岩手県大船渡市の山林火災では漁業にも深刻な被害が出た。自宅全焼と盗難の二重の苦難に見舞われながらも、再起を誓う漁師の熊谷紀弘さん(62)の姿を追った。東日本大震災の経験を糧に、「前向きにやらないと仕方がない」と語る熊谷さん。漁師仲間や行政の支援を受けながら、5月のウニやアワビ漁に向けて準備を進めている。
「親がくれた」漁師の仕事
大船渡市三陸町綾里の漁師・熊谷紀弘さん(62)は、10代の頃から父親の背中を追うようにこの仕事を始めた。

3月29日も朝早くからワカメ漁に出ていた熊谷さんは、「毎年のことなので、これ(ワカメ漁)が始まらないと春が来ないという感じですね」と語る。

しかし、2月に発生した山林火災は、大船渡の漁業に深刻な影響を与えた。定置網などを保管していた綾里漁協の倉庫が全焼し、被害額は少なくとも7億円に上っているほか、漁師の自宅などにも被害が出ている。
全焼した自宅と1000万円の被害
小路地区にあった熊谷さんの自宅も全焼してしまった。焼け崩れた自宅の前で「ここが玄関で、そこが茶の間」と説明する熊谷さん。自宅から逃げる際、すでに近くまで火の手が回っていたという。

「火柱があの(木の)上までいった。焼け焦げてずっと上がっていった。熱風がすごかった。もう必死ですよ。本当に俺死ぬかと思った」と当時の恐怖を振り返る。

さらに自宅の近くにあった漁業用の倉庫や作業場も焼けてしまい、漁業関連の被害額は1000万円ほどに上るという。「わかめで使うかご200個あったけれど、全部燃えちゃった」と熊谷さんは語る。
追い打ちをかける盗難被害
その後、失った道具を漁師仲間から借り、何とかワカメ漁を再開したが、火災発生から約1カ月後、さらなる被害に見舞われた。

ウニやアワビの漁で使う熊谷さんの漁船から小型のエンジンである「船外機」が盗まれたのだ。5月からの漁に向けて準備をしていた矢先の出来事だった。

「人間のやることじゃない。だってみんな被災している。(被害は)僕だけじゃないし」と熊谷さんは憤る。

地元の漁協によると、山林火災後船外機を盗まれる被害は、熊谷さんを含め市内で6件確認されているという。
東日本大震災の経験を糧に
熊谷さんが災害の被害を受けるのはこれが初めてではない。
14年前の東日本大震災でも津波で船や漁具を流されたが、その際は様々な支援を受け、なりわいを取り戻していた。

「がっかりはしたけれど、まだ生きているからね。またやり直しできるからね」と熊谷さんは前を向く。漁師をやめようと思うことはないという。

熊谷さんは「(漁師は)親がくれたものだから。親を見て育っているから。生きがいというか収入源ですからね、やっぱり」と語る。
再起への道のり~5月の漁に向けて
熊谷さんは今、行政や漁師仲間の支援を受けながら、なんとか5月までにウニやアワビの漁ができる環境を整えたいと考えている。

漁師・熊谷紀弘さん:
前向きにやらないと仕方がないですよね。頑張ればできそうな気がするから何でも。そういう気持ちをいつも持っている。

何があっても海で生き続けたい。
熊谷さんは東日本大震災を乗り越えた経験を糧に、再び前を向こうとしている。
(岩手めんこいテレビ)