照りつける太陽のもと、大阪・関西万博でスタッフが着ていたのは…

ただファッショナブルなだけでなく、背中にファンの付いた、ご存じ「空調服」!

NTT パビリオンのスタッフ「シルエットが可愛い。そして涼しい」

ここ数年の異常な暑さと共に、そこかしこで見かけるようになった「空調服」だが、実は、その大元を辿ると、一つの小さな会社に辿り着く…

その名もズバリ、「株式会社 空調服」。

こう見えて、空調服に関する多くの特許を取得している、すご〜い会社だ!
と聞くと、さぞかし時流に乗り一攫千金を果たした会社に思えるが、その道のりは…
残高80万円の預金通帳を見て
【再現VTR】
社長 「(息子に)わかった、私の生命保険を解約しよう…」
奥さん 「あなた、やめて下さい…」

倒産寸前に追い込まれながら、執念で勝ち取った汗と涙の物語があった…。
「犬小屋、ふたつ買ってきてくれない?」
たった25人の従業員で、今や年商80億円を叩き出す「株式会社 空調服」。

その会長室にお邪魔すると…

空調服・市ヶ谷弘司会長 「これはですね、私がソニーを退職する時に撮った写真で。相手はソニーの創立者の井深名誉会長です。私がヒラの時代から発明を通して息があったので…」
なんと、「2ショット写真」のお相手は、日本が誇るソニーの伝説的創業者の一人、井深大氏。
元々、ソニーに勤めていたという78歳の市ヶ谷会長は、ウォークマンなどで世界を変えてきた井深氏と発明を通じて馬があったというが、1991年にソニーを退社すると…

空調服・市ヶ谷弘司会長 「(テレビの)ブラウン管というのは赤、緑、青の三色を合成させて絵を作りますので、三つを合成する時のズレやなんかを測定する測定器を作ったんです」
自分の得意分野で独立し、順調に売り上げを伸ばしていた。
ところが、2000年代が近づくと、時代はブラウン管から液晶へと変わってゆき…

空調服・市ヶ谷弘司会長「そういう液晶関係のものは大手がみんなやっていて、そこでやっても絶対勝てないと。だから全く別のものをやろうとして…」

そんな時、ふと頭をよぎったのが、何度も訪れていた東南アジアの光景だった。
空調服・市ヶ谷弘司会長「その頃、マレーシアでツインタワーって世界一の高層ビルなんかが建っていたり、暑いところですから、そういうところにみんな冷房装置が、エアコンが入るだろうなということですね…」
これ以上、世界中でエアコンが増えれば地球温暖化に、さらに拍車が掛かるに違いない…事業が行き詰まり、そんなことを思い出した市ヶ谷は、ある日、社員にとんでもない思いつきを指示する。
【再現VTR】
市ヶ谷氏 「なぁ胡桃澤くん、犬小屋、ふたつ買ってきてくれない?」
胡桃澤氏「犬小屋……ですか?」
その時、声を掛けられたのは、胡桃澤武雄、御年82歳。

空調服取締役・胡桃澤武雄さん 「犬小屋2個買ってこいと。そして、そこに水を流して気化させて、気化熱をもって内を冷やせと…」
それは、「気化熱」という物理現象を使い、少量のエネルギーで、家を冷やす実験のためだった。

ちなみに、「気化熱」とは、液体が気体に変わる際に周囲から熱を奪う現象のこと。

そこで胡桃澤は、本当に会社の屋上に小屋を建てると、なんと、わずか3日後に…
【再現VTR】
市ヶ谷氏「おい、胡桃澤くん、犬小屋は返してこい!」
胡桃澤氏「えっ」
市ヶ谷氏「そう、気化熱使うなら、何も家ごと冷やさなくてもいい。人間だけ冷やした方が効率いいって気付いたんだわ!」
そう言うと…

【再現VTR】
市ヶ谷氏 「どうだ、この試作品!?」
社員 「…」
とんでもない試作品1号機を出してきた。

空調服・市ヶ谷弘司会長 の娘・明子氏「水冷式のものだったんですけど、本当に手作り感がいっぱいだったので、ちょっとこれでは外歩けないなって。そういうくらいのレベルで…」
と振り返るのは、当時、父親の会社で働き始めていた娘の明子さん。

