ頭を上下に揺さぶられた。
そして「俺の言ったことわかったのか、本当にわかったのか」と何度も聞かれた。
母がこうされるのを隣で結愛ちゃんも見ていて、顎をつかまれている優里被告はしゃべれないまま何度も頷くしかなかった。

このような「説教」に対して優里被告は「怒ってくれてありがとう」とお礼と反省文も書いた。
「反省をもっと態度で示せ」と言われ、自分の髪の毛をひっぱったり、太ももを真っ黒になるまでたたいたりして、雄大被告に見せたりもした。

DVという認識がなった優里被告

ところがここで弁護人から「あなたは雄大被告に暴力を振るわれていたということか」と尋ねられると、優里被告はしばらく考えて「暴力というほどでは…」と答えた。
しかし、その声は急にか細くなり、震えている。
「DV(ドメスティックバイオレンス)と言われていますが、わたし自身はそういう認識がずっとなかった」と優里被告は明かした。

この、暴力に対する優里被告の理解は次のような供述でも印象的だった。
結愛ちゃんに対する雄大被告の暴行により、結愛ちゃんは児童相談所に一時保護された。優里被告は結愛ちゃんに付き添って一緒に行きたいと、2回そう伝えたのだという。しかし女性警察官から「あなたも暴行されていますか。あざはありますか」と聞かれたため、こう考えた。

(自分にはあざもないし、暴行もされていない)
だから「ないと答えました」。

「グーで殴られることが暴力だと思っていました」。

しかし結愛ちゃんは児童相談所の職員に「ママもたたかれている」と伝えている。

優里被告(左)と雄大被告(右)

結愛ちゃんのこの説明に雄大被告は「結愛はうそつき」「俺はお前にDVなんてしていないよな?」と優里被告に迫り、優里被告も「わたしも馬鹿だから“うん”と言ってしまった」と答えたのだという。
雄大被告は優里被告と児童相談所との想定問答集を作成し、優里被告が覚えるまで何度も読ませテストして覚えたかどうか確認した。雄大被告は2度書類送検されているが、いずれも不起訴になり逮捕には至らず、また親子での生活が始まってしまうのだった。

不思議なことにそのころの優里被告にとって雄大被告が逮捕されるのが最も恐ろしかったという。と、同時に、雄大被告と結愛ちゃんとの関係に危機感を覚え引き離さなければいけないとも思ったという。何度も離婚を申し込んだが「親になんと説明するんだ」と突っぱねられる。

孤立を深めていった母と子

なぜ逃げないのか…傍聴席のわたしの心にもどかしさが芽生えていた。

そんな疑問にこたえるかのように証言台の優里被告は声を震わせながらこう言った。
「(二人を引き離すのには)離婚して(施設に預けた)結愛を迎えに行く、としか思い浮かばなかった。」
「誰かに助けを求める考えがなかった。頭に浮かばなかった。」

精神科の医師を訪ねたこともあった。
下剤を毎日飲んでいると伝えると「何錠?」と聞かれたので「2錠」答えると、「たいしたことないね」と先生に言われたという。
それまで自分自身では頑張っていると思っていたが、やはり自分は頑張りが足りず精神科などに来てはいけないと思ったという優里被告。

「人間としても、女としても、母としても努力が足りないと雄大被告に言われたが、雄大被告の言うことは本当だと思ってしまった。」

こうして雄大被告の絶対的な存在のもと、優里被告と結愛ちゃんは孤立を深めていった。

「バリバリとヒビが入ってズドンと落ちた」 虐待された娘に残った170の傷が語る家族の瓦解】へ続く

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【執筆:フジテレビ アナウンサー 島田彩夏】
【取材:フジテレビ 社会部+フジテレビアナウンサー 島田彩夏】

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