6月1日、世界に衝撃が走った。ウクライナ保安庁がロシア国内で放った自爆ドローンが、ロシア国内各地の基地で駐機中のTu-95MSベアH重爆撃機やTu-22M3バックファイア中距離爆撃機等をドローンで一気に撃破したというのだ。

Tu-95MSベアH爆撃機は、敵戦闘機や敵の地対空ミサイルから距離をとり、空の安全圏から射程4500km以上とされるKh-101空対地巡航ミサイルを発射。

これらはウクライナに被害を与え、ロシアの“特別軍事作戦”=ウクライナ侵攻には欠かせないロシア航空宇宙軍の中核を成す大型軍用機だ。作戦を実行したウクライナのゼレンスキー大統領によれば、1年半も掛けて作戦を準備し、一気にロシア軍機を41機も破壊、または損傷させ、特にロシアの大型爆撃機の34%を損傷させたと主張した。

ウクライナ軍が襲ったベア爆撃機の1機は、Kh-101巡航ミサイルを吊下げていた。この“蜘蛛の巣作戦”は、ウクライナ側にとっては3年以上続くロシア軍の侵攻に一矢報いたということなのだろう。しかし、アメリカの見積もりでは、ウクライナのドローンが命中したのは約20機だったとされる。


ロシアのTu-95MSベアH爆撃機のうち、結局、何機がウクライナの攻撃で撃破/損傷したかは不明だ。しかしロシアにとっては目下の“特別軍事作戦”への影響だけでなく、2011年以来、米露の戦略核兵器バランスの基盤となってきた新START(戦略兵器削減)条約の期限が2026年2月に切れるのを前に、戦略核兵器の三本柱(トライアド:大陸間弾道ミサイル、潜水艦発射弾道ミサイル、戦略爆撃機)の一角、大型爆撃機が揺さぶられる事態になり、衝撃だっただろう。つまり、”蜘蛛の巣作戦”で、性能上、射程4000㎞以上の”核弾頭搭”載巡航ミサイルKh-102を最大16発搭載可能なTu-95MSベアHがウクライナの手によって複数機、破壊された可能性もあり、その場合、西側諸国に向けて、ロシアが発射できる「核」兵器が大きく減る可能性もあるからだ。
ではロシア側は、この“蜘蛛の巣作戦”にどう対応するのか。

その前に、興味深い言葉を発したのは、トランプ米大統領だった。プーチン露大統領に、電話会談を行ったとして、6月4日、「プーチン大統領は、最近の飛行場への攻撃には対応しなければならないと非常に強く述べた」とSNSに投稿。
トランプ大統領は翌6月5日、ホワイトハウスで開かれたドイツのメルツ首相との会談の際、プーチン大統領との電話会談で、ロシアとウクライナの戦闘を公園での子どものけんかに例え、「離そうとしても離れない。しばらく戦わせてから、引き離した方がいいかもしれない」として、ウクライナとロシアの仲裁にアメリカはあえて、しばらく乗り出さない姿勢を示した。

アメリカの仲裁が望めない中、ウクライナとロシアの戦いは続いた。6月7日、ウクライナ空軍は、ロシアの空の精鋭Su-35S戦闘爆撃機1機を仕留めたと発表。

NATO欧州諸国から供与されたF-16AM戦闘機から放ったAIM-120アムラーム空対空ミサイルを使用したと伝えられている。(米誌ニューズウイーク・6月11日付)

ウクライナはさらに、ロシアとの国境地帯から約900km離れたところにあるVNIIR工場を自爆ドローンで攻撃し、火災を起こし、工場を停止させた。同工場では、ロシア軍の誘導爆弾、自爆ドローン、精密誘導兵器に使用される航法装置を作っていたとされ、さらに、ロシア南西部にあるカザン火薬工場を攻撃した(米ニューズウイーク誌・6月9日付)

プーチン大統領のロシアは、ウクライナの攻勢にどのように対応したのか。
ロシアは、10日前後からウクライナ各地へのドローン、巡航ミサイル、弾道ミサイル攻撃を実施し、ウクライナ各地に多大な損害をもたらした。
新たなウクライナ支援に“射程制限のない装備”
では、しばらくウクライナとロシアの仲裁に乗り出さない姿勢を示したトランプ大統領のアメリカはともかく、それ以外のウクライナ支援国はどのような姿勢をとるのだろうか。

蜘蛛の巣作戦の前の5月28日、ゼレンスキー大統領は、ベルリンにメルツ首相を訪ね、独=ウクライナ首脳会談を行った。爾後(じご)の共同記者会見で、ドイツのメルツ首相は「我々は軍事支援を継続し、ウクライナが、現在そして将来にわたって、ロシアの侵略から自国を守り続けられるよう支援を拡大する」と明言。具体的には「国防大臣らは本日(5月28日)、ウクライナ製の長距離兵器システム、いわゆる長距離火力の調達に関する覚書に署名する予定だ。…射程の制限はない。これにより、ウクライナは自国領土外の軍事目標に対しても、自国を完全に防衛することが可能になる」と述べた。
この「長距離兵器システム」とは、何なのか。
ゼレンスキー大統領は、共同会見の席上、「武器供与について議論する際には、兵器の射程についても議論しなければならない。根本的にはロシアの攻撃をいかにして無意味にするかということだ。…全ての国が射程を制限しないことが不可欠だ」とするとともに、「新たな共同プロジェクトで合意に達した。詳細を全て明らかにすることはできないが、ウクライナにおける兵器生産については合意に達した。これはドローンに関するものだ」と述べた。

