人口減少と高齢化が進む秋田県では、長年地域に根差してきた事業をどう次の世代につなぐのかが大きな課題となっている。後継者が見つからず、惜しまれながら姿を消す店や施設も少なくない。
そんな現実の中、「18歳」という年齢で事業のバトンを受け取った若者がいる。秋田市のダンススタジオ「RUNNING MAN」。この場所を守るために立ち上がったのは、この春高校を卒業したばかりの女性だった。
地域に根差し世代を超えて踊り続けてきた場所
秋田市新屋にあるダンススタジオ「RUNNING MAN」は、2013年に設立された。
ストリートダンスを中心に、4歳の子どもから60代まで、約150人が通うこのスタジオは、地域の中で長く親しまれてきた。
技術の上達だけを目的とするのではなく、音楽に合わせて自由に表現すること、仲間と一緒に踊る楽しさを大切にする。それがRUNNING MANのスタイルだ。
スタジオを立ち上げたのは、ダンサーであり指導者の阿部歩さん。阿部さんは、ダンスのスキルだけでなく、人と人とのつながりや、踊ることそのものを楽しむ心を伝えてきた存在だった。
しかし2025年10月、その阿部さんが病気のため帰らぬ人となった。
突然の別れは多くの生徒に衝撃を与え、同時にスタジオの存続という現実的な問題を突きつけた。
「なくしたくない」 夢を胸にしまった18歳の決断
存続の危機に直面したRUNNING MANで、中心となって悩んでいた一人が、阿部さんの一番弟子ともいえる存在だった保坂美南さん(18)だ。秋田令和高校出身で、小学2年の時からこのスタジオに通い続けてきた。
保坂さんにとってRUNNING MANは、単なる習い事の場ではない。踊る楽しさを知り、仲間と出会い、自分自身を形づくってきた「第二の居場所」だった。
「私のダンスをかっこよくしてくれたのも、仲間と踊る楽しさを教えてくれたのも、このスタジオだった」と語る保坂さん。
一方で、彼女には幼い頃からの夢があった。
高校卒業後は東京へ行き、さらにダンスを学びたい――。
スタジオを引き継ぐという選択は、その夢を一度後回しにすることを意味する。高校生活の終わりが近づく中、迷いと葛藤の日々が続いた。
「通っている生徒みんなRUNNING MANが大好きで、何より阿部歩先生が大好きだった。そのスタジオをなくしたくない気持ちが一番強かった」
悩み抜いた末、保坂さんは代表に就くことを決断する。
変わらぬ空気の中で未来へ踊り続ける
18歳でスタジオの代表となった保坂さんは、経営を担いながら自ら指導にも立つ。
振り付けは、阿部さんから教わったものと、自身が学び続けてきたダンスを組み合わせて考える。大切にしているのは、「かっこよさを伝えること」と「みんなで楽しく踊ること」。
保坂さんは「踊り方は先生と違う部分もあるけれど、目指すところは同じ。歩先生の雰囲気は、このスタジオに今も残っていると思っている」と話す。
スタジオには今も、子どもたちの笑顔と活気があふれている。
生徒たちは「みんなで仲良くできるところが好き」「美南先生は優しくてダンスが上手」と話し、阿部さんの分も踊り続けたいと口にする。
地方で事業を継ぐという選択は簡単ではない。それでも、守りたい場所があり、受け継ぎたい思いがあった。
RUNNING MANのフロアで刻まれる一つ一つのステップは、恩師の記憶とともに、次の世代へと確かに受け継がれている。
(秋田テレビ)
