北朝鮮の国営メディアは、4月26日、「新時代の海軍近代化において重大な突破口を開く」として、新型駆逐艦「崔賢(チェヒョン)」の「進水式典」を行ったことを報道。北朝鮮の最高指導者・金正恩総書も同駆逐艦について「多目的水上作戦を遂行できるようになる」と評価した。
また5月8日に北朝鮮から発射されたKN-23ミサイルについて中谷防衛相は、従来より飛翔距離を延ばし「800km飛翔した」と発表。その内容を踏まえると、性能上は西日本に到達する可能性も否定できなくなるのかもしれない。本記事は、北朝鮮金総書記が誇示する最新兵器について考察する。
北朝鮮新型多目的駆逐艦「崔賢(チェヒョン)」
2024年5月に建造が始まった5000トン級とされる「崔賢(チェヒョン)」について、朝鮮中央通信は「多目的駆逐艦」と位置づけていた。「多目的」という言葉に最も平仄が合うのは、北朝鮮海軍の艦艇として、恐らく、初めて、複数の種類のミサイル連射の可能性を示すミサイル垂直発射装置(VLS)を採用していることだろう。

前甲板に127ミリ主砲を備えた砲塔を備え、砲塔と艦橋の間にミサイル垂直発射装置(VLS)があり、また、艦橋の後ろにもミサイル垂直発射装置(VLS)が二箇所にあった。

日本やアメリカ海軍のイージス艦にも垂直発射装置(VLS)が設置されているが、米海軍のイージス駆逐艦の場合、前後合計90枚の同じ大きさ、形状の蓋の下に、ミサイルの種類に適応したミサイル容器を挿入するのに対し、「崔賢」のミサイル垂直発射装置の蓋は、74枚。ただし、大きさや形状は同一では無く、画像や映像で確認できる限り、三、ないし、四種類存在した。ということは、崔賢のミサイル垂直発射装置は、装填するミサイルによって「蓋」の大きさ、形状を変えていて、結局、装填できるミサイルの種類は、全部で三~四種類ということかもしれない。

垂直ミサイル発射装置は、一般にミサイルの連射、特に対空ミサイルの連射を意識して軍艦に設置されるものだが、対空ミサイルの連射のために、同ミサイル誘導用とみられる4面式のフェーズドアレイ・レーダーの塔が「崔賢」の艦橋上に設置されている。

ここで、注目されるのは、四面のアンテナのうち、後方右、後方左に向いたフェーズドアレイ・レーダーのアンテナ面。アンテナの向きには、艦橋後部に煙突や巡航ミサイルの発射装置があり、下向きに電波を出している場合、干渉しかねないようにみえるが、北朝鮮の技術者はどのように解決しているのだろうか。

ちなみに、建造途中の段階で、朝鮮中央通信で公開された画像をみると、艦橋の四方向に向いた穴が開いている様子を示しているものもあり、まるで、日米のイージス艦のように艦橋にフェーズドアレイ・レーダーを取り付ける計画であったことを示唆している。
従って、当初、北朝鮮海軍、技術者は、「崔賢」をイージス艦のような戦闘艦にしようとしたのではないだろうか。しかし、何らかの都合で、調達しようとしていた大型のフェーズドアレイ・レーダーや戦闘システムを導入できず、レーダーは、小型化し、艦橋の上に移され、ミサイルの垂直発射システムも統一できずに複数の種類の「蓋」を持つ垂直ミサイル発射装置を設置することになったのではないだろうか。

次に注目されるのは、艦橋後部にある、短距離防空システムだ。これは、対空ミサイルと対空砲をひとつの砲塔にまとめたもので、ロシアのパンツイリ対空システムにそっくりだ。

北朝鮮は、ロシアとの軍事協力で、このようにパンツイリ複合対空システムのように、対空砲と対空ミサイルを組み合わせるという、西側では見当たらない、技術的に高度なシステムも入手できたのであれば、注目すべきことだろう。

朝鮮中央通信によれば、「崔賢」の初の兵器システムの試験が4月28、29の両日に行われ、28日に、超音速巡航ミサイルと戦略巡航ミサイル、対空ミサイルの試験発射と127ミリ艦上自動砲の試験射撃が行われたという。朝鮮中央通信が、発表した画像には、ピョルチ艦対空ミサイルやファサル戦略巡航ミサイルの姿が映っている。

とくに注目されるのは「超音速巡航ミサイル」で、朝鮮中央通信の画像を拡大してみると、ブースターの形状などから、ロシアの3M-14カリブル亜音速巡航ミサイルや、最高速度がマッハ8を超え、機動する3M-22ツィルコン極超音速巡航ミサイルに似ているようにも見える。
カリブルも洋上を高度約20メートルと低く飛ぶため、捕捉が難しく、迎撃が難しいミサイルとされるが、ツィルコンは、マッハ8以上という極超音速で軌道を変えながら飛翔するので、さらに迎撃は難しい。今回、「超音速巡航ミサイル」として、北朝鮮が、万が一、ロシアのカリブル、または、ツィルコンを入手したのなら、日本として、無視できるものではないだろう。
金総書記「多目的水上作戦を遂行可能に」 米シンクタンク「推進システムが機能せず」
北朝鮮の「崔賢」について、北朝鮮の最高指導者、金正恩総書記は、4月25日の進水式典で「この駆逐艦の装備構成について言えば、対空・対艦・対潜・対弾道ミサイル能力は言うまでもなく、攻撃手段、すなわち超音速戦略巡航ミサイル、戦術弾道ミサイルをはじめ陸上打撃作戦能力を最大限に強化できる武装システムが搭載されて多目的水上作戦を遂行できるようになる」(朝鮮中央通信4月26日付)と評価した。対弾道ミサイル能力もあるとなると、まるで、北朝鮮版イージス艦であり、「崔賢」はロシアの助力を得て誕生した、“万能の軍艦”ということになるのだろうか。

