2024年12月、石川県が誇る、加賀百万石の食の技の粋を集めた「加賀料理」が国の登録無形文化財になった。江戸時代から続く前田家の食文化を背景に発展してきたこの料理は、単なる食事を超えた「食の総合芸術」として高く評価されている。その魅力の核心には、「加賀らしさ」という独特の価値観が息づいている。
国の登録無形文化財に認定された「加賀料理」の魅力を探る—料理人の技と器、空間演出が織りなす食の総合芸術

創業1830年(天保元年)の老舗料亭「大友楼」を舞台に、加賀料理の真髄に迫る。

金沢市尾山町にある同店は、初代大友義左衛門が加賀藩前田利常の御料理方を務めていたことをルーツとする歴史ある料亭だ。現在の八代目当主、大友佐悟氏が語る加賀料理の世界は、料理そのものだけでなく、器や空間演出までを含めた総合的な文化体験である。
玄関から始まる「加賀らしさ」の演出

大友楼に足を踏み入れると、まず香りと打ち水の清らかさが客を迎える。「非日常空間という形で料亭を楽しんでいただきたく、打ち水をしたり、お香を焚いたりして、まず最初からお客様に楽しんでいただけるように。」と大友氏は説明する。

客を迎える玄関から既に加賀らしさが表現されているのだ。これは単なるもてなしの心を超えた、文化的な演出である。お香の品のある香り、丁寧な打ち水、そして空間全体に漂う気品ある雰囲気が、これから始まる食事体験への期待を高める。

大友氏が考える「加賀らしさ」とは、「しつらえ、空間とかも含めた、伝統工芸品を使ったりとか、総合演出」だという。料理だけでなく、生け花などの演出も加賀料理にとって欠かせない要素なのである。
豊富な食材と歴史が育んだ独自の食文化

石川・金沢は地理的に恵まれた立地にある。「山や海に囲まれた、いろんな豊富な食材が取れる地域」であり、この豊富な魚介類や加賀野菜などが加賀料理の基盤となっている。江戸と京都の文化から影響を受けながらも、独自の食文化を形成してきた歴史がある。

加賀料理の代表的なものとして、大友氏は「郷土料理の治部煮と鯛の唐蒸し」を挙げる。これらの料理には、それぞれ深い歴史と文化的な意味が込められている。
江戸時代から受け継がれる「治部煮」の伝統
治部煮の歴史は古く、加賀藩の料理人として活躍した舟木伝内が記したレシピ本『ちから草』の中で「治部」という料理として記録され、のちに「治部煮」として定着した。鴨肉やすだれ具を煮込み、小麦粉でとろみをつける独特の調理法が特徴だ。

なぜ片栗粉ではなく小麦粉を使うのか。その理由について大友氏は「当時は、やはり舟木伝内のそのレシピを基に再現して作っておりますので、そこにしっかりと小麦粉という文字が出ておりますので、それを踏襲して作っております」と説明する。

さらに注目すべきは、治部煮専用の器「治部椀」の存在である。この椀は治部煮を美しく見せるために浅く広口で設計され、雑煮用のお椀と比較しても背が低いという特徴を持つ。全国的にも珍しい料理専用の器であり、加賀料理の文化的な深さを物語っている。

武家文化を象徴する「鯛のから蒸し」
もう一つの名物である鯛のから蒸しは、九谷焼の大皿に盛り付けられて提供される豪勢な料理である。鯛を背開きにし、腹部におからを詰めて蒸し上げるという調理法には、武家文化を象徴する意味が込められている。

「背開き」にする理由について大友氏は、「石川県金沢はやはり武家文化が浸透しておりますので、やはり切腹を忌み嫌って、やはりお腹から切らず背中の背開きにしております」と語る。調理法にまで武家文化の価値観が反映されているのは、加賀料理の文化的な奥深さを示している。

季節を表現する器の美学
加賀料理における器の役割は単なる容れ物を超えている。季節に合わせて器を変えるという細やかな配慮が、料理の魅力をさらに引き立てる。


春夏用には桜の蒔絵がデザインされたお椀や清涼感あるガラスの器が用意される。秋にはもみじの絵柄が施された器で料理を引き立てる。「やはり、お料理に対して、季節によってやっぱ変えますので」と大友氏が説明するように、器選びも重要な演出の一部なのである。

