厳格化する移民法と「時限爆弾」

いま、セシルさんが最も懸念するのは、移民・亡命者に対する法制度の変化だ。

2025年1月からは、滞在許可の取得・更新に必要なフランス語能力のレベルが引き上げられる。これによって、「生き延びるための必要最低限のフランス語」すらおぼつかない人々に、より高い言語水準が求められることになる。​

団体にはすでに例年以上の受講希望者が押し寄せている。

しかし、読み書きに慣れていない人が短期間で政府が要求するレベルに達するのは容易ではない。それをクリアしなければ、滞在許可が出ない、あるいは更新されず、「不法滞在」とされるリスクが高まり国外退去命令(OQTF)を受ける人も増えるだろうと指摘した。

※OQTFとは フランス滞在許可証の発給が拒否された場合や、不法滞在の場合などには、県知事が「国外退去命令」または「フランスからの退去義務(OQTF)」を決定出来る制度 

この決定を受けた場合、不服申し立ては可能だが、通常自身で30日以内にフランスから出国しなければならない。

セシルさんはこの状況を「時限爆弾」と表現する。

滞在許可を得られないままフランス社会にとどまり続ける人々は、ホームレス化し、非正規労働に流れ込み、不法状態で社会の暗部に押し込められる。そして、法的にも社会的にも「見えない存在」として生き続けることになっていく。

一方でフランス社会は急速に高齢化し、介護、清掃、飲食、建設、警備などの現場では、すでに多くが移民・難民の労働によって支えられているのが現状だ。

ゴミ収集などの公共事業には人出が足りないのが現実だ
ゴミ収集などの公共事業には人出が足りないのが現実だ

特に高齢者ケアの需要は増える一方で、フランス人の若い労働力は足りない。その矛盾を前に、「なぜフランス政府は働きたい人をここまで締め出そうとするのか」と、セシルさんはいぶかしむ。

筆者が気になっていたフランスの「統合政策」についての疑問点を彼女に率直にぶつけてみた。移民としてフランスに渡り、生活する人々は自らを何人と表現するのか。

それは「フランス政府の取り組みは移民のアイデンティティを奪う「統合」なのか。それとも、多様性を前提にした「共生」なのか。」という点だ。

セシルさんは、この二つをはっきりと区別していた。

彼女が否定するのは、「移民をフランス人と同じように“フォーマット”してしまおう」という発想だ。それは「統合」ではなく「同化」であり、現実的でもなければ望ましくもない。いまのフランスには「典型的フランス人」など存在しない。肌の色も宗教もバックグラウンドも多様であり、「誰が真のフランス人か」を決める明確な線など引きようがないというのだ。

セシルさんの言う「統合」とは、公共の場で共有されるべきルールと価値(宗教的自由、民主主義、人権、男女平等など)を理解し、そのなかで皆が暮らせるようになることだ。

FLA HPより
FLA HPより

授業や市民活動を通じて学ぶのは、「強制的な生活の仕組みの学習」という同一化ではなく、「この国ではこのようにルールが作られ、守られている」という枠組みだ。

一方で、家庭やコミュニティーの中で母国語を話し、宗教的な考えも保持しつつ、故郷の食文化や習慣を守ることは否定されない。「公共の場ではフランスのルールを共有し、私生活では自分であり続ける」――その二層構造こそが「共生的な統合」と表現した。

アイデンティティー喪失ではなく「重ね合わせ」

他国で過ごすことによってその人のアイデンティティは失われてしまうのか。

こういった不安は、移民の側にも、受け入れる社会の側にもある。

フランス社会やメディアでは、「彼らをしっかり同化させなければ危ない」「フランスがフランスでなくなってしまう」といった風潮が根強い。一方で移民の当事者たちは、「フランス語を覚え、ここで働き、子どもがここで育つうちに、本来の自分が消えてしまうのではないか」という恐れを抱くこともあるという。

セシルさんは、この問題に別の視点から指摘する。

「移民はフランスに来た時点で、すでに一つの物語と文化を携えており、それを消し去ることはできないし、するべきでもない。フランス語を学び、この地で働き、友人を作り、市民としての権利と義務を知ることは、『元のアイデンティティの上に、新しい層を重ねること』に近い。 それは喪失ではなく、文化の重層化だ。​」と述べた。

彼女自身、人生の半分以上を外国で過ごし、現地社会に受け入れられた経験がある。

その記憶から、「自分が外国人として尊重されたように、ここに来る人たちも尊重されるべきだ」と考えている。だからこそ、「移民はフランス人の型に合わせるべき存在」ではなく、「それぞれ異なる物語を持った人間」であり、その物語に耳を傾けることが、異文化や見知らぬ外国人に対する、言葉にできない恐怖や偏見から乗り越える唯一の道だと強調する。​

「恐怖」を和らげるカギは「個人の物語」

翻ってみて、我々日本人はどうなのか。移民を受け入れるのか、受け入れないのか。まだ政治的にも議論の途中である。

一方で、外国人労働者などの議論が熱を帯びる中、旅行者ではない外国人を受けいれる文化的・精神的な土壌は成熟しているのだろうか。

今の日本について、セシルさんは「知らないものを怖がるのは人間として自然だ」と率直に認めた上で、恐怖を和らげる鍵は「個々の物語に触れること」だと語った。

「移民」という言葉は「大勢の見知らぬ人が押し寄せるのでは」という漠然とした不安をかき立てるのではないか。しかし、目の前の一人が自分の家族や友人と大して変わらない願いや不安を抱えていると分かれば、見え方は変わる。

仕事が欲しい、家族を守りたい、子どもに教育を受けさせたい―その思いは、出身国や宗教が違っても同じだ。​

団体が行っている「フランス語と社会参加を通じた統合」は、そうした個々の物語を聞き取りつつ、新しい社会のルールと出会わせる営みでもある。そこでは、フランス社会の側もまた変化を迫られている。

 

統合か共生か、そしてアイデンティティは失われるのか。外国人を巡る政策が熱を帯びる日本はどうなっていくのだろうか。

少なからずフランスでは、移民に「元の自分を捨てろ」と迫るのではなく、「ここで共に生きるためのルールと言葉を共有しよう」という意思を持つ人々が現場にはいる。

その考え方を学んだ生徒たちは、移民としてフランスで暮らす中で様々なルーツの人々とふれあい、一つのアイデンティティを失うのではなく、二つ、三つのアイデンティティを重ね持つようになっていく。

そしてまたきょうも、言語クラスで交わされる視線やことばの積み重ねが、「フランスとは何か」「誰がフランス人か」という問いを更新していく。

移民が持つであろう「重層化するアイデンティ」の先にあるのは、どのような暮らしか。そしてそれはどのような国を形作るのか。

その答えはまだ誰も知らない。
(FNNパリ支局長 陶山祥平)

陶山祥平
陶山祥平

FNNパリ支局長
2011年入社以来、ENGカメラマン、政治部(総理官邸・野党担当)、社会部(警視庁担当)、番組ディレクターを歴任。平昌・北京五輪では現地取材、「イット!」プログラムディレクター、演出などを務め2025年8月より現職。
放送や記事を通して、何か気づきや共感が見つかるような瞬間が生まれたらうれしいです。