高知県警は2025年5月、匿名・流動型犯罪グループ「トクリュウ」が、ネットで確定申告ができる「e-Tax」を悪用し、全国の税務署から還付金をだまし取る広域詐欺事件を発表した。
事件には、闇バイト数百人が関わり、被害は数億円に上るとみられる。手口からは日本の税制度を揺るがす大きな問題が見えてきた。取材を担当した記者が事件を振り返る。
始まりは闇バイトの名簿
【高知さんさんテレビ・玉井新平】
私は、この事件に関わった闇バイトの名簿を関係者から独自入手。記載されていた数十人のうち、5人を取材しました。
闇バイトの1人である高知県の40代男のケースです。「手軽に副業ができる」とうたうショートメールを信じたことが始まりでした。
副業に必要と言われ、e-Taxに必要なIDとパスワードを取得し、ネットバンクの口座情報とともにトクリュウに伝えていました。
結果、94万円の還付金が男性の口座に振り込まれましたが、その後、何者かが別の口座に送金。口座に残った3千円が、男の“報酬”となりました。
男は、口座の『また貸し』は違法と認識していましたが、e-Tax詐欺に関わっていることは知りませんでした。私が、男にe-tax詐欺に関わったことを伝えると「3千円もらって得したからえーかな」と答えました。罪の意識はありませんでした。 (*男はその後、詐欺容疑で逮捕)
5万円ほしさに…生活保護受給者のケース
広島県で生活保護を受ける76歳の男は、e-Taxがどんなものかさえ理解していませんでした。ショートメールに記載された「副業の報酬5万円」ほしさに、SNSや携帯で指示されるまま税務署へ行き、e-Taxの手続きをしました。
結果、男のネット口座には、身に覚えのない450万円もの還付金が税務署から振り込まれ、そのうち、男の“報酬”は3万円でした。
取材から4カ月後の9月、広島の男は、詐欺の疑いで高知県警に逮捕されました。複数人と共謀し、大手企業と取引する個人事業主と偽り、嘘の報酬と経費を申告し、還付金183万円をだまし取った疑いでした。(*12月に懲役2年4か月の実刑判決)
なぜ税務署は見抜けなかったのか
トクリュウが、金に困る闇バイトを全国から集め、副業名目で個人情報を吸い上げ、e-Tax詐欺に利用する実態が取材で初めて浮き彫りとなりました。誰もがこの犯罪に関わる可能性があるのです。
なぜ、税務署は詐欺を見抜けなかったのでしょうか?税務署に約30年間勤務し、e-Taxの実務に関わった税理士は「確定申告において、申告者の勤務先や収入、納税の有無、本人かどうかの確認は必要ない」と指摘します。
つまり、日本の税制度は、納税者の申告内容を信用することが大前提の性善説で成り立っているのです。このチェック体制の甘さにトクリュウがつけこみました。
被害者は国民
還付金はつきつめれば税金です。形式的な被害者は税務署ですが、本当の被害者はちゃんと納税している国民です。
事件の本質は、税金がトクリュウにだまし取られていて、それを見抜けない税制度の脆弱性にあるのです。捜査幹部は「この事件の手口は、ほかのトクリュウにも共有されていて、被害は氷山の一角」と話します。
しかし、e-Taxに詳しい税理士は「この手の詐欺を防ぐ有効な方法はない」と話します。国レベルでの対策が急務ですが、国税庁は「審査の総合的な見直しを行う」と繰り返すばかりです。全国で同様の被害がどれくらいあり、どのように見直すのか?については答えません。
取材班は、この事件の情報をいち早く入手し、背景にある日本の税制度が抱える問題に警鐘を鳴らしてきました。「トクリュウに税制度を利用されてはならない」一連の検証報道に込めた私の思いです。
【取材・執筆:高知さんさんテレビ 玉井新平】