さらに加賀料理を味わう部屋にも『加賀らしさ』が随所にみられる。雪見障子であったり、季節の掛け軸や花が飾られ、総合演出が空間でも表現されている。地元食材を使うのはもちろん、器や設えなど細かな配慮を含めた加賀料理は、まさに「食の総合芸術」と評される所以である。
実食体験で味わう加賀料理の真髄
ハブイートアンバサダーの彦摩呂さんが実際に加賀料理を味わった際の反応は、その魅力を雄弁に物語っている。春の加賀料理のコースには、季節の食材を使った山菜のつきだし、ごりの加賀煮を盛り込んだ八寸、ふき味噌をあしらった焼き物など、春を感じられる料理が並んだ。

治部煮を味わった彦摩呂氏は、「なんと奥深い餡の味がもう、鴨肉のほど良い脂と交わって。その味をわさびがぎゅっと締めて。めちゃめちゃおいしいです、たまりません」と絶賛した。

治部煮には季節に合わせて鴨肉だけでなく、季節に合わせて、鶏肉だったり、かき貝だったり、牛肉などを使う店もあり、季節感を大切にする加賀料理の特徴がここにも表れている。

鯛の唐蒸しについては、「ふかふかの鯛の淡白なお味に、この味が入っているおからが、アクセントになって、これ交わって一つの味になるんですね」と、おからと鯛の絶妙な組み合わせに感動を示した。

加賀料理を味わった彦摩呂さん。「もう五感が刺激されるっていうか、もうお料理にとどまらず器も、もうほんとに美術館のような、心が本当に豊かになりますね。なんかお殿様になった気分です。」

この言葉は加賀料理の本質を的確に表現している。単なる食事ではなく、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚のすべてが刺激される総合的な文化体験なのである。

大友氏が考える加賀らしさについて、「やはりこの石川県、山と海に囲まれております。豊富な食材を使い、伝統工芸品もあしらい、そして、料理として発信していくっていうことが加賀らしさだというふうに思っております。」という言葉からは、地域性と伝統技術、そして表現力の三位一体が加賀料理の核心であることがわかる。
継承への取り組みと未来への展望

加賀料理が国の登録無形文化財に登録された背景には、その文化的価値の高さがある。しかし、大友氏は現状について「担い手が今減っている、少ないというのが現状です」と課題を指摘する。

この貴重な文化を未来に継承するために、「皆さん、この加賀料理の魅力をもっともっと発信して、しっかりと、加賀料理を後世に伝えていくような、動き、運動、発信、いろんなものを、して、加賀料理を、特的に、皆さんに知っていただけるようにしていただきたい」と呼びかけている。

実際に、加賀料理の普及と継承のための具体的な取り組みも始まっている。「加賀料理をめぐる会」というツアーが月1回開催され、さまざまな料亭での食事体験が可能になっている。大友楼では昔の文献などの貴重な資料を展示として公開し、芸妓の演技を見られたり、お酒を楽しめるような多様な体験プログラムを提供している。

彦摩呂さんは「いい加賀、いかが~!?」と締めくくった。

加賀料理が体現する日本の食文化の深層
現代社会において、加賀料理のような伝統的な食文化が持つ意義は計り知れない。ファストフードや効率性が重視される時代だからこそ、時間をかけて育まれた文化の価値がより一層際立つ。
加賀料理は、食事という日常的な行為を通じて、歴史と文化を体験する機会を提供している。それは単なるノスタルジーではなく、現代人が失いがちな季節感、自然との調和、美的感覚、そして他者への思いやりといった人間性の根幹に関わる価値観を再認識させる力を持っている。

また、地域の食材を活用し、伝統工芸品を用いることで、地域経済の活性化にも寄与している。これは持続可能な地域発展のモデルとしても注目に値する。
世界に発信する日本の食文化
日本料理がユネスコ無形文化遺産に登録され、世界的な注目を集める中で、加賀料理のような地域固有の食文化の存在意義はさらに高まっている。和食の奥深さと多様性を示す具体例として、加賀料理は世界に向けて日本文化の豊かさを発信する重要な役割を担っている。

特に、料理だけでなく器や空間演出まで含めた「総合芸術」としてのアプローチは、世界の料理文化にはない独特の価値観を提示している。これは日本文化の特徴である「型」の美学、「間」の感覚、「季節感」の重視といった概念を、具体的な形で体験できる貴重な機会を提供している。

(石川テレビ)
