世界を舞台に活躍する日本人アスリートが増える中で、パフォーマンスを支える「食事」への関心も高まっている。専属シェフは、栄養管理にとどまらず、選手のコンディションやメンタル面にも寄り添い、日々の食事を通じてベストな状態をサポートする存在だ。

ドイツ・ブンデスリーガや日本代表として活躍する板倉滉(こう)選手の専属シェフを、3シーズンにわたり務めたのが池田晃太氏。

地域リーガーとして活躍した後、専属シェフの道に飛び込んだ
地域リーガーとして活躍した後、専属シェフの道に飛び込んだ
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二人の出会いのきっかけは、池田氏が地域リーガー時代に発信していたYouTubeだった。

プロ契約を結び地域リーガーとして活躍

幼少期から始めたサッカーを高校卒業と同時に辞め、経営学を学ぶため大学に進学した池田氏。しかし、大学生活に充実感を見出せず、2年で休学。「好きなことを仕事にしたい」との思いから、プロサッカー選手を志し、社会人チームに加入した。

VONDS市原ではFWとして4年間プレー
VONDS市原ではFWとして4年間プレー

21歳でつくばFCに加入後は、複数クラブで活躍を重ね、25歳のときにVONDS市原と念願のプロ契約締結。引退する29歳まで、4年間プレーを続けた。

セカンドキャリアに向け…料理の技術向上とYoutubeでの発信

もともと食への関心が高く、日頃から料理をしていたという池田氏。高校卒業後には、料理の専門学校に進むという選択肢もあったという。

そんな彼の食への意識が一段と高まったのは、社会人サッカーを始めた頃だった。

「サッカーから離れた時期もありましたし、プロ契約を目指す上で、まずは食事をしっかりしないといけないなと。栄養や料理に関する本を読み、YouTubeで情報を集め、自ら料理を作って食べ、自分の体で“実験”をしていきました」

初めてVONDS市原と結んだプロ契約は1年契約。最終的に4年間プレーしたが、当時は不安が大きかったという。

「サッカーでお金はもらえていましたが、金額は決して大きくなく、契約も一年。契約が切れたら、すべてが終わってしまう」と、セカンドキャリアを考えた時に見出した答えが、“食でアスリートを支える仕事”だった。

池田氏:
アスリート食堂を出店したり、アスリート専属シェフになるといった道に進みたいと思いました。そのためには、自身の認知を広めたほうが良いと思い、2019年1月にYouTubeを始めました。

2025年5月の投稿動画
2025年5月の投稿動画

チャンネルでは、地域リーガーとしての1日をVlog形式で紹介したり、アスリート向けの食事を発信。

また、プロ2年目からは、古民家カフェ「花笑庵(かしょうあん)」で働きながら、料理の腕を磨いた。

最初の投稿から現役引退までの2年10カ月で、登校した動画は約150本。2025年7月時点で、チャンネル登録者数は3.7万人にのぼる

板倉滉選手の専属シェフになった日 新たな挑戦のはじまり

現役引退から1カ月も経たないうちに、池田氏のもとに一通のメールが届いた。送り主は、板倉滉選手のマネージャー。内容は「板倉選手が専属シェフを探しており、一度お話しできれば」というものだった。

後日行われたリモート会議には板倉選手本人も参加。

池田氏は「とても緊張しましたが、板倉選手がYoutubeを見てくれていたと聞いて、嬉しかったです」と当時を笑顔で振り返る。

2カ月間の試用期間を終え、正式に専属シェフとしてのオファーを受けたのは2022年の5月末。池田氏が現役を引退してから、わずか半年の出来事だった。

中央:板倉滉選手 右:池田氏
中央:板倉滉選手 右:池田氏

シーズン中は、1日3食と補食を提供。試合前日は魚中心の食事を、試合後の夜や翌日はリカバリーを意識したメニューを用意するなど、緻密なサポートを続けた。

アスリートの体を支える専属シェフの役割について池田氏はこう話す。

池田氏:
大きな責任があります。やはり一番怖いのはケガ。ケガなくシーズンを戦い抜いて欲しいという思いで、日々の食事を提供しています。板倉選手のコンディション維持に少しでも貢献できることが一番ですし、“おいしい”と言ってもらえると、やはり嬉しいです。ブンデスリーガという大舞台で活躍する姿を見ることが、私のやりがいになっています。

