井上警視総監は“お咎めなし”に

この大失態が明るみになっても、国松長官は更迭処分を“城内派“と目された桜井公安部長だけにとどめ、Xの存在を秘匿する方針を決めた張本人である井上総監はお咎めなしとした。

なぜ桜井公安部長だけを更迭し責任者の井上総監は処分されなかったのか。
ここにも再び井上総監への特別な配慮があったとみるべきだろう。

一方、Xの存在が明らかになったことで責任をとらされた“城内派“幹部は桜井公安部長だけではなかった。

近い将来、長官との呼び声が高かった杉田警備局長が97年3月、内閣情報調査室長に転出する。

内閣情報調査室長は警察キャリアが引き継ぐべき重要ポストであったことは言うまでもないが、当時杉田警備局長は間違いなく長官候補の筆頭であった。
全国警察の警備公安部門のトップとして詰め腹を切らされたと言える。こうした一連の人事は、警備公安部門を牛耳る“城内派”の一掃人事とも囁かれた。

オウムへの怨嗟

オウム信者のX巡査長をめぐって警察が大失敗したことで、多くの警察幹部が、ひいては警察組織そのものが有形無形の傷を負った。

麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚
麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚

その傷がオウムへの凝り固まった組織的怨嗟となって「長官銃撃事件はオウムの仕業でなければならない」という、本来の捜査には無用な呪縛、絶対不可侵の不文律の様なものが生まれ、後にオウム以外で容疑性がある者が浮上しても歯牙にもかけないという基本スタンスができあがってしまったのではないか。

 X巡査長をめぐる警察の失態は長官銃撃事件の捜査に大きな影響を及ぼしたのは間違いない。

【秘録】警察庁長官銃撃事件27に続く

【執筆:フジテレビ解説委員 上法玄】

1995年3月一連のオウム事件の渦中で起きた警察庁長官銃撃事件は、実行犯が分からないまま2010年に時効を迎えた。
警視庁はその際異例の記者会見を行い「犯行はオウム真理教の信者による組織的なテロリズムである」との所見を示し、これに対しオウムの後継団体は名誉毀損で訴訟を起こした。
東京地裁は警視庁の発表について「無罪推定の原則に反し、我が国の刑事司法制度の信頼を根底から揺るがす」として原告勝訴の判決を下した。
最終的に2014年最高裁で東京都から団体への100万円の支払いを命じる判決が確定している。

上法玄
上法玄

フジテレビ解説委員。
ワシントン特派員、警視庁キャップを歴任。警視庁、警察庁など警察を通算14年担当。その他、宮内庁、厚生労働省、政治部デスク、防衛省を担当し、皇室、新型インフルエンザ感染拡大や医療問題、東日本大震災、安全保障問題を取材。 2011年から2015年までワシントン特派員。米大統領選、議会、国務省、国防総省を取材。