これがその実物。服に付けたタンクから、パイプで服に水を散布し、それを小さなファンで乾かす時の気化熱で体温を下げようというものだった…
(試作機を着たいとは思いましたか?)
空調服・市ヶ谷弘司会長 の娘・明子氏 「いやいや、着れないです」
ところが、父親は…
【再現VTR】
女子高校生「(指さして)クスクス…」

【再現VTR】
市ヶ谷氏「いや〜、ちょっと電車に乗ってみたんだけど、女子高校生にジロジロ見られちゃって…」

【再現VTR】
明子さん「まさか、お父さん、その格好で電車に乗ったの!?」
市ヶ谷氏 「おう、ダメか…?」
明子さん「信じらんない…」

空調服・市ヶ谷弘司会長 の娘・明子氏 「手書きで、実験中ってマジックで背中に書いていて、それで電車に乗って実験しているっていうのを聞いた時は本当ビックリしました。よく乗れるなっていうふうに…」
しかし、そんなこと、お構いなしの市ヶ谷は…

【再現VTR】
市ヶ谷氏 「ちょっと、みんなも着てみてくれよ!ほら、胡桃澤くんも…」
胡桃澤氏 「はぁ…」
そう言われ、しぶしぶ着てみるも…

【再現VTR】
胡桃澤氏「気持わるっ!!社長、これはダメですよ」

空調服取締役・胡桃澤武雄さん 「私はもう素直だから、着たら『気持ち悪い、これダメ』って言ったの」

気化熱で体温が下がるどころか、ビチョビチョすぎて、汗さえ乾かない。
空調服・市ヶ谷弘司会長 「胡桃澤からダメ出し食らったのは、あまりないんですけど」
しかし市ヶ谷は、転んでもタダでは起きない。
空調服・市ヶ谷弘司会長「体には最初から水があって、脳っていう(汗の)制御装置があるわけです。だから暑ければ暑さを感じて、必要なら汗を汗腺から出してくれると。だから、それを全部蒸発させられてやればいいんだっていう…」
そこで、胡桃澤が挑んだのは…
空調服取締役・胡桃澤武雄さん「結構、私はね、ミシンも得意だったんですよ…」

と、買って来た作業服にファンを付ける「空冷式」。
空調服取締役・胡桃澤武雄さん「(空気を)外に、換気で出せばいいんだと。換気扇みたいにファンをつけて空気を外へ出したんだよ…」
とくれば、いきなり空調服の完成か…!? と思いきや、そうは問屋が卸さない。

空調服取締役・胡桃澤武雄さん「そうすると、引っついちゃうんだよね。服が引っついちゃって(体と服の)風路がなくなっちゃうんですよ…」
大型ファンを取り付けた試作品を社員に…
この問題が、3カ月、4カ月、5カ月と経っても解決せず、結局、半年という時間を費やし、二人が見つけたコロンブスの卵は…

空調服取締役・胡桃澤武雄さん「ファンを逆にすればいいんだと!(排気ではなく)中に吹き込んでやる。そうすると膨らんで。そこまでいくのに半年くらいかかった。」

服の中に絶えず空気を送り込み、膨らんだ部分に空気の通り道が出来れば、かいた汗はすぐに乾き、その気化熱で体温は下げられるはず。

こうして、2004年に大型のファンを取り付けた試作品を社員に着せてみると…
【再現VTR】
社員 「スゴっ!!これ、めちゃめちゃ涼しいですよ!」
空調服取締役・胡桃澤武雄さん「いや、これはすげえ!と。これは地球を救うよって。(別の社員は)これはひょっとしたら社長、ノーベル賞モノだ的なことも言いまして…」
その効果に一番驚いていたのは、当の胡桃澤だった。
家に持ち帰り、妻のわかこさんにも着てもらうと…
【再現VTR】
胡桃澤さんの妻・わかこさん「うわ〜っ、涼しっ…これ、すごいわ!」