朝、昼、夜の三食を一人で作り上げる池田氏
朝、昼、夜の三食を一人で作り上げる池田氏

また日頃から多くの時間を共にするからこそ見えてきた、うれしい変化もあるという。

「板倉選手の食への意識が高まってきていると感じます。たとえば、“体を大きく強くするために、なにをどれくらい摂ればいいのか”という相談があったり、もともと食事量が多い方ではない板倉選手が、しっかりとした量を食べて体づくりに励む姿を見ると、本当に嬉しく思います」

ホームゲームはスタジアムで毎試合観戦に
ホームゲームはスタジアムで毎試合観戦に

迎えた24年シーズン、板倉選手は前年を上回る年間31試合に出場し、3ゴールをあげた。

3年目のサポートとなった24年シーズンを、池田氏はこう振り返る。

「23年は大きなケガがありました。24年はケガなく戦うことを掲げてきました。シーズン通してコンディションも、パフォーマンスも良かったと思います。こういうシーズンが続いてくれたらと思います。」

専属シェフの理想像

アスリートの専属シェフに求められるのは、料理の腕前だけではない。選手が最高のパフォーマンスを発揮できるよう、技術以上に求められるのが“寄り添う力”だ。

「私が大切にしていることは、選手ファーストであることです。選手はシーズンがすべて。私という存在がストレスにならないよう、空気を読み、スケジュールの急な変更にも対応して、選手自身が一番良いメンタリティやコンディションで戦えるようにしています」

また、アスリートに合わせた生活やペースを支えることに喜びを感じられる人こそ、専属シェフに向いていると池田氏は話す。

「料理や栄養の知識、料理の質やレベルも重要ですが、最終的には“人間性”が大切になると思います」

デュッセルドルフは日本の食材も多く揃っている
デュッセルドルフは日本の食材も多く揃っている

さらに、板倉選手が池田氏を専属シェフに選んだ理由の一つも、池田氏自身が“アスリート上がり”であることだったという。

「板倉選手ご本人がおっしゃっていたのですが、『アスリート上がりだということは非常に大きいです』と。私自身がサッカーをやっていたので、選手の生活リズムやメンタル面、忙しいスケジュールへの理解があることが、決め手の一つだったみたいです」

「アスリートを食で支えたい」

「食」を通じてアスリートを支えたいと池田氏は、今後の大きなビジョンを語ってくれた。

池田氏:
アスリート特化型の食事を提供するお店を開きたいです。そして、私と同じように“アスリートをサポートしたい”という思いを持つ人たちと一緒に働いて、いずれは彼らが選手のサポートをしたり、専属シェフという仕事が“憧れの職業”になるように貢献できたらと思います。

「自分のやりたいことを仕事にしたい」との思いから、再びサッカーに挑戦し、プロ契約を勝ち取った池田氏。

セカンドキャリア実現のため、料理の修行とYoutubeに情熱を注ぎ、そして巡ってきたチャンスを自らの手で掴み取った。

そんな自身の経験を、同じ志を持つ若い世代に継承できるような活動もしたいと語る池田氏の目は、強い意志と希望に満ちていた。

アスリートの体だけでなく、心までも満たす、“良き伴走者”としての専属シェフの仕事。その魅力が、言葉の一つひとつから伝わってきた。

大川立樹
大川立樹

フジテレビアナウンサー。1995年、愛知県出身。愛知県立刈谷高校、筑波大学体育専門学群卒後、2018年フジテレビ入社。現在、情報番組『めざましどようび 』のスポーツコーナーや、スポーツ実況(野球、ボクシング、スピードスケート)を担当。
野球を大学まで17年間、そのほか、水泳、駅伝、トライアスロンなどを経験。