牛、豚、鶏肉の産地として知られる鹿児島。しかし配合飼料の価格高騰などで畜産農家は厳しい経営を強いられている。そんな中、販路拡大や生産から加工、販売まで自社で手がけるなど「もうかる農業」を目指す動きも出ている。
和牛日本一の栄光を手にしても強いられる苦しい経営
農林水産省が2023年にまとめた各都道府県の農業産出額では、鹿児島は5438億円で、北海道に次いで全国2位となっている。産出額全体の7割を畜産部門が占めていて、肉用牛が全国2位、豚は1位、ブロイラーも1位となっている。

2022年に鹿児島県で開催された、和牛日本一を決める全国和牛能力共進会では、鹿児島黒牛が日本一の栄誉に輝いた。一見好調なようだが、畜産農家は苦境に立たされている。
2023年の業種別の経営収支をみると、全国平均で肉用牛・肥育牛が約マイナス135万円。養豚が約マイナス290万円と、ともに農業所得がマイナスで、売上より経費が上回っている赤字の状態になっている。
飼料価格が数年で倍近く高騰 さらに和牛の値段も下落
鹿児島県薩摩半島北西部の薩摩川内市にある高崎畜産を訪ねた。高崎畜産は、黒毛和牛の繁殖や肥育を行っていて、広々とした敷地に大きな切妻屋根の牛舎が複数建っている。

掃除が行き届いた清潔感のある建物内は金属製の柵で区画されていて、その中で約3100頭の牛が飼われている。通路に沿って設けられたエサ場にザーっと飼料が入ると、真っ黒な毛に覆われたつぶらな瞳の黒牛たちが顔を出し、無心に食んでいた。
牛にとって欠かせない飼料だが、高崎淳史専務は、経費がかさみ「農家の実入り」が減っているのを実感しているという。「飼料価格は3~4年前から倍近くになっている状況」と語る。

(公社)配合飼料供給安定機構「飼料月報」の資料でも、2020年9月ごろは、1トンあたり6万5000円ほどだったが、ロシアのウクライナ侵攻や円安などが影響し、2023年2月時点で10万円を超えている。

さらに、高崎さんは「全国的に和牛頭数が増えてあふれている状態で、値段も下がってきている」と打ち明けた。
より高く売るため 付加価値の付与と販路拡大の動き
育てた牛や豚などをより高く売るために、どうすればいいのか?

九州農政局鹿児島県担当の窪山富士男地方参事官に生産者の動向について聞いたところ、「商品を加工し付加価値をつける」また、「販路を拡大する」といった、主に2つの動きがあるそうだ。
そして、高崎畜産は後者の販路拡大に力を入れている。「売り先は全国で、東京や京都、神戸、福岡。市場に合った牛を持っていく」と高崎さんが語ってくれた。
次の世代につなぐため 生産者の所得確保で産業として発展を
県産品に特化した通販サイト『かごしまぐるり』。
生産者の所得向上を目的に2021年、鹿児島市で開設されたサイトで、月額使用料や決済手数料は不要。生産者が自ら決めた卸価格で商品を売り出すことができる。

サイトでは、果物や肉、飲料など多種多様な食品が販売されていて、顔出しで生産者の紹介もしている。現在265社の900を超える商品が並び、年間で2万件近くの発注実績があるという。

『かごしまぐるり』を運営するオービジョンの大薗順士代表取締役は、生産者がしっかりと所得を得ることで、産業として発展していく。そして、それが次の世代に「「自分たちもがんばろう」「自分たちも担っていきたい」とつながるのでは」と、語る。
一方で、「ブランディングができているかといえば、まだまだだと思う。」と、課題にも触れるが、「大きな可能性でもあり、これからの未来は大きな伸びしろがある」と期待を口にした。
「本物の素材を追求したい」調理師から養豚業に転身
通販サイト「かごしまぐるり」で、商品を販売している満園克義さんは、薩摩川内市入来町で薩摩八重ファームという養豚業を営んでいる。

農場を訪ねると、黒くツヤツヤしたボディに、白い鼻先や白い足元がチャーミングな黒豚たちが愛嬌たっぷりに迎えてくれた。大切に育てている豚たちに、優しく声をかけながら視線を送る満園さん。

もともとはホテルの調理師を務めるなど、料理を作って食を提供する立場にいた。しかし、本物の素材を追求したいと、約30年前に養豚業を始めたという異色の経歴の持ち主だ。
そして、ここ数年の飼料価格の上昇に頭が痛いのは、満園さんも同じ。「倍になったエサ代に比べて、店頭の豚肉の価格はほぼ変わっていない。その分農家は大変」と打ち明ける。
養豚業だけでは無理 六次産業化で100年企業を目指す
そんな中、満園さんは生産から加工、販売まですべてを手がけて、育てた豚に付加価値をつけて販売する、六次産業化に取り組んでいる。

自身が経営する「工房みかく亭」には、コロッケやギョーザといった黒豚を使った加工品や弁当がずらりと並んでいる。大きなトンカツがのった黒豚カツ丼は、ボリューミーながら、値段はなんと500円。黒豚が自社産だから、価格を抑えることができるという。

「養豚業だけではとっくの昔に会社はつぶれていますよ。でも、半分から7割ぐらい自社販売できたら、100年企業はつくれるんです」と6次産業化をもっと進めていく構えだ。
母校訪問「1人でもいい。将来、農業に携わってほしい」
母校の薩摩川内市立入来中学校を訪れた満園さん。後輩たちに、農家として自分が歩んできたこれまでの道のりを語って聞かせた。

その中で満園さんは、「鹿児島に育ったことに感謝してほしい。そして、できれば1人でもいいので「農業に携わってもいい」という気持ちがあればありがたい」と、自身の望みを若い世代に伝えた。

その後の給食の時間では、生徒たちには満園さんが育て、商品化した黒豚のメンチカツが振る舞われた。女子生徒は「おいしかったです」と、かみしめるように食べた感想を述べた。
目標は「地元の子たちを雇用して還元できる会社規模」
満園さんは「自分で想定している会社規模にして、人材は必要なので、地元の子たちを雇用して還元できるようになっていければ」と今後の展望を語る。

そこで、男子生徒に、満園さんが農家になってほしいと言っていたが?と投げかけてみた。すると、はにかみながらも「なれたらなりたい」と、頼もしい答えが返って来た。満園さんの思いが、中学生に伝わったのかもしれない。
私たちの大切な食を支える農業。生産者のこういった取り組みが、「もうかる産業」につながることを願う。

そして我々には、消費者として購入し食べる役割がある。
満園さんのメンチカツを食べた女子中学生が語ったように、「色々な人の思いが込められているので感謝して」いただこう。
(鹿児島テレビ)