菅政権がスタートして1か月が過ぎた。教育行政ではコロナ対策や教育デジタル化など課題が山積みの中、その司令塔として2期目を迎えた萩生田光一文科相に、学校教育の未来に向けた覚悟と決意を聞いた。

「誰一人取り残さない」から質の確保へ
安倍政権の実績といえば外交・経済とよくいわれるが、忘れてはならないのが教育再生だ。安倍政権は2017年の総選挙で消費税増税分を教育の無償化に広げるという政策を打ち出して戦い、「誰1人取り残さない」教育の環境整備を行ってきた。
ーーまずは安倍政権の総括から伺います。「誰一人取り残さない」教育の環境整備をしてきた実績について大臣はどのようにお考えですか。
萩生田氏:
安倍さんは第1次内閣においても教育基本法を改正するなど、教育に高い見識と関心を持って取り組まれたと思います。
第2次内閣発足後は、私も様々な立場で政策立案に携わらせて頂きましたが、家庭の経済環境によって子どもの人生の選択肢が狭まっていくような夢のない日本ではなくて、努力さえすればチャレンジできるような国に変えていこうというのは、安倍さんと第2次政権を目指す中で意見交換してきたことでした。
幼児教育、保育の無償化に始まって、高等学校の無償化。また、私立高等学校の実質無償化や、高等教育の新たな支援制度、特に給付型の奨学金というのはこれまで日本になかった制度です。
スポーツの分野でも、家庭の経済環境のために私立の名門校に行けず埋もれてしまったアスリートもたくさんいると思います。子どもがチャレンジできるなら日本の未来図も大きく変わると思っています。その大きな礎を作ったのが第2次安倍内閣ではないかと思います。
1人1台端末で学校はどう変わるのか
菅内閣の下、教育のデジタル化など、学校教育は大きく変わろうとしている。
――菅内閣では教育機会の環境整備の次として、未来対応の「質」の確保が重要になると思います。
萩生田氏:
国として少なくとも3人に1台のパソコンは用意しようと、27年前から地財措置をしてきました。しかし義務教育で使うべき費用が自治体の裁量権で変わってしまうのを目の当たりにし、大臣になってあらためてこんなに遅れていたのかと感じています。
GIGAスクール構想により公立小中学校で1人1台の端末が年度末までに整備されることが決まりましたので、あとは自治体の皆様にしっかり準備してもらないといけません。
コロナ禍によるオンライン指導やソーシャルディスタンスの必要性から、結果としてGIGAが進むことになりました。しかしあくまで環境が整備されただけなので、菅内閣の教育政策では整備された1人1台端末でどうやって個別最適な学びと協働的な学びを実現していくのか、どう使いこなして子どもの理解や習熟度を上げていくのかが大きなテーマになると思います。

小中学校は集団活動の体験がまず大切
――こうしたテクノロジーについていけない教員をどうするかという課題もあります。
萩生田氏:
環境を整備するだけではなく、教える人の能力も上げていかなければいけませんね。率直に申し上げて、定年まであと何年という世代は、私もそうなんですけど(笑)、パソコンがあまり得意でない人もいますから学校現場にフルスペックで用意されたからといって、それを使いこなせるかという課題があると思います。
先生すべてに同じことをやってもらうのではなくて、得意な人が各学校で先頭を走ってもらう。いい授業展開をしている例は全国にたくさんありますので、上手に横展開できるような手助けを国としてはしていきたいと思っています。
――「1人1台端末」を整備された際には、小中学校でどのような授業が行われることが理想だと思われますか?
萩生田氏:
「デジタル化によって先生を減らすことができるのではないか」、「学校に来なくてもいいのではないか」というような乱暴な意見もあるのですが、私は義務教育の小中学校というのは集団活動を体験するのが大切で、オンラインで授業が見えたかどうかは次の話だと思います。
その中でこれまでアナログではできなかったような端末の上で図面を動かしたり物を立体的に見たりして、子どもたちの理解度が上がる授業をICT環境の中でやっていきたいと思っています。
――オンライン授業をすること自体が目的ではなく、子どもの理解度が上がるための手段だと。
萩生田氏:
先日石垣島へ視察に行ったところ、ICTがすごく進んでいました。ところが市長さんが「国語の時間に雪の詩を読むのですが、石垣の子どもたちは雪を見たことがない」というのでなるほどと。
ですからオンラインが日本中に整備された暁には、雪がリアルに降っている場所の学校の先生から南の島の子どもたちに雪のことを話してもらえばより理解が深まるのではないかと思いました。遠隔授業として、いい意味で学校の枠を超えて様々な試みができると期待しています。

