「金の価値が上がっているので…」
そう言うよう指示された80代女性は、誰にも疑われることなく約1000万円で金塊を購入。指定の場所に置いた。
今年4月、広島市内で実際に起きた特殊詐欺事件。女性はさらに2000万円以上をだまし取られた。
特殊詐欺に悪用される「金塊」
広島市中区に住む80代の女性は、警察官を名乗る男から「あなたに携帯電話の不正契約の嫌疑がかかっている。このままでは逮捕することになる」と告げられた。さらに、検察官を名乗る別の人物から「潔白を証明するには“資金調査”が必要だ」と指示を受けた。
女性はその“調査”のために金塊の購入を求められ、実在する貴金属店の口座に現金約1000万円を振り込む。金600gを購入し、指定された場所に置いたところ、何者かに回収された。

代わりに女性のポストに入っていたのは、「資産お預かり証」と書かれた紙切れ1枚。記されていたのは金融庁の名前だったが、すべてが偽造だった。
女性はその後も指示を信じ続け、最終的に2002万円を詐取された。
“資金調査"はそれっぽいウソ
被害の裏には、もっともらしく聞こえる“ウソの言葉”が潜んでいる。
「資金調査」と聞くと、公的な手続きのように思えるが、これは詐欺グループが考えた“それっぽく聞こえる言葉”に過ぎない。本来、警察や検察が「資金調査」などと称して、個人に電話で金銭や金塊の提出を求めることは絶対にない。

広島県警・直原順一警部は「警察からの電話だと言われ、焦ってしまう人が多いが、そもそも警察が“逮捕する”などと電話で告げることはありません」と注意を呼びかけた。
広島県内では、2024年秋ごろから「警察官」をかたる特殊詐欺が増加。県警によると、2025年に入ってから5月末までに特殊詐欺の被害は71件、被害額は5億円を超えているという。
被害急増の背景に“金の価格高騰”
金塊を使った特殊詐欺は広島だけでなく全国的にも増加している。警察庁によると、2024年6月から12月の半年間で、同様の被害が全国で21件、被害額は約9億1200万円にのぼる。

なぜ金塊が利用されるのか。
背景にあるのは“金の価格高騰”。中東情勢の緊迫化などを受け、金の小売価格は1gあたり1万7678円(2025年6月時点)と過去最高値を更新。投資熱の高まりで、「現金を金に換える」という説明が不審に思われにくく、詐欺に悪用されやすい状況がある。
広島市中心部にある貴金属店「ナカオカ」の中岡英也専務は「金の価格は今後さらに上がるかもしれない。犯人は盗んだ金をすぐに売らず、価値が上がるまで待っている可能性もある」と話す。
店では、注意喚起のポスターを目につく場所に掲示し、顧客への声かけを心がけている。
末端の「受け子」でも過半数が実刑
特殊詐欺グループは、「指示役」「かけ子」「受け子」「出し子」など、役割を分担して組織的に犯罪を行っている。指示役が全体を統括し、かけ子が電話で金をだまし取り、受け子が現金やカードを受け取り、出し子がATMから現金を引き出す仕組みだ。

2021年版の犯罪白書によると、詐欺の末端を担った「受け子」や「出し子」でさえ、実刑判決を受けた割合は54.9%と過半数。さらに、電話で被害者をだます「かけ子」や、指示を出す「指示役」にいたっては8割以上が実刑判決を受けており、関与した役割にかかわらず厳しい処罰が科されていることがわかる。

広島大学・法学部長の吉中信人教授は「こうした特殊詐欺は被害額が大きく、組織的かつ計画的な犯行。金額が大きいほど示談の成立も難しく、初犯でも実刑になるケースが多い」と指摘する。
「短期間で稼げる」といった闇バイトの誘い文句に乗った結果、一生を左右する事態に発展しかねない。
金塊を使った特殊詐欺は、一見すると真っ当な投資のように見えるため“気づかれにくい”手口。
金は「渡したら、戻ってこない」。不審な電話があれば、まず一人で判断せず、すぐに警察や家族に相談を。疑うことが大切だ。
(テレビ新広島)