地方の人口減少が急速に進む中、歯止めをかけるべく移住施策に力をいれている自治体が増えてきている。こうした中、空き家を活用した短期間・お試しでの移住体験を提供する自治体が新潟県にある。提供する家は6DKの一軒家で、その利用料はなんと一日950円。どんな人が利用しているのか、市の狙いや効果を取材した。
移住を検討する家族 阿賀野市に“お試し”移住!
11月中旬の新潟県阿賀野市。取材に訪れたのは良知雄太さん家族が暮らす住宅だ。
「阿賀野市は来たことがなくて、雪の経験があまりない。いま車もノーマルタイヤだし」と、積雪への不安を口にする良知さん。
実は1週間前に初めて阿賀野市に来たばかりなのだ。その目的は“お試し移住体験”。
これは、阿賀野市が移住を検討している人に一定期間、住宅を貸し出し、市の風土や日常生活を体験できる事業だ。
良知さん家族は普段、神奈川県に住んでいるものの、息子の駿太くんが産まれたのを機に「のびのびと自然豊かな環境で子育てをしたい」と移住を検討。
育児休暇を活用して妻と息子の3人で約1カ月間、阿賀野市を訪れていたというのだ。
住宅利用料は一日950円!家具・家電なども備え付け
ただ、移住先を探す中で、なぜ縁もゆかりもない阿賀野市を選んだのか…その理由の一つが手軽さだ。
お試し移住のために提供される住宅には、掃除機やストーブ・ソファーなどといった家具・家電・寝具、またポケットWi-Fiなどがあらかじめ用意されている。

そのため良知さんは、車1台に積める衣類や日用品を持ってきただけだったという。
「大きな費用や大きな準備が必要ではなく、気軽に体験ができるというのはすごくありがたい」
取材をした日も備え付けのIHコンロで作った料理をテレビやソファーのあるリビングで食べるなど、広い家を存分に楽しんでいた。

また、冷え込みが強まる季節に暖房器具が用意されているのも、神奈川県出身の良知さんにとってはうれしいポイントだ。
この6DKの間取りの住宅の利用料は、水道光熱費を含めて一日あたりなんと950円。これは、新潟県内のほかの移住体験施設の利用料の相場の半分ほどだ。
“空き家”活用し市外からの移住を促進
なぜこれほどの低料金で利用できるのか…その理由は“空き家”の活用にある。
管理が不十分だと建物が老朽化し、倒壊や火災の危険があるほか、犯罪に使われるなど治安の悪化を招く恐れのある空き家。
阿賀野市は2023年の総務省の調査で、空き家率が県内平均の15%を上回る17%となっていた。
加えて転出超過の傾向も続いていることから、市外からの移住を促進しようと、3年前に『お試し空き家暮らし体験事業』を開始したという。
担当する阿賀野市企画財政課の難波淳史さんは「市で募集をして『うちを使ってください』と手を上げてくれた所有者の物件を使わせてもらっている。移住を検討している人が『実際に住んでみたいな』と思ったとき、ある程度の生活ができる用意はあると思うので、最低限備えられていて、すぐ体験に行けるというのは、心理的なものを含めてハードルは下がると思っている」と話す。
「悩み・不安解消へ」市が全面的にバックアップ
もちろん、市は施設を貸しているだけではない。
神奈川県から訪れていた良知さんが子育てに関心を寄せていることから、市の職員が子育て支援センターを案内するなど、移住に関して市が全面的にバックアップする姿勢が見られた。
難波さんも「移住を検討している方の思い描く暮らしが様々あると思うので、それを把握することを心がけている。また、お試し移住の中でも悩みや不安な部分が出てきた場合も、その都度解消できるように相談に乗っている」と話す。
移住体験をした15組のうち実際に移住したのは2組
ただ、事業が始まってから昨年度までの2年間で体験に訪れた15組のうち、実際に移住に結びついたのは2組にとどまっているのも現状だ。
難波さんは、「移住自体がその方々によって仕事やお子さんがいれば学校のタイミングがあるので、前の年やったから実現につながったというのはそんなに多くない」とその難しさを口にする。
実際に移住した人「移住体験なければここにはいなかった」
一方で、実際に移住した2組には、新規就農という明確な目的があるという共通点があった。
地域おこし協力隊の木村和仁さんと水上陽菜さんはそれぞれ、お試し移住体験を経て25年3月に引っ越し、活動を開始した、いわば事業の“成功例”だ。
水上さんは、移住先を探す中で「阿賀野市だけではなくて、ほかの四国の自治体なども見ていたが、移住体験ができる自治体はほとんどなかった」と話す。
また、木村さんも「『農業と暮らしが密接な街なんだな』ということを感じたからこそ、阿賀野市に引っ越す決意もできたので、それを思えば移住体験をしなければ、ここにはいなかっただろう」と自身の経験を語る。
水上さん・木村さんともに数ある移住先の候補の中から阿賀野市を選んだ決め手はお試し移住体験だったようだ。
移住生活を満喫する木村さん「自分の夢に早く近づけた」
中でも木村さんは娘と妻だけでなく、母親も含めた4人で阿賀野市に訪れ、様々意見を聞きながら移住を決めたという。
現在は阿賀野市から空き家を借りていて、娘の心咲ちゃんと協力しながらニワトリを飼育するほか、妻のあゆみさんは木村さんの作ったコメから味噌造りをしたいと話すなど、移住後の生活を家族全員で満喫しているようだ。
3年間が任期の地域おこし協力隊として、地域の農家のもとで有機農業を学んでいる木村さん。2年目となる26年には田んぼを借り、無農薬のコメ作りにイチから挑戦するという。
木村さんは「地域おこし協力隊の任期が終わったあとに、実際に自分でコメを作るのが、ぶっつけ本番なのかなと思っていたが、移住体験のおかげで移住してこうやって自分の夢に早く近づけて、移住体験さまさま」と笑顔をのぞかせる。
移住体験で移住後の生活をイメージ「前向きに検討できる」
実際にその土地で暮らし、地域の人とふれあうことができるお試し移住体験。
自然豊かな場所での子育てを希望する良知さんも、地域の公園などで家族で遊び、約1カ月間阿賀野市での生活を体験した。
「時間の流れは神奈川県にいるときよりは穏やかな感じがして、いま住んでいるこの施設の周辺には何があるというわけではないが、家族みんなでお散歩したりとか気持ちいい過ごし方ができている。阿賀野市についてはほとんど知らない状態で来たが、こういった自然豊かでのんびり過ごしていける中で少しは前向きに検討できるかなと思う」と移住後のイメージがより明確になったという。
阿賀野市の難波さんも、「イメージと現実のギャップ、ミスマッチみたいなのを少しでも防いで、せっかく来られたので、阿賀野市で長く納得いく暮らしをしてほしい。個人の方求める暮らしが様々あると思うので、その中で選ばれる地方になっていければいい」と話す。
暮らし方が多様化する中で、移住を検討する人から選ばれるための自治体の試行錯誤は続く。