「この機会に30人学級」となれば目標にする
コロナがきっかけとなって少人数学級実現化への動きが加速している。教室に子どもが40人いれば密となるし、先生1人に子ども40人というのはそもそも適切なのかという議論もこれまであった。
――大臣は30人学級についてどうお考えですか?
萩生田氏:
一定の距離を保つということはコロナが収まった後も新たな感染症が発生した際に大事なポイントになってくると思います。これまで長い間64平米の教室に40の机を並べて授業が行われてきました。ほとんどの公立学校の机は、B5の教科書が主流だった時代と同じ規格のままで、カバンなどを机の横にかけると先生が教室内を移動できない程狭い状況にあります。
これはいつか変えないといけないと思っていたところに今回コロナが発生し、やはり距離を保つことが大事だと感じました。
――コロナが少人数の学級の検討に向けた契機になったのですね。
萩生田氏:
さらにコロナの時に1つのクラスを2つに分けて授業をしてみました。そうすると子どもの理解度が非常に深まり、先生たちも内容の濃い授業ができるというエビデンスを得られました。
学者さんの中には「少人数化しても子どもの学力には関係ない」という方もいらっしゃいますが、限られた時間の中で1人の先生が5人に対して教えるのか、20人に対して教えるのかは全く違ってくると思います。
授業の濃さや関わりが変わってきますし、さらに今回整備するICT とあいまれば少人数の良さを必ず発揮できると思っていますので、この機会に30人ということになれば、それを目標にやっていきたいと思っています。

プログラミングと英語は楽しくチャレンジを
――今年度から小学校でプログラミング学習が開始されましたがどんな期待をされていますか。
萩生田氏:
今後のことを考えると、プログラミングを若いうちから取り組んでいくのはすごく大事なことだと思います。果たして対応できる教員がどれだけいるのかという課題もありますが、現場を何度か視察していると子どもたちは本当に自由な発想でやっていますよね。
ですからあまり型にはめた授業ではなく、ツールを楽しく使いながら様々なチャレンジに取り組んで頂いたらよろしいのかなと思います。
――小学校では教科としての英語教育が必修化されました。
萩生田氏:
小学校の英語教育は文法や英単語を暗記するのではなく、英語に触れて正しく発信できる基礎を作るためのものですから、必ずしも中学校・高校と同じような専門性がなくてもよいのではないかと思います。
小さいときからネイティブの英語を耳にすることは大切なので、そのために必要な人員は現場に配置したいと思います。しかし英語教育も、あまり型にははめるのではなく楽しくチャレンジしてもらいたいと思います。
――一方で、小学校で英語教育を行うことについて「時期尚早」「教える教員がいない」と反対する方もいますが、こうした意見に対してどう答えられますか。
萩生田氏:
「日本語もまだ十分に分かっていないのに」という人もいますが、単に英語を話せるようにするためでなく、日本人としての伝統的な考え方と、英語的な物事の考え方の両方から考える力を付けていくという意味で、小学校からやる意味が大きいのではないかと思っています。

わいせつ教員が二度と教壇に立たない社会を
――教員免許法の改正についてお伺いします。大臣はこれまで教員の児童生徒に対するわいせつ行為は許されないと語ってきましたが、教員免許法改正はどのような状況ですか?
萩生田氏:
文科省は先月、過去の懲戒免職の記録を40年間閲覧ができる仕組みをつくりましたが、根本的には法改正をしてこういう人たちが教壇に立たない世の中を作らなければいけないと思っています。
わいせつによる懲戒免職の教員が免許を再取得できない仕組みづくりというのは、いま内閣法制局とも話し合いを続けています。ただ日本の法制度は更生を前提にしていますから、その中でほかの制度とどう整合性をとっていくか、いま苦労しているのですね。
弁護士や医者は頼む側や選ぶ側が選択できます。しかし公立学校の先生の場合は、親や子どもは選ぶことができないので、そこは違うのではないかと、いま議論のつめをしているところです。
――教員免許法改正はあくまで再発の防止です。そもそもこうしたことを起こさないための教育行政のあり方について、いま大臣が考えていることを教えてください。
萩生田氏:
他方で再発防止だけを心がけても、こういう案件は無くなりません。いま心理テストのようなチェックリストなどを使って、そういう人たちを学校現場に入れない努力をしている各教育委員会もあります。しかし、なかなかこういうことだけでは見つけ出すことができない一面があるので、深刻な事態になる前にわいせつな行為を生じさせないようなガイドラインを作っていきたいと思っています。
ただ、頑張った子どもをほめて抱きしめてあげたくなるような場面もあると聞いたこともありますし、また、過去にも冤罪などが問題になった例もないことはないので、一律にルール化するというのはすごく難しいのですが、わいせつを目的に子どもに接する教員がいては絶対にならないと思っています。
前兆もきっとあると思うので、専門家の皆さんの意見も聞きながら、できるだけ事前に見つけだせる努力をしたいと思っています。

ユニセフは9月先進国の子どもの幸福度に関する調査レポートを公表した。日本は身体的健康がトップだったが、精神的幸福度は最低レベルであった。
――この数字をどう受け止め、どのような対策を講じるべきだと思われますか?
萩生田氏:
調査したのは15歳でしたが、日本の15歳は高校受験など情緒的に少し不安定な年齢なのかなと思います。また日本人の謙虚な国柄が出てしまった結果じゃないかなと思っています。
しかし一方で、自殺をする子どもたちがいることも事実ですので、悩みを抱えた子どもにいつでも寄り添える体制を、国と地方自治体が連携しながら作っていかないといけません。これはすごく大切な課題ですので、この数字を決して軽くみないで、もし心の叫びがあるのに耳を傾けないところがあってはいけませんので、声を聞いて寄り添っていきたいと思います。
(後編に続く)
【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】
【撮影:山田大輔】