ソウル外信記者クラブで会見するイ・ヨンフン元教授
ソウル外信記者クラブで会見するイ・ヨンフン元教授
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韓国で異例のベストセラーとなった『反日種族主義』。その主著者であるソウル大学のイ・ヨンフン元教授が、ソウルの外信記者クラブで会見した。前回の記事では韓国のアイデンティティの混乱や日韓関係についてのイ元教授の発言をお伝えしたが、今回は質疑応答の大半を占めた慰安婦問題やいわゆる徴用工の問題についての発言をお伝えする。

韓国社会では完全な異端であるイ元教授の主張はこれまでほとんど顧みられることは無かった。その著書がベストセラーになった事実は、韓国社会が変化した事を意味するのだろうか。なお教授の発言は太字とする。

「慰安婦20万人説は全く根拠が無い」

イギリス・BBCの記者は、「『反日種族主義』では慰安婦には自由と選択意志があったと書いてある。しかし河野談話では強制的で凄惨な生活を送った事を日本が認めている。どういうことか説明してほしい」と問いかけた。

「学術的な質問というよりは政治的質問だ」「河野談話や両国間協議は研究者の研究を制約する絶対的なものではない。研究者はそれを越えていくらでも新しい研究をし、新しい資料や新しい学説を出す事が出来る。研究者の権利だ」

イ元教授は河野談話を政治的なものと規定し、学術的な研究とは一線を画した。その上で、韓国では「慰安婦の事実」となっている様々な事柄に異議を唱えた。

「私は伝統的な説と違い慰安婦の人数が概略3500~3600人ぐらいと考える。特定の時点で切ればこの数字だが、慰安婦としての 経験をした人数をすべて合わせれば7000人程度と考える」
「1942年の朝鮮半島と、満州、日本、中国、そして東南アジアにかけて、当時の表現で言うところの酌婦や遊女が合わせて1万9000人存在した。売春産業に従事する女性たちだ。 そのうちの一部、1万9000人中3500人程度が日本軍慰安婦であった。日本ではある程度知られた事実だ。19000人の母集団と3500人の日本軍慰安婦とは、質的に差がないと考える」

(イギリス人ジャーナリスト)一般的な認識では慰安婦は20万人いてほとんどが朝鮮半島出身であり、性奴隷化したとされる。移動の自由は無く、補償も無かった。そして彼女達はみんな強制動員されたと知られているが?

「日本軍慰安婦になった韓国人女性が20万人というのは全く根拠がない加工された数字だ。韓国人慰安婦が20万人ならば、日本人などを含めた慰安婦全体の人数は70~80万人になってしまう。日本軍の軍人は250~280万人程度なのに、そのような規模の軍隊が70~80万人の慰安婦を率いるというのは話にならない。誰もそれを証明したことがない」
「性奴隷説は政治的な主張だ。奴隷は自由意志により仕事を止める事が出来ない。しかし慰安婦だった女性たちの契約期間が満了した時、または慰安婦なる前に両親や保護者が受け取った資金を返した後に、移動の自由があった」
「慰安所に関する運営規則が残っている。慰安所を訪問する日本軍はその利用時間と階級により、所定の料金を必ず先払いし、かつ現金で支払うようになっていた。色々な慰安婦が残した回顧録によれば、その規定は概して正確に厳守されたと考えられる」
「韓国人だけでなく日本人慰安婦も同じように、大変な境遇にもかかわらず、明るい未来のために貯蓄して家に送金した記録がある。何も補償を受けなかった、奴隷的、性的に略取される人生の連続であったということは、一つの神話だと考える」

イ元教授は強制連行説について、慰安所制度が出来た1937年より以前に公娼制度が合法的に施行されおり、女性が公娼になるには本人の意志だけではなく、保護者が遊郭への就職に同意する就職承諾書必要だったと指摘する。遊郭に女性を送る斡旋業者が貧しい家庭を訪問し、相当額の前借金を提示して両親たちが印鑑を押すという事実があるという。親に売られた子供が泣いて抵抗し、引きずられていく事もあれば、貧しさから抜け出せると決意して出ていった女性もおり、それが人間社会の複雑な側面であり、リアルな実態だと主張する。決して女性たちみんなが自らの意思で遊郭に行ったわけではないというのだ。