ウクライナは、すでに射程1000km以上のドローンを実用化したと報じられている。では、この「長距離兵器システム」とは、ドローンのことなのか。

会見の席上、記者からは「タウルスはどうなっているのか?(首相になる前の)野党時代、あなた(=メルツ氏)はタウルスに非常に熱心に取り組んでいたが」「長距離兵器についてだが、そもそもタウルスは依然として(ウクライナに)必要なのか?」等の質問が出たが、メルツ首相は「我々は長距離兵器の配備を可能としたいと考えている。また、共同生産も可能にしたいと考えている。詳細については公表しないが、協力を強化する。何よりも、ウクライナ軍が…必要なあらゆる装備を装備できるよう努める」と答えた。ゼレンスキー大統領は「ドローン」と答えたが、メルツ首相は「ウクライナ軍が…必要なあらゆる装備」と、微妙なズレをみせていた。

メルツ首相もゼレンスキー大統領も言及しなかった、または、あえて言及を避けたのかもしれないが、質問に出た「タウルス」とは何か。

ドイツとスウェーデンの合弁企業「タウルス社」が、開発・生産した空対地巡航ミサイルは、総じてタウルスと呼ばれる。西側の戦闘機や戦闘攻撃機から発射し、地下の標的や、敵の作戦にとって極めて重要なインフラへの精密攻撃を主任務とするタウルス KEPD 350、KEPD 350MR、KEPD 350K-2 またはKEPD 150があるので、ゼレンスキー・メルツ共同記者会見での質問は、これらのいずれかのこととみられるが、KEPD 150/350シリーズの共通する特徴の一つは、弾頭に「メフィスト」と名付けられた二段式タンデム貫通弾頭を使用していることだ。

このメフィスト弾頭の第一段階は、すり鉢状に固められた高性能爆薬で出来ていて、垂直に近い角度で標的にぶつかる0.5秒前に爆発。爆発の衝撃波が標的の鉄筋コンクリートや装甲などに集中して、突破口を開く。高性能爆薬で出来た第二段階は、その穴を通って、標的に貫通後、床や防護壁などをカウントしながら通過。目標となる階層の最適な地点で起爆し、損害を与えることになる。
つまり、敵の地下司令部など重要地下施設への攻撃を意識して開発されたのが、KEPD 150/350シリーズということになるだろう。
では、KEPD 150/350空対地巡航ミサイルは、ドイツとウクライナが合意すれば、ウクライナは、導入できるのか。
ここで、気掛かりになるのが、1987年にG7先進国によって、ミサイルおよびミサイル技術の輸出を制限しようと設けられた非公式な制度「ミサイル技術管理レジーム(MTCR)」である。

このMTCRによれば、射程300km以上のミサイルや無人機システムそのもの、および、そのようなシステムの開発に使用されうる資機材・技術の輸出をMTCR参加国は、国内法で規制するというもので、2024年現在、35カ国が参加している。

このMTCRの観点から興味深いのが、KEPD350K-2だ。MTCRの対象となりかねない射程300kmを超えるKEPD 350K-2巡航ミサイルだが、韓国軍は、F-15K戦闘機に搭載し、運用している。MTCRには、別表のように、ドイツ、スウェーデンだけでなく、韓国も参加している。
では、韓国でのKEPD 350K-2運用とMTCRの関係は、どのようになっているのか。

タウルスのスウェーデン側のメーカーは、すべてのKEPD 350ミサイルは、「MTCRカテゴリーIIの兵器である」と明確に定義している。
では「MTCRカテゴリーII」とは何か。米国務省の説明によれば「カテゴリーIIの品目には、あまり機微でなく、かつ軍民両用のミサイル関連コンポーネントや、ペイロードに関わらず射程距離300km以上のミサイルシステム全体が含まれる。輸出には、MTCRガイドラインに規定された不拡散要素を考慮した許可要件が適用される」となっていて、射程300km以上のミサイルでも、要件を満たせば、必ずしも輸出禁止にはならないことになる。
KEPD 350K-2ミサイルがMTCRカテゴリーⅡに当てはまり、韓国で運用可能になっているのだとすれば、ロシアと戦争中のウクライナにもKEPD 350ミサイルは輸出可能になるのか。それが可能になるなら、スウェーデン側メーカーの説明で「バンカーなどの強固に埋まった標的を含む固定および半固定標的、そして大規模レーダー基地などの重要点および面標的への精密攻撃」「硬くて深く埋まった標的に対する優れた貫通力、および価値の高い点および面の標的に対する破壊能力と、並外れた橋梁および滑走路標的の破壊能力を兼ね備える」KEPD 350ミサイルをベースとして、500kmをさらに超えるミサイルをウクライナ国内で開発・生産される可能性があるのだろうか。可能性があるとすれば、それは一朝一夕でできることではないだろう。
時間との闘いも踏まえながら、射程に制限のない装備が、蜘蛛の巣作戦に続くウクライナ側の将来の作戦シナリオに組み込まれるのかどうか。そして、それは、西側全体の安全保障に深くかかわるロシアの戦略兵器態勢に影響があるのかどうか。興味深いことではある。
(フジテレビ特別解説委員 能勢伸之)