なぜだ?警察官が警察官に誰何された時に名刺を出す必要があるだろうか?
本来職務中であることを表したいのであれば警察手帳を見せるだけでいいだろう。
地下鉄サリン事件の発生で、警察官全員が警察手帳を常に携帯するよう義務づけられていたし、手帳だけ見せれば自分の名刺なんて出す必要がない。

事件当時この場所の左側には「クリスマスツリーのような木」が植えられていた
事件当時この場所の左側には「クリスマスツリーのような木」が植えられていた

わざわざ名刺を出したと話すのは明らかに不自然だ。警察官が職務質問したということであれば、職質した警察官を探せば裏付けがとれる話かもしれない。

しかし幹部からは相変わらず「X供述の裏付けは取るな」と厳命されていたため、新たな話が膨らむことはなかった。

蜘蛛の巣

蜘蛛は糸を出して螺旋状に巣を張る。一見、蜘蛛の巣には見入ってしまう造形美がある。

しかしその美しさに魅せられ、入って行ってしまうと糸に絡まって抜け出せなくなる。
まるでそんな蜘蛛の巣に呼び込んでくるかのように、Xの供述には取調官の耳朶を打つ魅力があった。

どうしても裏が取りたくなる。

現場近くで目撃された“双眼鏡の男”はXなのか…
現場近くで目撃された“双眼鏡の男”はXなのか…

「裏は取るな」と上司に厳命はされていたものの、薩摩隼人の石室だ。正しいと思ったことに進まずにはいられないタチである。

Xに「警察だ。仕事中だからあっちに行ってくれ」と言わせてその声を録音し、目撃者の新聞配達員に聞かせたが「よくわからない」との反応だった。

月日が経つと人の記憶は薄れていくもので、裏付けが取れるものも取れなくなる。適宜、供述の裏付け捜査が満足にできない状況に、石室らは通常の捜査で感じたことのないフラストレーションに苛まれていた。

【秘録】警察庁長官銃撃事件19に続く

【執筆:フジテレビ解説委員 上法玄】

【編集部注】
1995年3月一連のオウム事件の渦中で起きた警察庁長官銃撃事件は、実行犯が分からないまま2010年に時効を迎えた。
警視庁はその際異例の記者会見を行い「犯行はオウム真理教の信者による組織的なテロリズムである」との所見を示し、これに対しオウムの後継団体は名誉毀損で訴訟を起こした。
東京地裁は警視庁の発表について「無罪推定の原則に反し、我が国の刑事司法制度の信頼を根底から揺るがす」として原告勝訴の判決を下した。
最終的に2014年最高裁で東京都から団体への100万円の支払いを命じる判決が確定している。

上法玄
上法玄

フジテレビ解説委員。
ワシントン特派員、警視庁キャップを歴任。警視庁、警察庁など警察を通算14年担当。その他、宮内庁、厚生労働省、政治部デスク、防衛省を担当し、皇室、新型インフルエンザ感染拡大や医療問題、東日本大震災、安全保障問題を取材。 2011年から2015年までワシントン特派員。米大統領選、議会、国務省、国防総省を取材。