プロ野球に偉大な足跡を残した選手たちの功績・伝説を徳光和夫が引き出す『プロ野球レジェン堂』。記憶に残る名勝負や知られざる裏話、ライバル関係など、「最強のスポーツコンテンツ」だった“あの頃のプロ野球”のレジェンドたちに迫る!

スイッチヒッターとして初めて「トリプルスリー」を打つなど数々の日本記録を塗り替え、日本人内野手として初めてメジャーの舞台に立ったレジェンド・松井稼頭央が、スーパースターたちの素顔と自らのプレーについて語り尽くす。

【中編からの続き】

同学年の上原浩治「こんな球見たことない」伝説

徳光:
当時、パ・リーグには、すごいピッチャーいたんでしょう?伊良部秀輝とか。

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[ 伊良部秀輝(2011年没42歳)1987年ロッテドラフト1位
最速158km/hは当時の日本最高記録。最多勝1回・最優秀防御率2回。ヤンキースではアジア人初のワールドチャンピオンに ]

松井:
伊良部さんですね。
伊良部さんの時は僕たちも若かったので、ランナーいないときは僕はたぶん遊ばれてました。
初めて得点圏で伊良部さんを相手にした時、その時びっくりしました。150km/h後半。
真っすぐと思って振りにいったら、140km/h台のフォークが消えたんですよ。
「ああ、これが日本を代表するピッチャーか」と。

徳光:
そのピッチャーから.346ですよ。3割4分6厘。

[ 対伊良部秀輝
打数26 安打9 打率.346 本塁打0 三振5 ]

松井:
こんなに打ってると思ってないです。

徳光:
びっくりするでしょ。これだけ打ってたんですよ、でも。

松井:
そうなんですね。伊良部さんからそんな打ってるんですか?

徳光:
一番打てなかったピッチャーって分かります?

松井:
僕ね、たぶん永井智浩(ダイエー・現ソフトバンク)。永井打ってないんじゃないですかね。

[ 永井智浩(50)1997年ダイエー(現ソフトバンク)ドラフト1位
1999年は10勝のうち5勝が西武からと「ライオンズキラー」として活躍。現在はホークスの執行役員兼スカウト部長を務める ]

徳光:
覚えてますか、これ?

[ 1999年対永井智浩
打数22 安打1 打率.045 本塁打0 三振6 ]

松井:
これね、本当打てなかったんですよ。
1打席目に初回、フォーク、フォーク、フォークって来たんですよ。
三球三振なんですよ、たぶん。
そこからもう分からなくなって、あれまたフォーク来るんじゃないかと思ったら、また真っすぐとかでしょ。
まったく打てなかったんですよ。
次の年はちょっと頑張って打ったと思います。

[対永井智浩(通算)
打数53 安打15 打率.283 本塁打2 三振10 ]

徳光:
.283。一気に開眼したような感じですよね。

松井:
タイミングも変えて。
永井投手が足を上げた時に、僕も上げるイメージで上げました。一緒ぐらいのタイミングで上げて対応しました。
長井投手だけは別だったです。タイミングの取り方が。

徳光:
松井さんの同世代のライバルといえば、巨人の上原浩治投手。

[ 上原浩治(50)1998年巨人ドラフト1位
無名の高校時代から「雑草魂」を座右の銘にプロ入り後、日米で活躍。日米通算100勝100セーブ100ホールドを達成した唯一のアジア人 ]

松井:
こんな球見たことないと思ったのが、上原です。

徳光:
高校時代、鼻も引っかけなかった?

松井:
本人、自分で言ってましたからね。「俺はスタンドで応援した」って言ってたんで。
初めて対戦したのがオールスターなんですよ。
オールスターで初めて西武ドームで対戦して、上原が1年目で、僕は1番打者だったと思うんです。1番だったかな、1番ですね。
三球三振したんですよ。まったく当たらなかったんですよ。
本当に速さを感じたんですよ。

[ 1999年の上原浩治
20勝4敗で最多勝。勝率・防御率・奪三振とあわせて投手4冠。新人王・ベストナイン・ゴールデングラブ賞と沢村賞を受賞 ]

徳光:
上原投手が20勝した年ですね。
ところがあれですよ。
僕はジャイアンツファンなんですけどね、(2002年の)日本シリーズでいきなり打ちましたよね?上原。

松井:
センター前ですね。

徳光:
センター前。初球でしたっけ。

松井:
初球ですね。
絶対真っすぐで来ると思ってたんで。

徳光:
上原、自信の球投げたみたいですよ。

松井:
外めのいいところだったと思うんですよ。
(2003年の)オールスターでも対戦して、ホームラン打ってるんですよ、京セラドームで。
上原も「真っすぐいくからね、稼頭央」って。「全部真っすぐいく」。
8球目ぐらいに打ったんですよ。
たぶん、それぐらいかかったんじゃないですかね。

徳光:
全部真っすぐだったんですか、8球?

