AI開発競争が過熱するアメリカ西海岸のシリコンバレーで、近年「996」型といわれる「朝9時から夜9時まで週6日働く」長時間労働の文化が広がりつつある。元々は中国のIT業界で広がった働き方だが、サンフランシスコのスタートアップ企業では、こうした過酷な労働を前提にしながらも、社員の健康やモチベーションを守るための独自の取り組みを進めている。

平均労働時間は週60~70時間

アメリカ西海岸・サンフランシスコを拠点とするスタートアップ企業「Nowadays」は、企業向けにイベント企画などを支援するAIプラットフォームを運営している。CEOを含め6人の小さな会社だが、創業3年目で売上は約1500万ドル(日本円で約23億円)に到達した。クライアントは日本やヨーロッパなど世界各地にいて、会議の時間も相手の国の時刻に合わせる必要がある。社員の平均労働時間は週60~70時間で、日本の法定労働時間である週40時間と比べると、かなり長い。

Nowadaysのアンナ・サンCEO
Nowadaysのアンナ・サンCEO
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Nowadaysのアンナ・サンCEOは、「基本的にはオフィスに午前9時から午後9時までいます。日曜日も何人かは出社します。義務ではないのですが、クライアントの多くはスタートアップ企業で、迅速に対応する必要があるからです。締め切り次第で、早く終わる日もあります」と説明する。

AI開発競争が過熱するシリコンバレーでは、いわゆる「996」、つまり朝9時から夜9時まで、週6日働く長時間労働の文化が広がりつつある。残業時間の上限が定められている日本と違い、アメリカでは、連邦法や州法で日本のように月や年単位で残業時間数を明確に制限する規定はない。映画の制作会社などでは、労働組合との交渉によって、残業の上限や休憩時間を独自に定めているケースもあるが、スタートアップ企業などでは、働き方は各社の運用に委ねられているのが実情だ。

こうした中、入社後のミスマッチを防ぐため、多くの企業が求人案内に週70時間以上の勤務となる可能性を明記したり、採用時に試用期間を設けて、実際の働き方を体験したうえで、入社するかどうかを判断してもらう仕組みを取っている。

サンCEOは、「週末に休んだ方が生産性が上がる人もいますし、週末に追いつきたい人もいます。『996』は全員に合う働き方ではありません。必要なのは透明性で、合う人が選べばいいと思います」と話す。

AIブームで再注目される「996」文化

「996」とは2010年代半ばに中国のIT業界で広がった働き方で、アリババの創業者ジャック・マー氏が推奨するなど、急速に発展する中国のIT業界の成長を支えた原動力となった。一方で、過労死などの問題が浮き彫りとなり、労働者らが抗議活動をするなど国内外で批判も相次いだ。

しかし、この「996」が近年、アメリカのテック業界で注目されている。

エヌビディアのジェンスン・ファンCEO
エヌビディアのジェンスン・ファンCEO

2025年9月、半導体大手エヌビディアのジェンスン・ファンCEOは、出演したポッドキャストで「我々は中国と競争関係にある。『996』が彼らの文化で、非常に手ごわく、革新的で、貪欲だ」などと「996」型の働き方を肯定的に評価した。

AIや半導体の分野では、開発スピードそのものが企業価値を左右する。目まぐるしく変化するAIブームのなかで、対応が遅れれば競争から脱落しかねず、こうした強い危機感が、長時間労働を前提とした働き方を受け入れさせている側面がある。

株式付与やバーンアウト対策も

一方で、長時間労働がそのまま生産性の向上に繋がる訳ではない。シリコンバレーでは企業が独自の報酬制度や福利厚生を打ち出し優秀な人材の獲得に繋げている。

スタートアップ企業「Nowadays」では、社員全員に給与に加えて株式報酬を支給している。株式の付与は上場した際に、大きな利益がもたらされる可能性があり、会社の成長が従業員自身の利益にもつながることで労働意欲を高める狙いだ。

休憩時間に一緒に食事をとる「Nowadays」社員
休憩時間に一緒に食事をとる「Nowadays」社員

さらに、同社が一番注力しているのがバーンアウト(燃え尽き症候群)対策だという。サンCEOは、「スタートアップが失敗する最大の理由はバーンアウトです」と指摘。「当社では月に250ドルのフィットネス補助や健康的な食事も提供しているほか、週に1回、私が社員と一対一の面談を行い、仕事以外の個人的な事情も含めて把握するようにしています。これまでに辞めた社員はいません」と強調する。

バーンアウト対策をめぐっては、チャットGPTを手がける「オープンAI」も社員に対して1週間の強制休暇を実施するなど、人材の流出を防ぎながら持続可能な開発体制を模索する動きが広がっている。

日本では2019年に働き方改革関連法が施行されるなど、長時間労働への対策が進められてきた。私自身も、報道記者として取材の手法や勤務体系が、この数年で大きく変わったことを実感している。一方、アメリカでは、働き方は企業の判断に委ねられ、特にテック業界で長く働くことが当たり前になってきているのは意外だった。

AI開発競争が世界規模で激化するなか、成長と持続可能性をどう両立させるのか。「996」型の働き方は、アメリカや中国に限らず、各国に共通する課題として突きつけられている。
(FNNロサンゼルス支局長 松浦武司)

松浦武司
松浦武司

FNNロサンゼルス支局長。2013年関西テレビ入社、本社営業部を経て報道センターに配属、大阪府警、大阪市政キャップ、神戸支局長など経て現職。