47人が犠牲となった「長野空襲」から8月13日で81年です。長野市で集会が開かれ、96歳の祖母から聞いたその日の体験を紹介するなど、あらためて戦いの残酷さを訴えました。

「黙とう」

長野市で開かれた「長野空襲を語る集い」。

約120人が犠牲者に黙とうを捧げました。

1945年8月13日の「長野空襲」では、長野駅などが米軍機に爆撃され、47人が犠牲になりました。

終戦のわずか2日前のことでした。

原山孝子さん:
「長野の空を覆った黒煙、爆弾のすさまじい音と振動」

96歳の原山孝子さんは当時15歳。

篠ノ井の女学校にいる時に空襲に遭いました。

原山孝子さん:
「防空壕の崩れ落ちる不気味な音、防空壕の出口で『無事家に帰ってくれよ』と先生の握りしめてくれた温かい大きな手。二度と繰り返してはならない、国民一人ひとりが誓うべきだろう」

高齢で参加出来ない原山さんに代わり、孫で裾花中学校教師の北沢賢悟さん(39)が証言を紹介しました。

原山さんの孫・北沢賢悟さん:
「長野空襲で亡くなった47人の方にも広がるはずの未来があったはず。(空襲の)規模の大きい、小さいではなくて、その中にあることを追っていったときにものすごく重たいものを感じる。歴史的な事実と(当事者の)生の声をセットで次世代へ渡すのが平和教育の一番のもとになってくるかな」

市内の高校生や中学生も長野空襲について学んだことを発表しました。

中学生:
「戦争の悲惨さを後世に伝えていくって難しいことだと思うけど、1年に1度集まって伝える会があるのはとても重要だなと思った」

北沢賢悟さん:
「81年前の長野でもあったんだと知ることで、遠くのものの見方、ウクライナで起きている戦争の見方も変わると思うし、どうやって自分たちも平和をつくっていけばいいのか考えるきっかけになるので、とても大事」

戦後81年、体験者の話を直接聞くのが難しくなる中、さまざまな形で教訓を語り継ごうとしています。

長野放送
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