胡桃澤さんの妻・わかこさん 「着て涼しいし、汗かかないし、いいなと思ったから、(周囲の)みんなにも知って欲しいなと思って」

胡桃澤さんの妻・わかこさん「いろいろ説明したりするけど、本当に最初の頃は笑われることが多かったです。バカにされるというか…」

2004年、ついに世界初の空調服を発売。

ところが、その、あまりの奇抜さに、人々の反応は冷ややかで…
空調服取締役・胡桃澤武雄さん 「私、嫌がられて、追っかけてって着せるんですよ…」
胡桃澤は、人の集まるところに出かけていっては…
空調服取締役・胡桃澤武雄さん 「焼きそばだなんだ、みんな作ってるとこに入って着せる」
とにかく、着てもらえば、その凄さはわかるはずと…
空調服取締役・胡桃澤武雄さん「もう本当に馬鹿みたいに追っかけてったわけ」
はじめは抵抗していた人も、胡桃澤の執念に根負けし、しぶしぶ袖を通すと…
【再現VTR】
試着者 「うわっ!何これ、気持ちいい!!」

空調服取締役・胡桃澤武雄さん「大体の人が、『うおっ!』てやるんですよ。すげえ!すげえよ。涼しい涼しいつって。だからそれが嬉しくて、いろんな人に着せまくった…」
多くの感謝の手紙が…
ところが、いくら実際に着てみた人が驚いても、それだけで、一気に何万着が売れるわけもない。
やがて、これまでかさんだ開発費や材料を買うためのお金で、会社の預金が見る見る減ってゆき…

【再現VTR】
空調服・市ヶ谷弘司氏の息子 「見て下さい。もう、会社の預金が80万円しかないこのままじゃ、倒産を待つだけです」
市ヶ谷氏「…そうか、じゃあ、私の生命保険を解約して、それで、運転資金に充てよう」
そこまで、思い詰めた市ヶ谷に対し…
【再現VTR】
市ヶ谷氏の妻 「お父さん、それだけはやめてください!私にも、いくらかの貯金はあります、まずは、それを使ってください(涙)」
全力でサポートしたのは、妻だった。

ではなぜ、それほど売るのが難しい商品に生命保険を解約しかけてまで、賭け続けたのかと言えば…

「拝啓、貴社開発の空調服、素晴らしいの一言です」
その頃、わずかながら売れてゆき、修理に戻ってくる空調服の多くにこんな手紙が入っていたことだった。
「夫は多汗症です。この空調服は俺のために作られたと楽しく使っています。「それゆけドラえもんみたいに飛んで行け!』と、娘は笑います。」

修理依頼と共に、続々と届く感謝の手紙…ここで辞めたら、修理を待ってくれる人々に申し訳ない。
こうして、市ヶ谷と胡桃澤が作り上げた空調服は徐々に口コミが広まっていき…
空調服・市ヶ谷弘司会長「鉄筋工の方から始まったんですけど、『あ、これすごいですよ、休み取らないでできます』とか、気がついたら、年間10万着、20万着とかどんどん増えていって…」

そんな口コミの発信源のひとつ、「大和軌道製造」はその効果を、こう振り返る。

大和軌道製造・山田 哲也常務「(現場は)変わりました。まず熱中症にかかる人がいなくなりました。」

大和軌道製造・山田 哲也常務「(体温が)気化熱で逃げていきますので、ですから発汗量が少なくて、その分体力の消耗が少ないですから」

これほど、世の中を変えた78歳と82歳の2人は今日も、空調服の未来を目指し、開発と向かいあう。
空調服・市ヶ谷弘司会長 「本当にもう、いま熱中症対策でクーラー、クーラー、エアコン、エアコンって言っているけど、体と空調服自体が、いわば室内機と室外機の関係。そこはちゃんとコントロールしてやれば、エアコンどころじゃなくて、ものすごく理想的になるんですけどね…」
かつて、ソニーの伝説・井深大氏と写真を撮った平社員は、当時、「なんだソレ?」と言われたウォークマンのように、それから約半世紀、「なんだソレ?」と笑われた空調服を世界の当たり前にしようとしている。
(「Mr.サンデー」8月31日放送より)