全面侵攻の開始から4年。戦場の輪郭が揺れ動く一方で、戦争の陰に潜む現実がある。子どもたちの「連れ去り」だ。今月だけを見ても、連れ去られていた子どもが家族のもとへ戻り、再会できたという報せがある。

家族の元へ戻ってきた子どもたち(2026年2月)
家族の元へ戻ってきた子どもたち(2026年2月)
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ゼレンスキー大統領は2026年2月17日、ロシアの支配下から家に戻すことができたウクライナの子どもが累計2,000人に達したと発表した。だが、帰還が伝えられるたびに、同時に浮かび上がるのは別の数字だ。戻れた子がいる一方で、なお戻れない子の方が圧倒的に多い。

全面侵攻以降で2万人 始まりは“クリミア”

ウクライナ政府の「Children of War」ポータルは、全面侵攻の開始以降、占領された地域の子どもたちおよそ2万人が拉致、または強制的に移動させられたと主張している。移送は、制度と宣伝と恐怖によって組み立てられ、繰り返される――そう訴えるのが、ウクライナの人権団体「Regional Center for Human Rights」に所属するカテリーナ・ラシェフスカ弁護士だ。

米議会で子ども連れ去りの現状を訴えるカテリーナ・ラシェフスカ弁護士(2025年12月)
米議会で子ども連れ去りの現状を訴えるカテリーナ・ラシェフスカ弁護士(2025年12月)

「まず強調したいのは、ロシアの関係者によるウクライナの子どもたちの不法な移送および強制移送は2014年から始まっているという点です。つまり、クリミア半島とドンバス地域の占領開始後です」

子どもたちを里親で「ロシア人」に

2014年以降、占領が「恒常化」するなかで、子どもは行政手続きと法制度の枠の中へ押し込められていった――という。とりわけ占領下のクリミア半島では、占領側にとって「自国の領土」という認識が前提となり、ロシア法の下、孤児院のウクライナの子どもたちを“ロシアの子ども”にする流れが整っていった、とラシェフスカ氏は述べる。

そして彼女は、「いまなお不法な移送の記録は続いている」と言う。規模は当初ほどではない。だが、典型的なシナリオは、驚くほど単純だ。

ロシアのパスポートを持つ者が占領地へ来る。施設で子どもを選ぶ。里親関係を成立させる。子どもとともにロシアへ戻る。そこで終わりではない。ウクライナ側の親族へ子どもを返す意思はなく、家族との会話すら受け入れない。彼らにとって子どもは「ロシア人」であり「自分たちの子」であり、返還をめぐる議論そのものが成立しない。

北朝鮮で「反日教育」受けた子どもたち

人権団体は、連れ去られた子どものうち12歳のミーシャさんと16歳のリーザさんの2人が、国際少年団キャンプの「文化交流」イベントにロシア人として参加していたことを確認したという。キャンプはロシアと北朝鮮の少年少女らの文化交流イベントで、北朝鮮のソンドウォン国際少年団キャンプで年に複数回開催されている。

北朝鮮で撮影されたとみられる16歳のリーザさん(写真:左)と12歳のミーシャさん(写真:右) 
北朝鮮で撮影されたとみられる16歳のリーザさん(写真:左)と12歳のミーシャさん(写真:右) 

現地では、コンピューターゲームなどを用い、暴力や憎しみをあおり、会ったこともない人々を憎むよう教え込む「再教育」が行われている疑いがある。ラシェフスカ氏によれば、その憎悪の対象が日本人だった。

ゲームを通じて「日本の軍国主義者を破壊する」よう教えられていたほか、ホワイトハウスを破壊するゲームも遊ばれた。つまり、(ロシアや北朝鮮の)世界観を子どもに植え付ける一環だ、と指摘した。

さらに、アメリカ海軍を攻撃した北朝鮮の退役軍人との面会、NATOや西側諸国、アメリカとの戦争を想定した敵意をあおる言葉を聞かされる場面があったとも説明する。

12歳のミーシャさん(写真:中央)
12歳のミーシャさん(写真:中央)

ラシェフスカ氏は、北朝鮮への渡航を「再教育・洗脳」政策の一部として位置づける。そのうえで、より根本的な問題は、ウクライナの子どもが元々の出自を消され、「ロシアの子ども」として扱われ、ロシアの子どもたちの集団に混ぜられて派遣される点にある、と言う。差別と同化の圧力が、日常の遊びや学びの形を借りて浸透していく。その構造が危うい、というのだ。