生存する元慰安婦の証言との矛盾

AP通信の記者は生存する慰安婦の証言よりも統計データを重視していると指摘し、統計資料を仮説立証ために恣意的に使うという批判が研究者から出ているがどう答えるのかとの質問が出た。

「慰安婦問題と関連して私たちが利用できる統計は無い」
「慰安所というものが、いかなる制度的・法的根拠の上で作られたのかを研究しなければならない」
「120~170人余りの元慰安婦が証言したが、問題がないとは言えない。生存している慰安婦が果たしてどの程度母集団全体を代表するのか、サンプルの代表性の問題もある。50年前のことに対する個人証言が持つ信憑性、一貫性の問題。歴史学者ならば議論しなければならない問題だ。証言が繰り返されるたびに証言内容が変わっている」

「証言の中には、親に売られたとするものや、遊郭の建物を見て立派だと思ったり、着物を着た女性が綺麗だと見えたとする内容 も入っている。 友達にそそのかされて出て行ったり、両親の暴力を避けるために家出して人身売買業者の養女になったりしたとするものも。証言を詳しく見れば歴史の真実が出ている。しかし人々は詳しく証言を読まない」

ソウルの日本大使館前に設置された慰安婦像
ソウルの日本大使館前に設置された慰安婦像

日本に責任は無いのか?

ニューヨークタイムズの記者からは、日本の責任に対する言及が無い点について見解を問う質問も出た。

「私はこの本で慰安婦に関する韓国人の偏見、つまり奴隷、拉致、監禁、暴力、無給、奴隷的に性を搾取されたという、初等教育からなされる教育内容が誤った事だと批判するのに重点を置いている」
「両親が娘を斡旋業者に売るのは今日の基準では有り得ないことだが、公娼制度は当時の基準では合法だった。このような時代的状況を理解する必要がある」


さらに日本メディアからは、慰安婦問題や徴用工問題を踏まえた、日韓の歴史問題解決への処方箋について質問が飛んだ。

「日本軍慰安婦問題または徴用制度が導入される前の時期についての韓国人の歴史認識、その種族主義的特質、そのシャーマニズム的非科学性をそのままにしていては、この国の将来に大きな希望は無い」

「反日種族主義」で韓国社会は変わるのか?

以上見てきたように、イ元教授の発言は韓国社会の中では異端であり過激なものだ。しかしその著書が10万部のベストセラーになった事実は、韓国社会の変化を意味するのだろうか。
イ元教授は、その変化の兆しを小さいながらも感じているという。

「1948年に大韓民国が建国され、以後70年間韓国人は自由民主主義と市場経済体制の恩恵を受けて暮らしてきた。この自由民主主義と豊かさにより、思想と生活における不自由を感じなくなった、少なくない数の自由な市民階層が成熟したと考えている。彼らは新しい歴史観、歴史解釈を渇望していたのだ。この本が彼らの精神的な欲求を満たす役割を果たしたと考えている」
「この本の内容を理解する政治勢力が近い将来に現れるかといえば悲観的だが、30年以内に登場することになるでしょう。その時まで大韓民国が存続するならば、私たちは新しい希望の道をひらけるはずだ」

執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘

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渡邊康弘
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FNNプライムオンライン編集長
1977年山形県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年フジテレビ入社。「とくダネ!」ディレクター等を経て、2006年報道局社会部記者。 警視庁・厚労省・宮内庁・司法・国交省を担当し、2017年よりソウル支局長。2021年10月から経済部記者として経産省・内閣府・デスクを担当。2023年7月からFNNプライムオンライン編集長。肩肘張らずに日常のギモンに優しく答え、誰かと共有したくなるオモシロ情報も転がっている。そんなニュースサイトを目指します。