深夜の住宅街。静かに車のエンジンがかかりヘッドライトが灯る。
防犯アラームは鳴らず、キーも使われない。
車はまるで“自ら望んで”動き出すように盗まれていく。
この数年で知られるようになった「CANインベーダー」による窃盗に警視庁も警戒を強めている。
取材を進めると、“静かな盗難事件”の実態が見えてきた。
作業場が“犯罪の温床”にされる
10月下旬、茨城県内のある場所に警視庁捜査三課の捜査員らが家宅捜索に入った。
そこは「ヤード」と呼ばれる自動車の解体現場で、盗まれた車が“保管”されていた。
現場には盗難の被害届が出されていた車7台のほか、解体された車も30台ほどあった。助手席下のボディが剥ぎ取られた状態のものも見つかっている。
盗んだ車を保管した疑いで外国籍の解体作業員らが現行犯逮捕された(その後、不起訴処分になった)。
作業員らは指示役のもと、実行役が盗んできた車両を解体し、これらの車両は海外へ売りさばかれていたとみられる。
こうした“グループ”による窃盗被害は全国で多発していて、近年目立つ手口が「CAN(キャン)インベーダー」だ。今回見つかった車もこの手口で盗まれたものとみられている。
車の“脳”を乗っ取る「CANイーベーダー」
現代の車はエンジン、ドア、サイドミラー、ライトなどがすべて 「CAN(Controller Area Network)」というネットワークで繋がり、ひとつのシステムとして動いている。
かつてのように「鍵は鍵だけ・エンジンはエンジンだけ」という独立構造ではないため、「ドアの鍵を開ければミラーが自動で開く」といった動作もこのCAN上の信号で制御されている。
「CANインベーダー」は、その名の通りCANのシステムに侵入し、“偽の信号”を車に「正規の鍵」と誤認させる装置だ。
PCで例えるならハッキングに近く、本物のキーがなくても車は完全に騙されてしまう形のため、不正にアクセスされたことを検知できずアラート音も鳴らない。
犯行時間の短さにも驚かされた。
警視庁が盗難現場の防犯カメラを解析したところ、犯人が車に近づき盗んで発進させるまでの一連の犯行時間は数分程度で完了するケースが多いという。
まさに“車の脳を乗っ取って奪う”静かな窃盗が広がっているのだ。
車の窃盗が急増…都内だけで毎週4台以上
都内の車両盗難はここ20年で全体的に減少傾向にあり2020年は90件まで減ったが、その後、再び増え始め、2024年は223件と急増しているという。毎週4.2台の車が盗まれたことになる。
日本の高級車は海外での需要が高く、高値で売りさばくことができることが背景にある。
窃盗グループにとっては“リスクの少ない高利益ビジネス”になってしまっているのだ。
警視庁によると、冒頭に触れた窃盗グループによる被害額は判明しているだけでもおよそ4億6千万円にぼるという。
“日常生活”が盗まれる
今、人気の車種は申し込んでから納車まで1~2年待ちというのも珍しくない。
自動車窃盗の捜査にあたるベテラン捜査員は、納車からわずか1カ月で車を盗まれ家族が落胆する姿を見て、その“待ち時間ごと”奪われるような被害が相次いでいると話す。
家族の介護のため車いす仕様に改造し、大切に使っていた車が盗まれる事案も起きている。
こうした家族にとって、車は通院や生活に欠かせない大切な”足”だった。
車を奪われるということは、日常生活そのものを奪われることと同じだ。
誰でも簡単に入手できてしまう
「CANインベーダー」はインターネットの通販サイトでも販売されている。
海外のサイトでは「緊急用エンジン始動ツール」といった商品名で、用途も「バッテリー上がった時など緊急時のエンジン始動に」などと説明されている。
窃盗グループがこうしたサイトで購入し、犯行に及んだことも確認されているという。
我々も検索してみると、自動車メーカーが正式に販売しているものではなく、海外のサイトで販売されているものが目立っていた。
一般人でも簡単に手に入るレベルにまでになってしまっているのである。
規制なき「CANインベーダー」
捜査員が見てきた中で犯人が盗難をあきらめた例がいくつかあるという。
その一つが「ペダルロック」だった。
その名の通り、ペダルにロック装置を取り付けるというもので、盗難防止対策の一つだ。
犯人側に“セキュリティー対策が取られている車”だと認識させるだけでも犯行が未遂で終わる事案もある。
自動車メーカーもシステム面からの対策に向け、研究と開発を急いでいるという。
しかし現在、「CANインベーダー」を直接規制する法律は存在せず、誰でも簡単に手に入れられる状況がある。
こうした現状をふまえると、機器が高度化し犯行が容易化している自動車窃盗の根本的解決には至っていないように思える。
警視庁捜査三課のあるベテラン捜査員は「違法ビジネスに関わる人間を検挙するだけではなく、流通経路にも捜査でメスを入れ、実態を解明していきたい」と拳を握り、静かに語った。
(フジテレビ社会部警視庁担当 小野恵里)
