運転手の人手不足が続く中、外国人のタクシードライバーを受け入れる新たな制度が2024年に始まった。制度を利用して日本にやってきた、ベトナム人の男性2人に密着し、デビューを目指す悪戦苦闘の日々を追った。

■人手不足のタクシー業界 外国人の採用拡大へ
2025年7月4日 中部国際空港に2人のベトナム人が降りたった。
ダン・タン・ビンさん(33)とダオ・スアン・チョンさん(41)は、タクシードライバーになって稼ぐため、はるばる日本にやってきた。

ビンさん:
「優れた収入を目指します。目標は35万以上です」
チョンさん:
「私も35万です」
チョンさんは、奥さんと幼い子ども3人を母国に残しての挑戦だ。

チョンさん:
「大丈夫です」
ビンさん:
「本当は大丈夫じゃない。きのうは泣きそうだった」
タクシー業界は、深刻な人手不足に悩んでいる。コロナ禍に高齢ドライバーが大量退職し、2000年度の40万人以上から、2023年度は24万人余りと、半分近くに減少した。

そこで政府は2024年3月、外国人の在留資格「特定技能」にタクシー運転手を追加し、外国人ドライバーの採用を拡大させることになった。
「日本語検定3級以上」で特定技能評価試験に合格し、海外の運転免許を日本のものに切り替える「外免切替」を経て、「二種免許」に合格すれば、タクシー運転手として5年間働ける「在留資格」を手に入れることができる。
■“頼れる助っ人”外国人ドライバーならではの”強み”も
すでに日本では、多くの外国人ドライバーが活躍中だ。
東京の「日の丸交通」は、永住権を持つなど、就労制限がない外国人ドライバーの採用を進め、2025年7月末時点で、31か国173人が活躍している。
日本でのドライバー歴4年のベリニ・マッシモさん(46)は、母国イタリア語に加え、日本語・英語・スペイン語・フランス語の5か国語がペラペラで、増える外国人観光客の接客では、日本人ドライバーより有利だ。

カナダから訪れた観光客とは、車内で英語を使って、スムーズにやりとりをしていた。
マッシモさん(英語):
「私はそばが好き。特に夏は、ワサビを添えて食べる蕎麦が好きで、もちろんラーメンとは違う。ラーメンを食べると3日間胃にもたれます」
日の丸交通千住 内田英俊所長:
「いずれは外国の力を借りなくてはというところ、ちょっといち早く手を借りることを踏み切ったというような感じですね。彼らに守っていただくための、理解と教育の場所をどんどんつくっていかないと」
■母国と違う交通事情…“文化の違い”に悪戦苦闘
新制度で初の外国人ドライバーを目指すベトナム人、ビンさんとチョンさんを、“ほめて伸ばす”で知られる、三重県の「ほめちぎる教習所 伊勢」がサポートする。
まずは、外免切替に向けた2日間の研修を行うが、“ほめて伸ばす”は、“甘やかす”わけではない。

ほめちぎる教習所 加藤光一社長:
「日本の安全な走り方、これはベトナムと違うんで、一回頭を、ベトナムで運転していたのを、全部取ってもらって」
外免切替の合格率は26%と、試験は決して簡単ではない。
ベトナムではビンさんはタクシー運転手、チョンさんはバス運転手と、2人とも客を乗せて走るプロのドライバーで、簡単かと思われたが…。
増田恭延教官:
「質問しますね。車は「左側」を通行しなければなりません。1番の車も、2番の車も、3番の車も、道路の左車線を走っているんですけど、どれが正しいですか?」

ビンさん:
「私は3番だと思います」
チョンさん:
「2番」
増田教官:
「正解言いますね。1番という所を走らなくてはならないんですね」
ベトナムでは車は右側通行で、ウインカーとワイパーの左右も、日本車とは反対だ。路上教習でも、ついつい間違えてしまう。