アメリカの北朝鮮専門研究機関、38NORTHは「北朝鮮の新型駆逐艦は…金正恩委員長によって進水式が行われたが、実際に海上に出るにはさらなる作業が必要とみられる。商用衛星画像には、式典のわずか数日後に同艦がドックへと戻される様子が映っている。船を所定の位置に移動させたり戻したりするためにタグボートを使用するということは、推進システムが機能していないことを示している可能性がある…4月28日に撮影された最新の画像には、タグボートが船を浮きドックへと押し戻している様子が写っている。おそらくそこで、船が自力で移動できるように、残りの作業が実施されると思われる」(4/29付)との見解を発表した。
つまり、北朝鮮の最高指導者を迎えて“進水式”が行われた「崔賢」だが、自力で移動出来ない、との見立てである。「崔賢」の煙突の底は、エンジンや動力系につながっていないのだろうか。様々な武装はしているが、洋上を自力で移動できない、となると、当面は“浮かぶ標的”となる可能性も否定できないのではないだろうか。
金正恩総書記自身は、4月25日の進水式典の演説で「今後、…必要な工程を経て、来年初めに海軍に引き渡されて作戦を展開するようになる」と述べている。まだ、軍艦として機能するためには時間が必要と示唆したかのようだ。もちろん、崔賢に新たに推進システムが整えられ、レーダーやミサイルの発射に必要な電力が供給できるようになるなら、日本としても看過できなくなるかもしれない。機能する同型艦がさらに建造されるならなおさらだろう。
金総書記が誇示した新型戦車
金正恩総書記の新兵器誇示は、これに止まらなかった。

5月4日、北朝鮮国営メディアは、金正恩総書記が、戦車工場を視察し、新型戦車について「戦車の走行および様々な機動特性を向上させ、新型能動防護総合体と受動防護手段、電子戦総合体をより革新的に更新した全ての成果は、朝鮮式の戦車核心技術における大きな進歩を意味する」と評価した。
興味深いのは、「新型能動防護総合体と受動防護手段」という言葉だろう。車体下部の横に取り付けられた四角い板は、擲弾やミサイルが当たると爆発し、戦車本体への影響を弱めて防護する受動防護手段(リアクティブアーマー)をなのだろうか。
砲塔前面、主砲の左右に四角い板状のモノがみえるが、これがレーダー・アンテナ、または、その取付基部だとすると、敵のロケット弾の接近を感知し、砲塔の上から、散弾状に多数の金属片を発射して、敵ロケット弾を仕留める「能動防護総合体」になるということなのだろうか。
いずれにせよ、砲塔に貼り付けたレーダーで、敵のロケット弾を感知し、仕留める仕組みは、イスラエルが開発したトロフィー・システムやロシアのアリーナ・システムが有名だが、他国でも実用化したのかどうかは、筆者は寡聞にして知らない。

また恐らく、同じ工場で、金正恩総書記が視察したのが、600ミリ超大型放射砲(KN-25)である。
ミサイル発射訓練に組み込まれた『核の引き金』の点検
これだけ、多彩な兵器の開発をすすめ、北朝鮮は、次に何をしようとするのだろうか。

5月8日、北朝鮮は「長射程砲およびミサイルシステムの合同打撃訓練」を実施。「訓練には、600ミリ多連装ロケット砲と戦術弾道ミサイル「火星砲-11カ(=KN-23)」型が動員された」(朝鮮中央通信5月9日付)という。

そして、朝鮮中央通信は「射撃に先立って『核の引き金』システムの稼働の信頼性を幾重にも点検した」という。超大型放射砲も「火星砲-11カ(=KN-23)」も、火山31“核弾頭”搭載の可能性が示唆された兵器だ。超大型放射砲で、韓国内にある韓国軍のグリーンパイン・レーダーと在韓米陸軍のTHAAD迎撃システムのAN/TPY-2レーダーが無力化されれば、韓国のみならず、日本にとっても、北朝鮮から日本に向けて発射されるミサイルの捕捉・追尾に支障が出るかもしれない。

中谷防衛相は、発射されたKN-23ミサイルは、最高高度100kmで、800km飛翔したと発表した(5月8日)。この飛翔距離は、KN-23のものとしては、これまでの最大飛距離690kmを上回る。そして、核弾頭を搭載し「『核の引き金』システムの稼働の信頼性を幾重にも点検した」ミサイルが、性能上は西日本に到達する可能性は否定できなくなるのかもしれない。
(フジテレビ特別解説委員 能勢伸之)