九州の片隅に、列車すら来ないのに人々が、わざわざ車で押し寄せる古びた木造の駅舎がある。

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それが、肥薩線・嘉例川駅。

目的は、たった一つの駅弁。「百年の旅物語 かれい川」だ…と、言われても、贅沢で主役となる肉もなければ、魚もなく、あるのは、地味な野菜のおかずばかり。

取材前、この企画のディレクターは、こう言っていたくらいだ…

ディレクター:
いや、ほんとね俺も、やっぱり揚げ物好きハンバーグ好きからすると、もう全然興味なかったんですよ。だから(ロケに)行く前は「こんな弁当食いたくない」って言ってたんですよ。

ところが取材を重ね、その弁当を食べた途端、まるで雷にでも打たれたかのように…

ディレクター:
食ったらね、これヤバイと思ったもん。まさしくね、これ、なんていうんだろう…こう感激しちゃったんですよ、俺。

これまで多くのグルメ番組を撮ってきたディレクターにさえ、これまで経験したことがない
「全く新しい味」と感じさせた駅弁。

だが、その成功までの道のりには…

山田まゆみさん
売れないね…。

 松下さえ子さん:
こんなに美味しいのにね…。

作っても作っても売れない悔しさと、その味を愛する人々の 切ないほどの優しさがあった。

電話の声「もう、疲れるほど作らないでください…」

列車が来ない駅で大ヒット!“幻の駅弁”物語

その厨房は、驚くほど、こじんまりしていた。

森の弁当  やまだ屋・山田まゆみさん​(67):
(よく取材でも)本当に(家族)3人で作ってるんですねって言われて、本当に全部手作りなんですねって言われて。既製品を入れたら寝れないんです、私。自分の作ったものじゃないと、お客様が食べられて、どうなの?って。小心者なので…。

そう語るのは、「奇跡の駅弁」の生みの親、山田まゆみさん(67)。
物語の始まりは、彼女がまだ一介の主婦からお惣菜の移動販売を始めたばかりの 2004年に遡る…。

当時は、九州新幹線の部分開通に合わせて、肥薩線にも「はやとの風」という観光列車が走ることになっていた。

その時、奇しくも嘉例川駅の駅舎は築100年という節目。
 ならば、それに合わせて駅弁を作ろうと「駅弁コンペ」が開催されたのだ。
なぜか、そのコンペに呼ばれた山田さん。自作の弁当を持ち、恐る恐る会場に向かうと、そこに居たのは…

森の弁当  やまだ屋・山田まゆみさん​:
隼人町の役場の人とか、新聞社の人とか…。

 いかにも「お偉方」と言った面々。
しかも、名のある旅館の板長が出品していたのは…

森の弁当  やまだ屋・山田まゆみさん​:
料理も見たらすごく立派だし、「いや(私のは)こんな田舎料理だし」と思って。
「こんなん出せないから、只野さん、私もここで入らないで帰ります」って言ったんですよ。

只野さんとは、当時、コンペの運営側で、実は、山田さんをコンペに引っ張り出した張本人。
初めは…

 山田まゆみさん​:
いや、私なんか、お惣菜を作ってるだけなので…。

と、何度も断ったのだが…

只野公康さん:
それでいいんです。コンペには、山田さんがイメージする駅弁を持ってきてくれれば、それで十分ですので。

…と粘られ、つい来てみたが、やはり場違いな感は否めず。

 山田まゆみさん​:
やっぱり、私帰ります。

という彼女に…

妙見温泉振興会  会長・只野公康さん(62):
せっかく来たんですから、山田さんの駅弁、出して下さい。

なぜ、只野さんはそこまで肩入れしたかと言えば…

妙見温泉振興会  会長・只野公康さん:
素材が素晴らしいお弁当でした。既製品などを一切使わず、きらびやかさは全くなかった。そのコンセプトが一番、審査の方に響いたと思います。

その言葉通り、審査結果は…

審査委員長:
満場一致で、山田さんの弁当に決まりました!

