一枚の写真から街を再発見する「兵動大樹の今昔さんぽ」。
今回の舞台は、大阪市東成区。暗越奈良街道(くらがりごえならかいどう)の碑の前からスタートだ。
兵動大樹さん:(2020年は)ずっと街道に行って、暗峠というすごい勾配のところを登らせていただいた。
今回の写真は大きな“笠”!?
兵動さんは写真の風景を見つけることができるのだろうか。
■謎の巨大な笠の写真
手渡されたのは、昭和28年(1953年)に大阪市東成区で撮影された不思議な写真。
写真には、巨大な笠のようなものを人々が囲んでいる様子が写っている。
兵動大樹さん:一瞬UFOを修理してんのかな思いましたけども。これは何ですか?ものすごい大きい笠ではないかあ…神事の最中という感じかな。

■「深江」地区の名産?「すげ笠」
早速聞き込みスタート!
「東成しんみちロード」という商店街では、90歳の女性から貴重な情報を得ることができた。
女性:笠で有名なんとちがう?『深江』の方へ行ったら、なんやらがさ言うて。
兵動大樹さん:この笠の名前が?
女性:知らんねん。
深江という地名と笠に関係があることがわかり、さらに傘専門店も発見。なんと創業70年を誇る老舗だ。
店主に写真を見せると…
店主:これは『すげ笠』。(ここは)昔、旧街道ですねん。その時にみんな、『すげ傘』をかぶって街道歩いてはったらしい。
店主によると、東成区の中でも東に位置する「深江」地区に「すげ笠」の文化があり、資料館もあるとのことだ。

■朝から営業「高井田ラーメン」
深江地区へ向かう途中、朝8時ごろから営業している中華そば屋「住吉」でひと休み。この店は戦後まもない昭和20年(1945年)に創業した老舗だ。
汗をかく労働者のために、塩分を効かせた醤油ベースのスープと太麺が特徴の「高井田ラーメン」と呼ばれる中華そばを味わいながら、写真について聞いてみると、やはり「すげ笠」だと言われた。
兵動大樹さん:すげ笠にしてはでかすぎる。
店主:これはでかすぎる。お地蔵さんかな?知らんけど。
兵動大樹さん:教科書通りの『知らんけど』!なんですげが有名かは知らんよね?
店主:地名が『深江』っていうぐらいやから、『沼』やったんかな。知らんけど。

■深江の知られざる歴史
深江郷土資料館の看板は、実はロケのスタート地点にあった。
看板には「ようこそ菅笠(すげがさ)の里へ」の文字が!
深江はいまでは、モノづくりが盛んな町だが、元々は「鋳造」などが盛んな地区だった。
そして、資料館にも大きな菅笠が!
資料館 金谷さん:これは伊勢神宮の20年に1回の『式年遷宮』にお納めしているものです。こちらは翳(さしは)といって、高貴な方の顔を隠す道具です。
写真に写っていたのは伊勢神宮の式年遷宮で使われる菅笠だったのだ。
深江には今から約2000年前、大和の方から菅細工の専門集団が移り住んできたそうだ。当時、この地域は湿地帯で良質なスゲが自生しており、それを材料に笠を作る技術が発展したそうだ。

■地元愛で“菅(すげ)”を復活
深江菅細工保存会では、いまも伝統技術を守り続けている。月に2回メンバーが集まり、菅を使った作品作りをしているそうだ。
保存会のメンバーが菅笠の作り方を教えてくれた。
保存会メンバー:これは笠の内側なんですけど、菅を半分に割いたものをいわゆるらせん状に巻き付けていきます。これをひっくり返すと、縦の方向に菅を全部つけていきます。
兵動大樹さん:これは根気のいる作業ですね。
昔、深江にはたくさんの菅田があったが、宅地開発により一度消滅。しかし、保存会のメンバーの努力で2007年に復活し、自前の菅を使って伝統技術を次世代に伝えている。

■写真の場所は“神社”にあり
最後に写真の撮影場所を確認するため、深江稲荷神社を訪れた。宮司さんに写真を見せると、驚きの事実が!
宮司 行俊さん:これ私の祖父ですね。ただこの場所は残念ながら…ちょうどあちらの小さい祠が並んでる辺りに社務所があったんです。
建物は残っていなかったが、同じ場所で写真を撮った。
兵動大樹さん:2000年前からこちらで作られてて、式年遷宮の時は、深江からお納めしてるという。でもみんな技術を伝承してますのでね。私もやってみたいという方、是非来ていただきたい。
1個褒めてほしいのが、『深江スゲってスゲェな!』と言いたいのをずっと抑えてました。
今回も、1枚の写真から「深江菅笠」という伝統文化と、その伝承者たちの活動を知ることができた。東成区の地域の誇りである伝統技術は、いまも大切に守られていた。
(関西テレビ「newsランナー 兵動大樹の今昔さんぽ」2025年11月21日放送)

