「自分のことのように嬉しいです、本当に」

3月17日、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で初優勝したベネズエラ代表を見て、ベネズエラ在住の本間敬人さんは感慨ひとしおだ。

ベネズエラから発信する本間敬人さん
ベネズエラから発信する本間敬人さん
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インスタグラムで約26万人のフォロワーがいる本間敬人さん。東京出身だが、フォロワーの大半はベネズエラ人など南米や中米の人たちだ。

本間敬人さんのインスタグラム
本間敬人さんのインスタグラム

スペイン語を駆使し、日本とベネズエラの文化などについてコミカルな動画で発信を続けている。

高校球児からベネズエラ代表のトレーナーへ

かつて高校球児だった本間さんは2001年、19歳の時に渡米し、スポーツ医学などを学んだ。

2007年にはフィラデルフィア・フィリーズのトレーナーとしてチームを支え、そこで知り合ったベネズエラ人選手との縁で現地へ渡った。

2021年東京五輪予選でベネズエラ代表のトレーナーとして一員に
2021年東京五輪予選でベネズエラ代表のトレーナーとして一員に

2019年にはベネズエラ代表のトレーナーを務め、2021年の東京五輪予選でもチームに帯同。公式戦でベネズエラ国歌斉唱を任されるほど、現地に受け入れられている。

伝統の公式戦で1万5000人の観客を前に歌った時は「足がガクガクしながら、心を込めて歌った」と振り返る。

本間さんは日本との対戦に「ホンマに複雑...」と投稿
本間さんは日本との対戦に「ホンマに複雑...」と投稿

準々決勝で日本がベネズエラと対戦すると決まった際は「複雑だった」と当時の心境を明かす。

「祖国は日本ですし、生まれた国。ただ、お世話になっている国はベネズエラなんですよね」

一方、代表の元トレーナーとしての思いものぞかせた。

「日本に勝つところを見て見たい。それが恩返しになるのではないかなと」

2019年のプレミア12で代表の調整をする本間さん
2019年のプレミア12で代表の調整をする本間さん

現在もベネズエラにすっかり溶け込んでいる本間さんは、今回優勝に貢献したオリックス・バファローズのアンドレス・マチャド投手とも親交が深い。マチャド投手の故郷ウラマを共に訪れ、実家で食事をするほどだ。

こうした選手たちの生い立ちなどをYouTubeで紹介することで、ベネズエラのファンを少しでも増やしたいと考えている。

ウクレレと歌でベネズエラ代表の一致団結に貢献 
ウクレレと歌でベネズエラ代表の一致団結に貢献 

「ベネズエラのいいところは、やっぱり人の温かさ」

人々とのやりとりをそのまま見せることで、そのベネズエラ人の良さを広く知ってもらいたいという。

政情不安の中…WBC優勝はベネズエラに『風』

深刻な政情不安が続くベネズエラにとって、今回の優勝は久々の明るいニュースだ。

「どんちゃん騒ぎでしたよ」

と本間さんは笑う。優勝の翌日は「国民の祝日」となり、街中は国旗を振る人やユニホーム姿の市民で埋め尽くされた。

「今、国の状態がよくない。でも(優勝が)『風』を吹かせてくれたのは素晴らしいことだと思います」

今回の優勝のように、ポジティブな出来事をきっかけに経済が良くなることを市民は望んでいるという。

かつて公式戦で国歌斉唱を任され「足ガクガク」
かつて公式戦で国歌斉唱を任され「足ガクガク」

「ベネズエラの方たちは自分たちの国にもっと自信を持ってもいいのかなと思います。いいところなんだって、思っていただきたい」

とエールを送る。

「ありがとう」+「Gracias」=「アリグラシアス!」で架け橋に

本間さんがよく使う言葉に、日本語の「ありがとう」とスペイン語の「Gracias」を掛け合わせた造語「AriGracias(アリグラシアス)」がある。

当初、スペイン語が分からず、つらい思いをしていた時期に救ってくれた現地の優しさに触れ、今では「君もベネズエラ人だ」と迎え入れてくれたことに感謝している。

「この経験を生かして、何かの架け橋になりたい」

野球のみならず、文化やエンターテインメントを通じて、本間さんは今日も日本とベネズエラの「架け橋」として活動を続けている。

【執筆:FNNニューヨーク支局長 弓削いく子】

弓削いく子
弓削いく子

心身を整えるためにヨガをこよなく愛す。
Where there’s a will, there’s a way.
FNNニューヨーク支局長。ニューヨーク市生まれ。1993年フジテレビジョン入社、警視庁、横浜支局、警察庁、社会部デスクなど、駆け出しは社会部畑。2010年からはロサンゼルス支局長、国際取材部デスクを経て現職。