先週、和歌山県のアドベンチャーワールドで開催されたイベント。障害がある子どもと家族が無料で招待されたこの日、レストランでゲストをもてなすスタッフたちの姿があった。

「ごゆっくりお召し上がりください!」

白いコックコートに身を包み、笑顔で接客する彼らは、大阪市にある本格的なフレンチレストランで働くスタッフたち。彼らの多くには、身体障害や知的障害がある。

■ 一流シェフが育てる“キャスト”は福祉事業所に所属する障害者

大阪・天満橋にある「ルクロ・ド・マリアージュ」は、本格的なフランス料理が楽しめる人気店。

ここで働く”キャスト”と呼ばれるスタッフたちは、レストラングループが運営する福祉事業所(就労継続支援A・B型事業所)に所属している。

このレストランで7年間働く純平さん(26)は「仕事が楽しい。接客してお客様と話したり、話しかけたりしてくれるところが楽しい」と語る。

同じくキャストの芙優さんは「私は一番強いのは右片半身麻痺です。動かしたら全然使えるし、それで手をけがすること結構あるんですけど、指切ったり。(でも)楽しい」と笑顔で話す。

芙優さん
芙優さん
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■「なんで障害者の人が働いているの?」ここまで社会にバイアス(偏見)あるのか....

このレストランのオーナー・黒岩功さんは、パリのミシュラン3つ星店で修行し、現在は日本とフランスの4店舗でオーナーシェフを務めている。

黒岩さんが福祉事業を始めたのは10年前。障害のある人たちが、やりたい仕事に挑戦する機会すら与えられていないことを目の当たりにしたからだ。

「日本の社会ではサービス業の中には障害者の人たちを入れられない、入れないっていうんですかね。自分がもともと持っている可能性に蓋を閉じてきている」と黒岩さんは語る。

しかし、福祉事業に取り組み始めて直面したのは、日本のサービス業の厳しい現実だった。

「うちがユニバーサルレストランをスタートした時、一気にお客さん離れましたからね、ものの見事に。理不尽な言葉を沢山いただいて、『なんで障害者の人が働いているの?』とか。ここまで社会にバイアス(偏見)があるのかなと…彼らが一生懸命やって働く喜びを感じながらやってる姿っていうのを、僕は今の日本には絶対に見てもらいたい」

レストランのオーナー・黒岩功さん
レストランのオーナー・黒岩功さん

■ 障害がある人にもサービス業で働く選択肢を

黒岩さんは、キャストを料理・接客のプロに育てることを貫いてきた。そしてこの取り組みに「共感」する企業が現れた。

それは、アドベンチャーワールドを運営する「アワーズ」。なんと、大阪のオフィスを福祉事業所の隣に移してしまったのだ。

キャストたちが作る”まかないランチ”を、社食の代わりとして利用している。この日のメインは鶏のソテー。担当するのは理久さんだ。

"まかないランチ"を社食の代わりに
"まかないランチ"を社食の代わりに

■ “キャスト”たちがアドベンチャーワールドのイベントに参加へ

「ちらちら、ちらちら、触りたくなるけど、触らないのが基本や」と指導するシェフに、じっと待ちながら鶏肉を完璧に焼き上げる理久さん。

「ええやん、それがええやん。それがええねん。それめざし」とシェフに褒められ、理久さんの顔には満足げな笑顔が浮かぶ。

この日は普段から仲の良いアワーズの社員、相田拓道さんとランチだ。

「美味しいわ。ありがとう」と相田さん。少し照れる理久さんに「なんやねん、どうしたん、緊張しすぎやんか」と声をかける。

「だいぶ最近怒られなくなったやん、すごいやん」と相田さん。

「やり方変えてん」と理久さん。

「やり方を変えた?」

「俺、あれやねん、ちょこちょこ嘘ついたりごまかしたりしてたけど」

「嘘つくのやめたん?ええやん、その調子でいこうや」

こうした“出会い”がきっかけとなり、アドベンチャーワールドで毎年開催されている、障害のある子どもと家族の貸し切りイベントに、キャストたちが参加することになった。

理久さん
理久さん

■ イベントに向けた猛特訓の日々 思うように言えないセリフ

イベント数日前、接客の練習に取り組むキャストたち。

「いらっしゃいませ!」元気な声が響く。しかし、本番に向けて不安も見える。

ホール担当の晃大さん(22)は「あちらで…タ、ブレ、ットをご注文をください、失礼します」と練習するが、「できひんわ」と苦戦する。

特別メニューの説明を担当する瑞稀さん(22)も「アレルギー物質の詳細が書かれております。確認しつつ、どちらかすてきな…好きなほうをお一つお選びください」とセリフを練習するが、なかなか思うように言えない。

「セリフを写真に撮っても良いですか?自分の台本作りたいので」と瑞稀さんは工夫を凝らす。

晃大さんは「言葉ができないっていうのが難しいところです。今は楽しい、お客様が喜んだら良い。笑顔でお届けたい」と意気込む。

瑞稀さんも「お客様の喜ぶ顔がみたくって、頑張って練習していました。ニコニコ笑顔でみんなを笑顔にしていきたいです」と前向きだ。

瑞稀さん
瑞稀さん

■ いよいよイベント当日「緊張してます」

アドベンチャーワールドで開かれた障害がある子どもと家族の貸し切りイベント。その朝、黒岩さんはキャストを激励する。

「お客様が楽しんでもらえるよういつもの調子で笑顔と大きい声でいらっしゃいませという気持ちでお迎えして、みんなで楽しい気持ちになりながら、お客様の喜びを作っていきましょう。じゃあ頑張りましょう」

晃大さんは「今ちょっと緊張してます、慣れてないので。セリフを言えるか分からないんですが頑張っていきます」と不安を覚えつつも決意を新たにする。

瑞稀さんは練習の成果を見せようと自作の台本を手に「これであってますか?」と確認。頼もしい成長だ。

瑞稀さん
瑞稀さん

■ 少し詰まりながらも…「次、頑張ればいいんだっ!」

レストランはオープンからすぐ満席になった。

「サラダでございます!コーンスープでございます」

「水でございます。失礼します」

晃大さんは緊張しながらも、一生懸命にサービスを提供し続ける。

「サービスできたのでうれしいです。今のところ順調です」

理久さんはお店の外でキャストたちが作ったチョコレートを販売している。

「いらっしゃいませ!パンダちょこいかがですか?」と笑顔で接客。

「めっちゃ楽しい」と充実した表情だ。

瑞稀さんも特別メニューの説明に挑戦。

「柔らかくて優しいお味の…みんなで一緒に食べられる優しくておいしい食べ物です」

少し詰まりながらも台本を頼りに説明を終えた瑞稀さん。

「緊張せずいけました。ちょっと間違えましたが次こそっ。大丈夫です、次、頑張ればいいんだっ」

「うちの子もそういうところで働けるようになったら良いな」

訪れた家族たちの反応も上々だ。

「すごく丁寧で、普通の接客より良かったよね、すごい丁寧」

客として訪れた障害を持つ子の母親は「感動しました。後々うちの子もそういうところで働けるようになったら良いなと。良い見本になってくれたらいいな」と、キャストの働きぶりに心を動かされます。

障害がある人もサービス業で輝ける場所を作り続ける黒岩さんの挑戦。キャストたちの姿は、そんな社会が決して夢ではないことを示している。

人気フレンチレストランから始まった小さな挑戦が、いつか社会を大きく変えるかもしれない。

(関西テレビ「newsランナー」2025年11月11日放送)

レストランに訪れた家族
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関西テレビ
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