「肯定も否定もしない」
取り調べの冒頭、中村は原に「国松孝次警察庁長官狙撃事件についての関与は肯定も否定もしない」と言い放った。
原はケンカを売られたような気分になったという。出来るものなら自分の犯罪を立証してみせろ。中村がそう言っているようで挑発的に見えた。原は理詰めの調べを展開する。調べを始めるとすぐに超えるべきハードルがあることに気付いた。人生において何度も逮捕され取り調べに慣れている中村は、捜査員に言質を取らせず証拠を掴ませない話し方をする男だったのだ。原の尋問に「~ということが考えられるでしょう」「~ということが言えます」などと第三者の評論家のような供述をする癖があったという。これでは供述とは言えない。単なる論評にすぎないからだ。
原は中村が銃器に対する異常な執着と知識があることに着目する。そこに敬意を払った聴き方をすると、得意気になった中村は饒舌になる。原は質問に銃の話を織り交ぜながら“活動家”として中村自身がやったことについて供述を少しずつ引き出していった。

結果、長官銃撃事件についての取り調べが始まって2カ月が過ぎた5月31日までに、中村は以下の点だけは自分の関与を主体的に話した。
警察庁の庁舎に侵入
「1995年1月~3月ごろ、霞が関の警察庁に諜報活動を行っていました。
地下鉄サリン事件が発生する前の警察庁は警戒しているとは思えないほど簡単にビル内に入ることができました。
ビルから出るとき守衛は全く警戒していなかったからです。警察庁長官室の手前にある秘書室の扉は昭和初期に作られた木製の扉で鍵は単純な物だったので、ピッキングで簡単に開けることができました。センサーもなかったです。警備局長室にある重要書類を見ることも複写も可能でした」

「国松長官の現場に落ちていた朝鮮人民軍記章は日本国内では製造されていないものです。
もしこれがレプリカであるならば、KCIA=韓国中央情報部が対北朝鮮工作用に作った物で、記章の裏面には工作員を潜入させる際、潜入先の部隊名等を打刻するために何の記載もなく、服に付けるための縦ピンだけがついていました」
銃撃現場の詳細も供述
「国松長官が住んでいたアクロシティは荒川区南千住にある高級高層マンション群で、国松氏の部屋はEポートの602号室です。
狙撃地点からEポートの玄関は植え込みがあるため見えませんでしたが、玄関を出てから公用車に乗るまでの間に同氏を確認できれば狙撃は十分に可能でした」

「長官の公用車は出勤ギリギリまでアクロシティ東側の周回道路で待機しています。
逃走用に自転車を使ったのはバイクでは足がつきやすいですし、そもそもアクロシティの敷地内はバイクの乗り入れが禁止されていたからです。
自転車は狙撃後、すぐに飛び乗って走り出せるようスタンドは降ろさないでFポートの壁に立てかけておきました。使ったのは放置自転車で黒色の目立ちにくいママチャリを選びんだんです」
凶器の詳細について
「雑誌に掲載した私の手記の中に長官を狙撃した際に使用した銃は、コルト・パイソン・ハンターと書きました。私は以前、ハンターとはほとんど同型の8インチ銃身のパイソンの精度テストをしたことがあるとも書きましたが、私が保有・管理していた銃でした」

「私は平成元年から2年(1989年~90年)にかけ、アメリカの西部地域の銃砲店、ブローカー、ガン・ショーで様々な弾薬を購入してきましたが、その中には長官銃撃事件で使用された357マグナム・ナイクラッド・ホローポイント弾もありました」
銃器・弾薬を海に投棄と供述
「平成6年(1994年)に入ってから必要のなくなった銃器・弾薬の廃棄を始め、夜間、東京の竹芝桟橋から大島に向けて航行する東海汽船の船上から海中へ投棄していました。大島へは合計5~6回行きましたが、最後は平成7年(1995年)4月ごろです」

「元来、私は銃に興味があり、昭和61年(1986年)以降、アメリカ西部地域などで射撃の技量を磨き、銃の購入と射撃訓練に没頭しました。
最初はインストラクターに習っていましたが、そのうち自分がインストラクターを務められるほどに技量が向上しまして、高精度の銃とそれに適合する弾薬を用いれば、25ヤード(22.86メートル)先の標的に着弾させることができるようになりました」

この時の原の調べでは長官銃撃事件について中村を自供に追い込むことはできなかった。中村は長官事件に関与したことを匂わせながらも、事実と不実の話を織り交ぜて捜査の攪乱を狙っているふしがあったのである。
「完全に誤認逮捕です」
そして2004年7月7日、警視庁公安部がオウム真理教信者の警視庁元巡査長ら4人を逮捕する。
この日、原は中村の反応を探りに警視庁から身柄が移管されていた大阪府警まで行って任意で調べた。

午後6時15分、大阪府警23号調べ室に原が入るなり中村は開口一番「今朝、産経新聞が『オウム信者逮捕へ』と飛ばし記事を書いていましたね。長官狙撃事件でオウム信者を逮捕するとは…」と漏らしたという。原は飛ばし記事ではなく、警視庁公安部が本当にオウム信者4人を逮捕したことを告げた。すると中村はしばし押し黙った後、呆れたような顔をしてこう言ってみせた。

「結末がつけられないでしょう。私の出現が影響していますね。完全に誤認逮捕ですから。公安部もいろいろ言い訳をするでしょうから、完全にギブアップしたら我々が出ていきますかね」
自分にスポットライトが来ないことに中村は内心腹立たしさを持っている。それを瞬時に看破した原は中村から更なる供述を引き出そうとした。
――私は中村さんがスナイパーと信じているけど、刑事部幹部が今回の逮捕で焦っているみたいだから気休めに何か話しておきますか?