「文化の違い」は、他にもある。
ベトナムの道路はバイクと車でひしめき合い、日本の歩行者優先に対し、大型車が優先される。信号無視や一時停止違反など、ルールを守る意識は、日本に比べて低いのが実情だ。
教官:
「進路変更の合図は3秒前だね。ルームミラー、ドアミラー、目視、3点セット。そうそう、確認してから寄せるね」

日本では当たり前の安全確認や、ウインカーを出すタイミングといった細かなルールを、しかも日本語で理解していくのは大変だ。
教官:
「離れているよね。中央線から。すごい離れている。そういった所から、完璧にできて、五分五分くらいです。合格できるかは」
普段は「ほめちぎる」教官も、見かねてきつめの指導に…。「日本のルール」を何度も説明し、体で覚えてもらう。
■「外免切替」に逆風も…目指すはプロのドライバー
「外免切替」制度には今、社会の厳しい目が向けられている。
2025年5月には、三重県の新名神高速を逆走したペルー国籍の男が他の車を巻き込んだ事故や、埼玉県三郷市で中国籍の男が小学生をひき逃げするなど、外国人による交通事故などが相次いだ。

日本の交通ルールの理解徹底と事故抑止を図る狙いで、警察庁は2025年10月から制度を大幅に厳格化すると発表した。
彼らが目指すのは、客の命を運ぶプロのドライバーだ。
ビンさん:
「安全運転。真剣なタクシードライバーになりたいですね」
チョンさん:
「私の子どもの将来のために、もっと頑張りたいですね」
研修2日目は、日本の教習所で10校しか導入していないという、最新の「AI教習車」に乗車した。

AIの音声:
「左折前の左の寄せ方が不十分」
センサーと道路情報を組み合わせ、交通ルールを守っているかAIがより細かくチェックする。
AIの音声:
「交差点進入時の左右の確認が不十分」
走り終えた後はAIが100点満点で評価する。
教官:
「100点以下の減点採点方式で、55点です。ということはマイナス45点です」

2日間、朝から夕方まで猛特訓が続いた。
教官:「おーおーすごい高得点。そうそうそう、中央線に上手く寄れるようになったね」
ようやく教官が“ほめちぎる”までに、安全運転ができるようになった。
7月8日、2人は第一の関門、外免切替の試験に臨んだ。
しかし、ビンさんは筆記試験を前にまさかの事態に、視力検査をパスできなかったのだ。

ビンさん:
「正直、少し落ち込んでしまいましたね。眼鏡を買ってもう一回、受験したいです」
一方、チョンさんは筆記試験に臨んだ。イラストを使った〇×形式で、10問中7問以上の正解が必要だ。
難なく合格したが、実技試験では、コースで脱輪してしまった。

チョンさん:
「結果は不合格でした。残念ですね。コースが間違いました。それから脱輪…」
■タクシードライバーへの一歩も…安全教育はしっかりと
2人はさらに練習を積み重ね、8日後、再び試験に挑んだ。
今度はビンさんも視力検査をパスし、実技試験へ。猛特訓の甲斐もあり、2人ともきびきびとした運転で、無事、外免切替の試験に合格した。

ビンさん:
「良かった合格しました。これが私の免許です!」
チョンさん:
「ちょっと嬉しいです!次は二種免許ですね。はい頑張ります!」
2人はその後「二種免許」にも合格し、タクシードライバーになるための研修を受けている。

2人が働く予定の神奈川県のタクシー会社・京浜交通では、「特定技能」の外国人採用を進める一方、安全運転の教育は緩めることはないと話す。
京浜交通 福岡伸一業務本部長:
「もう一回法令だとか、安全だとか、接客スキルに関する研修を本社の方で5日間ぐらいかけてやります。日本の交通ルールは、頭では知識として入っているかもしれませんけど、やった後また忘れちゃうと思うので、特定技能の人には随時(研修を)やっていく必要があるかなと思います」
人手不足の業界に飛び込み、プロの「特定技能ドライバー」として稼ぐ。アクセル全開ではなく、ルールを守って、その道を着実に進んでいく。