[ 2003年オールスター第1戦(大阪ドーム)
上原が「全球ストレート」を投げ、松井稼頭央は5球をファールして8球目をライトスタンド上段にホームラン ]

松井:
分かってても前に飛ばなかったです。
でも上原は「前へ飛ばせ」って言うんですよ。
「いや、気持ちは飛ばしてる」って。
やっと8球目で打ったのがホームランだったんですよ。
ずっと怒ってましたけどね、「おい、いいかげん前飛ばせよ」ってくらい。

メジャーリーグ挑戦 「史上初」の鮮烈デビュー伝説

徳光:
松井さんは、2003年のアテネ五輪アジア予選に出場されたんですけど、これは長嶋監督時代ですよね。

[ 2003年アジア野球選手権(アテネ五輪アジア予選)
長嶋茂雄監督が指揮し、初めてオールプロで挑んだ大会 ]

松井:
そうです、はい。
長嶋さんって、どういう方なんだろうって。

松井:
試合に入ったらめちゃくちゃ熱い方じゃないですか。試合に対して、勝負に対して。
初めて長嶋さんを知りましたし、それだけ、アテネで、アジア予選で、やっぱりオリンピックもそうですし、日の丸を背負って戦う。
その中で一緒に長嶋さんとプレーさせていただけたということが、本当に大きな財産になりました。

徳光:
本当はね、長嶋さんはおそらくそうだと思ったんですけれども。アテネ五輪の本番の前にね、メジャーリーグの方にチャレンジをするわけですけど、やっぱりメジャーへの思いっては相当強かったんですか?

松井:
でも(1996年の)日米野球にやっぱり出していただいてからですね、メジャーというのは。
「そういう舞台で自分もやってみたい」って、やっぱり思いましたね。
フリーエージェントで行ったので、28歳で取って、29歳になる年だったので、たぶん行くなら今しかないっていうところだったんで。

[ 2003年12月FA権を行使してニューヨーク・メッツに入団 ]

徳光:
鮮烈なデビューですよね、メジャーで。メッツ。

松井:
あれね、鮮烈すぎましたね。

徳光:
開幕戦、新人の初球・初打席・本塁打は史上初と。

[ 2004年4月6日対ブレーブス戦に1番・ショートで出場。メジャー初となる開幕戦新人の初打席初球本塁打 ]

松井:
2ベースも2本打ってましたっけ。敬遠もされたでしょ。
あのデビューでファンをより期待をさらに上げましたよね。上げちゃいましたね。

でもオープン戦がよくなくてですね。
ちょうどキャンプの時に、ボールを指に突いたんですよね。
爪が半分くらいはがれて、そこからのスタートになったんですよね。

松井:
で、監督にキャンプの半ば過ぎぐらいに呼ばれて、最後の方に、「開幕は1番に使うから。だから残りの試合も含めて焦る必要はなく、自分が今までやってきたことをやりなさい」っていうことを言っていただいたんですよ。
それで少し自分の中では、ちょっと肩の力が抜けたじゃないですけど、じゃあもう「ここまで来たら、自分の好きにやろうじゃないか」と。

徳光:
なるほどね。
メジャーの監督って、やっぱりそういうところもうまいですね。

松井:
そうですね。本当に定期的にパッと呼んでくれるんですよね。

徳光:
メジャーでの7年間はどうですか?今振り返ってみますと。

[メッツ・ロッキーズ・アストロズの7年間で630試合に出場
メジャー通算615安打・打率.267・32本塁打・211打点・102盗塁 ]

松井:
本当にいい経験をさせてもらいました。
本当、メジャーに行って、もちろんいいときも悪いときも。悪い方が多かったですけど、本当に行ってよかったなと思いました。

徳光:
自らの野球人生の中でね。球場の環境なんかどうでした?感じとか。

松井:
環境は素晴らしかったです。芝の匂いだったりとか。太陽もすごく近く感じるんですよ。
そこでプレーするって、すごく気持ちよかったですね。

徳光:
それだけでもメジャーに行ってよかったですね。

松井:
それはありますよね、そういう環境を実際体感できたということは。

徳光:
松坂大輔との対戦は?

松井:
そうですね。ワールドシリーズですよね。
まさかね。しかもアメリカで、ワールドシリーズで大輔と対戦できるとは思ってなかったですし、ロッキーズだったんで、なかなかね。結構厳しい位置にいたので。

[ 2007年ワールドシリーズ ロッキーズ対レッドソックス
第3戦で松坂大輔が先発登板。元チームメイト対決が実現した ]

徳光:
そうですか。でもあれですよね、第3戦でしたかね、初回先制ヒットを打ちまして。

松井:
それは、大輔ならなら真っすぐで来るだろうと。

日本復帰で楽天へ 星野監督「歴史を作ろう」伝説

徳光:
松井さんが日本球界に復帰ということで、2011年のオフですが、楽天を選んだ理由というのは?