北朝鮮だけではない――インド、中国への派遣も

子どもたちの移動は北朝鮮に限らない。人権団体は、2024年に子どもがインドのファリダバードへ送られた事例を確認したという。さらに別の少女が、ロシアの同世代と一緒に中国へ送られた例もあるとしている。

注目すべきは、これらの子どもが「全員戻ってきている」とされる点だ。目的は、子どもを拉致して家族から永久に引き離すこと“だけ”ではない。子どもをロシアのプロパガンダの「代理人」として使い、戦略的パートナーシップを演出する。そのために「子どもが連れて行かれ、見せられ、語らされ、戻される」。人権団体は、そうした政治的演出の道具として子どもが利用されている危険を指摘する。

アイデンティティは「ほぼ破壊されている」

では、北朝鮮のキャンプへ送られた子どもは、何を見せられ、何を刷り込まれたのか。ラシェフスカ氏は、その核心に迫る取材が極めて困難だと明かす。

ソンドウォン国際少年団キャンプ 2025年7月
ソンドウォン国際少年団キャンプ 2025年7月

彼女によれば、2014年以降に占領された地域の子どもたちは、アイデンティティが「ほぼ破壊されている」ケースがある。自分を“ロシアの子ども”だと思っている。だから、ウクライナや西側諸国のNGOと話すことを望まない。海外の誰かと接触すれば、FSB=ロシア連邦保安庁に尋問されるリスクもある。そのため占領下にいる子どもや家族へ直接は連絡しない。聞き取りはウクライナ側へ帰還した後に限る。それが現実だという。

キャンプは「余暇」から「洗脳」の装置へ

ラシェフスカ氏は、ロシアが組織したサマーキャンプに参加した子どもから話を聞いた経験があるという。そこで見えた変化は決定的だった。

「できるだけ中立に言うと、2022年以前は、占領地の子どもに余暇を提供する側面が主で、ロシア国内やベラルーシでも行われていました。しかし2022年以降は洗脳が目的になり、ロシアへの忠誠を示させ、式典・国歌斉唱・儀礼などで『自分はロシア人だ』と示すよう迫ります。状況は全面侵攻後に完全に変わりました」

ウクライナ・キーウで取材に応じるラシェフスカ氏
ウクライナ・キーウで取材に応じるラシェフスカ氏

そして、より深刻なのは、子どもをロシアや占領地に恒久的に住まわせる措置が進んでいる、という指摘である。養子縁組・里親委託、住居の変更、個人情報の変更、洗脳、「ロシアでは明るい未来がある」という約束、そして脅し。戻る道を細くし、戻りたいと思う気持ちを削り、戻れない状態を作っていく。

国際社会は見ているのか――逮捕状の先にあるもの

国際刑事裁判所は2023年3月、子どもの連れ去りに関与した疑いでプーチン大統領に逮捕状を出している。ロシア側は、子どもを戦闘から守るため安全な場所へ移したと主張している。

しかし、もし人権団体の指摘通り、子どもが施設から選別され、家族との連絡を断たれ、名前や身分や将来像まで塗り替えられていくのだとすれば、それは単なる避難では説明がつかない。北朝鮮を含む別の場所で、敵意と忠誠を教え込むような“再教育”が行われている疑いがあるのならなおさらだ。子どもは政治的演出の道具ではない。

子ども連れ去りに反対するデモがロンドンでも行われた(2025年6月)
子ども連れ去りに反対するデモがロンドンでも行われた(2025年6月)

人権団体は、こうした「交流」が今後広がる可能性もあるとして、国際社会に監視の強化を呼びかけている。戦争が長引くほど、連れ去られる子供の数は増え、帰還は難しくなる。
国際社会は監視と圧力を強めるとともに、一人ひとりを家族のもとへ戻す具体的な道筋を示せるのか。 その実行力が、いま試されている。

(執筆:FNNロンドン支局長 髙島泰明)

髙島 泰明
髙島 泰明

FNNロンドン支局長
09年から警視庁、神奈川県警、厚生労働省、宮内庁を担当
東日本大震災では故郷・福島で放射能汚染や津波被害の取材に奔走
「めざましテレビ」から夜のニュース、選挙特番などでデスク、プロデューサーなどを経験
平昌・パリ五輪で現地取材、イット!「極ネタ!」演出も務める
愛犬家で「人と犬の幸せを育む」記事を書くことも大きなテーマ