妙見温泉振興会  会長・只野公康さん:
圧倒的に山田さんでした。満場一致と言っていいと思います。

と言うのも、山田さんが審査員に訴えたのは…

森の弁当  やまだ屋・山田まゆみさん​:
(駅舎が)ちょうど100年だったので、100年前からずっと旅してきた人(の弁当)は、お肉も魚もないだろうなって。そしたら、家にある野菜はどこもあるので、そういうので作ってきたんだろうなって思って。

まさに、100年前の味をそのまま再現したかのような真の素朴さ。
ところが、そこにいた板長たちは…

板長:
こんなの出来レースだろ

板長:
まったく、家庭料理だろ、あんなの。

と、陰口を叩き、その噂がネットでも広がったという。
それを聴いた、山田さんは…

森の弁当  やまだ屋・山田まゆみさん​:
それを払拭するには、ちゃんと作るしかないんじゃないの?って(只野さんに)言われて、この厨房から建てたんですよ。負けず嫌いだから。

こうして2004年3月、地元の素材にこだわりまくり、防腐剤や添加物を極力使わない「百年の旅物語かれい川」の販売が始まった。

しかし、なんと当時の販売場所は…

森の弁当  やまだ屋・山田まゆみさん​:
JRの敷地内は入れないんですよ。許可がないと。

というワケで、駅から50メートルも離れた建物の軒下。

森の弁当  やまだ屋・山田まゆみさん​:
(弁当の)名前も全然みんな知らないし、ふーんって感じなので。本当に1個か2個しか売れないので…。

当時、販売を手伝っていたのは、弁当のウリとなるシイタケを作ってくれていたシイタケ農家の松下さんだったが、二人で売れ残りを食べては…

販売を手伝っていたシイタケ農家・松下さえ子さん(66):
食べて美味しいねって言って。サクラじゃないですけど…。

という、なんとも寂しいデビューだった。

味に感動して、本社に直談判

が、転機は3カ月で訪れる。

実はこの頃、売れ残りの弁当を「はやとの風」の客室乗務員に…

山田まゆみさん​:
よかったら、食べてください。

「はやとの風」の客室乗務員に駅弁を渡した数日後…

山田まゆみさん​:
えっ?JR九州?車内で売りたい?

そこには、こんな裏話があった。

森の弁当  やまだ屋・山田まゆみさん​:
どうしても(車内で)売りたいからって。(客室乗務員さんたちが)本社に全部、写真を撮って送って、これを「はやとの風」の車内で販売したいので商談をしてくださいと…。

なんと、彼女たちはたった一個の駅弁を分け合い、その味に感動して、本社に直談判したのだ。
その一人だった肥後さんは…

元「はやとの風」客室乗務員・肥後里子(46)さん:
本当に一つ一つがおいしい。本当にお母さんが、地域のおばあちゃんが、その人を思いながら一個ずつ丁寧に作られているというような、真心を感じられるお弁当でしたし…。

それはまさに、山田さんが目指した自然の味、素材の味の素晴らしさが若い乗務員たちに伝わった瞬間だった。

例えば、お弁当のメインとなる「がね」と呼ばれる天ぷらも…

森の弁当  やまだ屋・山田まゆみさん​:
寝かす。寝かせとかないと甘くならないから。

と、徹底的に自然の甘さを引き出し、松下さんが作ったシイタケも…

販売を手伝っていたシイタケ農家・松下さえ子さん:
やっぱりその一つ一つのできる段階を見てきてらっしゃるので、私の家で言えば、しいたけを作る過程で、それが並大抵の努力じゃないんですよ。そういうところを、やっぱり口では伝えにくいけど、その駅弁の中身で伝えていらっしゃるって思います。

素材の凄さを、出来上がるまでの苦労を、弁当という世界で表現しているという。
だからこそ、賞味期限一つ取っても…

ディレクター:
手書きで書いてあるんですね?

山田まゆみさんの夫・文明さん(76):
そうですよ。箸袋もね、そんな感じ。

ディレクター:
箸袋?