松井:
楽天さんが、いの一番に声をかけてくれたんですよね。
メッツのときもメッツが、いの一番でずっと来てくれたんですよ。
で僕は、そのメッツに行かせていただいたんですよ。
また日本に戻ってきたときも、楽天さんは初めから来ていただいたんですよ。

徳光:
そうですか。
松井さんがいらっしゃった時の西武というのは、本当に完成されたチームだったじゃないですか、大人のチーム。
松井さんが日本に戻ってきて入った楽天は、まだまだ発展途上みたいな。

[ 楽天ゴールデンイーグルス
2004年11月に発足、翌シーズンから参入。6年間で最下位3回、Aクラスは1回。2010年10月、星野仙一監督が就任 ]

松井:
そうですね。
僕がメジャー行っている時に楽天ができたので。
その中で新しいチーム、星野さんによく言われましたけど、「この新しい歴史のページを作っていこうじゃないか」という言葉をいただいて、楽天に決めさせていただいたんですけど。

徳光:
星野監督の下で、星野さんからキャプテンを依頼されるわけでしょ?

松井:
はい。「NO」は言えないです。

徳光:
「NO」は言えないんですよね。

松井:
「NO」ではなく、「はい」。「いいえ」は言えないんで。

徳光:
とにもかくにもキャプテンになりましてから優勝するわけですね。
球団としての初優勝、しかも日本一になるという。
楽天の優勝は、ちょっとプロ野球史上にない喜び方でしたね。

[ 2013年、楽天は田中将大が驚異の24勝0敗
球団創設9年目で初のパ・リーグ優勝。日本シリーズでも巨人を4勝3敗で破り日本一に ]

松井:
そうですね、日本シリーズもそうでしたね。
星野さんも初めての日本一。僕も初めての日本一だった。

徳光:
そうでしょ。PL学園でもなかったわけですよね。西武もなかったんだ。

松井:
メジャー、アメリカでも(松坂)大輔のいるレッドソックスに負けたんで。
優勝って、やっぱりあらためてもいいもんですよね。
しかも楽天で優勝できたっていう。 

“新人”大谷翔平の衝撃送球に思わず肉離れ?“原点”ライオンズへの思いは

徳光:
ライト線に打って2塁打になるんじゃないかと思ったら、大谷翔平に刺されたことがありませんでした?

松井:
ああ、ありましたね。東京ドームですね。

徳光:
東京ドームですか。

松井:
フェンス直撃か、もしかしたら大谷君に捕られるか。
で僕も走りながら見ているんですよ。
ボール落ちたって思って、スピードちょっと上げるじゃないですか。
で、走ってるとライトなんで、ボールが見えるんですよ。

松井:
「やばい」って思って、もう一個スピード上げたんですよ。
そしたら筋膜みたいに肉離れっぽくしたんですよ。
結局、滑れず(2塁でアウトに)。

徳光:
滑れなかった。

松井:
滑れなかったです。
でもあれはちょっとびっくりしましたね。僕の走ってるイメージがあるじゃないですか。どう考えてもセーフなんですよ。

徳光:
ちょっと今の大谷の片鱗を見るようですね。

松井:
しかも入団1年目なんですよ。

徳光:
そうですね。

松井:
1年目であれをこなせるって、なかなかないと思うんですよね。
で、ベンチには星野さんがいる。滑らず帰れない。アウト。
ベンチを向けないですよね。
帰っていったら、星野さんが一番奥なんで、僕こっち一番手前から。

徳光:
そういった経験を重ねてですね。常に第一戦でスピードあるプレーを見せてくださって、42歳までプレーされたんですね。

松井:
最後の年は一応、兼任コーチという形で西武の方にまた。

[ 2018年から西武に選手兼テクニカルコーチとして復帰。シーズン終了後に42歳で現役を引退、2軍監督に就任 ]

徳光:
西武ライオンズに復帰されまして、42歳でね。
松井さん、野球人生としまして、ユニフォームを着た人生はやり切ったという感じします?
未練は何もない?

松井:
でも、未練はあると思うんですよね。
どんなことがあっても、やっぱりまだやりたいですもん。

徳光:
そうですか。

松井:
やれるのであれば。
やっぱり僕なんか兼任コーチになったんで、なんかちょっと僕も、なんかもう1年ぐらい兼任いけるんじゃないかと思ったんですよね。

徳光:
そうですか。

松井:
でもその時には、2軍監督っていう話をいただいたんです。

徳光:
当然そうでしょうね。

松井:
まさかこの年齢で話をいただけるとは思ってなかったので、家族でいろいろ話していく中で、タイミングって大事ですし、こういうふうに話をいただいた以上、けじめつけて2軍監督としてまた新たに挑戦するのがいいんじゃない?っていう話し合いになりまして。
僕はそこにはね、まだ未練はある。現役という未練はあるんですけど、でも、もしくはこれが次の年になっていたら、そういう話がなかったと思いますし。

徳光:
われわれ、きょうお話を伺いましてですね、また監督としての松井さんの姿もちょっと拝見したいなというふうに思っておりますので、そんな期待感を込めまして締めさせていただきます。
どうもありがとうございました。

松井:
ありがとうございました。
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