無敗の三冠馬が誕生
コントレイル。
無敗の三冠馬。
4月の皐月賞、5月の日本ダービー、そして10月の菊花賞を勝った馬が三冠馬と呼ばれる。
しかもそれをデビューから全戦全勝でやってのけた。
これは偉業である。
偉業であるがゆえ成し遂げるにはいくつもの壁が存在する。
たとえば夏をどう乗り切るか。
春のうちに出世を遂げた馬はたいてい、夏を休養にあて秋に備える。
成長期にもある3歳馬は体重が増えることも多い。
それが文字通りプラスになる馬もいれば、そのウエイトを自ら持て余してしまうこともある。
コントレイルの父、ディープインパクトも無敗で三冠レースを制した。
それぞれのレースに臨んだ時の体重は444キロ、448キロ、444キロだった。
筋骨隆々のサラブレッドが争う中でディープインパクトは決して大きな馬ではなかった。
夏を越しても体重増はなかったのだ。
しかしそれが彼の持つ強烈な末脚(すえあし)を鈍らせることにならなかったのである
去年の夏に彼がこの世を去り、入れ替わるように出現した最高傑作と言える産駒、コントレイルもまた同じような体重の変化をたどっている。
462キロ、460キロが春の二冠出走時、そして菊花賞では458キロ。
正直威圧感を与えるような馬体ではない。
スマート、研ぎ澄まされたような馬体である。
追い切りに調教師は
菊花賞に向けた最終調整=追い切りが行われた21日、滋賀県・栗東トレーニングセンターにコントレイルを見に行った。
管理する矢作芳人調教師は、彼の持って生まれた素質と頭の良さを絶賛する。
曰く、馬がレースが近いと感じて体を作っている。
曰く、体調の変化が小さい。
「逆に絶好調というのもないんだよ」と付け加えた伯楽。

さらなる壁は距離と天気
もうひとつの壁は、レースの距離。
競馬初心者のひとに、こう言ってみる。
「馬は、自分が何メートルのレースを走るかわからないままスタートしているんですよ」
たいていの人は言われて初めてその事実に気づく。
皐月賞は2000メートルで、ダービーが2400メートル。
菊花賞は3000メートルだ。
たかがプラス400、600ではない。
道中のペースは長距離のほうが当然スロー、その流れに順応させないといけない。
騎手の腕の見せ所だ。
そして今年はもう一つの壁があった。
毎週末の雨だ。
馬が駆け抜けるたび、地面の芝は蹴り上げられ、掘られていく。
平日のあいだに整備もされるが、レース当日に雨で馬場が緩んではどうにも防ぎようがない。
結果、インコース=距離ロスを防ぐために多くの馬が通過する部分はかなりの傷みが生じていた。
菊花賞当日は晴天。
水分はなくともボコボコした部分は当然残り、走りやすい外側のコースの取り合いにもなるわけだ。
勝負は直線で クビ差の勝利
私は東京競馬場でテレビ観戦していた。
15年前にディープインパクトが三冠を制したときは、京都競馬場まで行って中継したっけ。
もうそんなに前のことなのか、との思いにひたる目の前の画面はパドックを映し出している。
小走りになることもなく淡々と歩くコントレイル。
黒い馬体に文句のつけようはない。
あとはレースの流れ次第である。
3000メートルは競馬の世界では長丁場。
好スタートを切ったコントレイルはうまくポジションを下げ、18頭の真ん中あたり。
前に馬を置くようにして折り合いをつける福永祐一騎手。
この京都競馬場には名物の「坂越え」がある。
3コーナーから4=最終コーナーにかけ、上り坂から下り坂がある。
そこを慌てて登ってはいけないし、急いで下りてもならないというのがセオリー。
各馬がやはり荒れたインコースを避け、外側に持ち出していよいよ直線の攻防だ。
コントレイルは17頭のライバルを引き連れて難なく先頭へ、と思いきや。
道中、彼をマークするように走っていた一頭が外側にぴったりと馬体を併せて襲ってきた。
その名も「アリストテレス」
パドックではお腹からポタポタと汗をたらし、すでに消耗していたかのようにも見えた馬だ。
鞍上はフランスから日本の騎手免許を得、この国に骨を埋める覚悟でキャリアを重ねるクリストフ・ルメール。
トップジョッキー同士の勝負手が晒され、ここからが本当の勝負。
コントレイルが先頭を譲らない。
アリストテレスも食い下がる。
…やはりこの距離はコントレイルに適していなかったのか。
無敗の三冠はかくも難しいことなのか。
そんな悲観的な思いも頭に浮かんだ、しかしその刹那。
3分5秒5、クビ差でコントレイルに凱歌があがった。
父仔2代で、無敗の三冠達成。
海外でも類を見ない、たいへんな記録が生まれた2020年。
京都競馬場は新型コロナウイルス感染予防のため、抽選により入場を許された1000人ほどが幸運にもその瞬間を目撃した。
しかしテレビを通して聞こえた拍手は、とてもその人数とは思えない大きなものだった。
思わぬ接戦だったからか、やや苦笑い気味に引き上げてきた福永祐一騎手それに応える。
コントレイルの新たな戦い
私が競馬を見始めた年は、シンザン以来3頭目となる、19年ぶりの三冠馬誕生の年でもあった。
ミスターシービー。
翌年には、史上初の無敗の三冠馬が現れた。
シンボリルドルフ。
競馬中継を担当してから、すぐに三冠馬が生まれた。
ナリタブライアン。
厩舎に通いつめてその一挙手一投足を見つめたと言っても言い過ぎではない。
ディープインパクト。
東日本大震災の年に、一筋の光にも似た輝く栗毛をなびかせた。
オルフェーヴル。
そして今年、無観客の春二冠から菊花賞を見事に駆け抜けた。
コントレイル。
これからは同世代での比較ではなく、日本で一番強い馬になるために。
矢作調教師、福永騎手、そして生産から育成、休養中のケアを一元で進め名馬を生み出したチームノースヒルズにとっての新たな戦いが始まる。
そういえば追い切りが行われたあの水曜の朝。
コース上空には一筋の飛行機雲=コントレイルが浮かんでいたのを思い出した。
彼は果たして、どんな航跡を残していくのだろう。
(フジテレビアナウンサー・福原直英)