山田まゆみさんの夫・文明さん :
そうそうそうそう、折ってんですよ。

ディレクター:
本当だ…。

なんと、箸袋さえ手折りなのだ。
そうした努力の結晶が少しずつ口コミで広がると、 2007年、ついに九州駅弁グランプリで1位を獲得。

翌年、再び1位に輝くと、ついには地元のテレビ局なども取材にくるようになるが、それでも、絶対に事業を広げたりしないのはこんなことが、あったからだという。

それは、地元のテレビ局から取材を受ける直前。

森の弁当  やまだ屋・山田まゆみさん​:
(電話とる)はい、やまだ屋です。

電話の相手:
ああ、あんたんとこの駅弁さあ、野菜ばっかりで、酒のつまみになるもんが何も入ってないんだけど?

森の弁当  やまだ屋・山田まゆみさん​: 
これは誰が考えたんだ?って言って電話が来て。なんでこんな弁当作ってんだって…。

そんな思わぬクレームに、つい暗い顔で取材を受けてしまうと、その生放送を見ていた人物からこんな電話が…。

電話の声:
山田さん、もしかして、お疲れじゃないですか?僕は車椅子なんですが、いつも山田さんのお弁当を楽しみにしている者です。もう疲れるほど作らないで下さい。僕は何があっても必ず買いに行きますから、どうか分相応の量だけを、今までのように丁ねいに作り続けてください。

その有り難すぎる言葉に号泣した山田さんは後日、別のテレビ取材にこう答えている。

森の弁当  やまだ屋・山田まゆみさん​: (2008年)
家族でできるだけのここで、やっていきたいと思います。

こうして幻の駅弁となった今でも、デパートなどへの出店はせず、分相応の数だけをひとつひとつ丁ねいに作り続けている。

手間暇を惜しまない味が若者にも…

その姿勢と本物過ぎる味に惚れ込んでしまった 取材ディレクター。駅弁のファンだという地元企業の社長が、研修に訪れた客に振る舞うと聞き、現場に駆け付けると、始めて食べるという若者たちに…

ディレクター:
どうですか?

男性:
おいしいですね。素朴というか良い意味で、素材の味がします。

ディレクター:
あんまりこういうの、東京で食えないですよね?

男性:
そうですね。中華とか、ソースギトギトとか。(笑)

ディレクター:
あんまりこういう弁当ないですよね。(僕も)感動しちゃった。グランプリ何回もとってるんですよ。

もう、取材してるのか、営業してるのか、わからない始末だが、リピーターだという社長はさらに熱く…

おばま工務店・有村康弘 社長:
おいしさの先に何があるかということですよね。作り手の優しさ・ぬくもりで、地域の素材だったり、1つ1つ、ちゃんと仕上げていただいて、全部手作りじゃないですか。作り手と思いが伝わってくる感じも、すごくしますし。だから、美味しいだけじゃない世界がここに詰まってる感じですよね。こんな弁当ないですよ。

ディレクター:
社長、上手いこと言う。いい言葉で感動しちゃいました。

もう、おっさん二人で完全に「山田さんシンパ」だ。

とは言え、その本拠地である嘉例川駅に、いま列車が来ることはない。
2022年、観光列車「はやとの風」がその役目を終え、さらに2025年8月には豪雨の影響で普通列車さえ駅に来ることは出来なくなった。

それでも、車で駅弁を買いにくる客はあとを絶たない。

客A:
(自宅は)ここから1時間ぐらい。

 ディレクター:
この弁当目当てで?

客A:
はい、弁当目当て。

客B:
鹿屋市の方から1時間半かけて。1回来てみたかった、ずっと来たいなって思っていて。

ディレクター:
1時間半かけてお弁当を?

客B:
これから家に帰ってご飯を食べます」

効率やスピードを重視する現代社会に逆行し、手間暇を惜しまない。その味が、若者にまで受け入れられている。
それは単なる懐古趣味ではなく、新たな「食の価値」として、彼らは何かを再発見しているのかもしれない。
 (「Mr.サンデー」9月29日放送より)