2024年、南シナ海では中国とフィリピンの対立がこれまでにないほど激化した。フィリピンの補給船が中国の妨害を受け、負傷者が出る事態に発展。さらに中国は一方的に外国人拘束の新規定を施行するなど、緊張はさらに高まっている。今後、日本を含む関係国がフィリピンと協力して、南シナ海における国際秩序を維持できるかが焦点だ。
緊張が高まり続ける中国とフィリピン
2024年12月3日から14日にかけて、フィリピン軍は南シナ海で実効支配する岩礁を守る兵士たちに、補給物資とともにクリスマスプレゼントを届けた。笑顔でプレゼントを受け取っているのは、フィリピンの排他的経済水域内にあるアユンギン礁に駐留する兵士だ。

この兵士たちは、1999年に中国の海洋進出に対抗するために意図的に座礁させた古い軍艦「シエラマドレ号」に駐留している。それ以来、兵士たちは交代で常駐し、定期的に水や食料などの物資を補給されている。今回の補給任務はトラブルなく終えたが、2024年には、この軍艦をめぐって中国との衝突が相次ぎ、対立はエスカレートした。

アユンギン礁の周辺海域での両国の対立は長年にわたり続いてきた問題で、膠着(こうちゃく)状態が続いていた。ところが事態は2024年3月5日に大きく動いた。

兵士交代や物資補給のために拠点に近づいたフィリピンの民間補給船が中国海警局の船から放水砲で妨害を受け、船内の窓ガラスが割れて乗組員4人がけがをしたのだ。南シナ海の補給任務で負傷者が出るのは初めてのことだった。また、同行していたフィリピン沿岸警備隊の巡視船も中国船から体当たりされて損傷し、緊張は一気に高まった。
乗船取材で目撃した最前線「アユンギン礁」攻防の実態
この出来事の直後の2024年3月下旬、FNNは外国メディアとしては初めて、フィリピン当局からアユンギン礁周辺海域での取材を許可され、沿岸警備隊の巡視船による物資搬入の任務に同行した。

3月23日の夜明け前、取材班が乗った巡視船が物資補給船とともにアユンギン礁周辺に到着すると、10隻以上の中国船団に取り囲まれた。中国海警局の船は進路妨害を繰り返し、そして、我々からも見える場所でフィリピンの補給船に対し放水砲を浴びせた。さらに、ニアミスを繰り返していたフィリピンの巡視船と中国海警局の船がついに接触し、互いに船体を損傷することになった。フィリピンの補給船は放水砲で重大な損傷を負い、3人がけがをしたことから、物資搬入任務は中止された。

広い海での約8時間にわたる攻防。私もこの先どうなるのかという不安にもかられたが、現地に常駐している乗員らは常に恐怖感を抱いて任務にあたっていることだろう。
この衝突についてフィリピン側は「国の排他的経済水域内での任務遂行は権利の範囲内だ」として非難した。一方、中国側は「南シナ海は中国の領土で、断固とした措置を取り続ける」と従来通りの主張を繰り返した。
中国の「外国人拘束」新規定…中比の暫定合意による影響
その後も衝突が続いていた6月、中国は突如として、「領海」に違法に侵入した外国人を最長で60日間拘束できる規定を施行した。直後にはフィリピンの複数のゴムボートを“襲撃”して乗員らを一時的に拘束する事案も発生し、対立はさらに激しさを増した。

こうした中、フィリピン政府は2024年7月、中国政府と軍事拠点への補給活動に関する暫定的な取り決めに合意したと発表した。その内容は、「両国は緊張を緩和し、相違点を解決する必要性を認識している」というものだった。しかしその後も、アユンギン礁だけでなく、サビナ礁、スカボロー礁といった他の海域でも衝突が続いている。
中国の威圧的行動にASEAN諸国は足並み揃わず
一体なぜ対立は長年にわたり続き、解決に至らないのか。
南シナ海は天然ガスや漁業資源が豊富で、東南アジアの一部の国や中国が島や岩礁などの領有権を主張しあっている。とりわけ中国は、南シナ海のほぼ全域を自国の「領海」だとする地図を公表するなどして、周辺諸国に圧力をかけてきた。

2016年、オランダ・ハーグの仲裁裁判所は、中国が主張する独自の領海には根拠がないという判断を示した。しかし、中国はこの判決を受け入れず、埋め立て地を増設するなど威圧的な行動を取り続けている。

これに対し、フィリピンをはじめ、ベトナム、マレーシアなどASEAN=東南アジア諸国連合の一部の国が反発した。2024年9月末にはベトナムの漁船が中国の船から襲撃される事件も発生し、10月にラオスで開かれたASEAN首脳会議では激しい論戦が繰り広げられた。フィリピンのマルコス大統領は会議の場で国際法の順守を改めて訴え、中国の李強首相の目の前で、「継続して嫌がらせや威嚇を受けている」などと非難した。

また、一部の加盟国からも情勢を懸念する意見が相次いだ。ところが、経済的に中国とつながりが強い国々は賛同せず、逆にASEAN内の温度差を露呈することになった。結局、足並みが揃わないまま首脳会議は閉幕し、後日公表された議長声明は、「状況を更に複雑化させるような行動を回避する必要性を再確認した」といった例年通りの文言を繰り返すにとどまった。
日本も異例の対応、国際連携の行方は…
2024年4月、フィリピン軍は南シナ海で「海上協力活動」として、日本、アメリカ、オーストラリアとの4カ国による初めての共同訓練を行い、隊列を組んだ航行の連携などを確認した。また、日本、アメリカ、フィリピンの3カ国首脳会談が行われ、中国の海洋進出について意見を交わした。

7月には日本とフィリピンが外務・防衛閣僚協議(2プラス2)を行い、自由で開かれた国際秩序を維持するための連携を強化するとともに、自衛隊とフィリピン軍の共同訓練をしやすくするRAA=円滑化協定に署名した。また8月には、南シナ海で海上自衛隊と二国間の共同訓練を初めて実施し、通信や戦術などの演習を行った。
さらに、在フィリピン日本大使館は同月、中国の領有権の主張について法的な根拠を否定する声明を発表した。日本大使館が他国の主張に反論する形で声明を出すのは異例のことだ。

2024年12月には、日本、アメリカ、フィリピンの高官が、海洋安全保障などを協議する初めての会合を都内で開き、力による一方的な現状変更に反対していくことを改めて確認した。2025年1月にトランプ次期大統領が就任するアメリカは、今後も協力関係を継続する見通しだ。
日本が重要な役割を担う中、南シナ海における国際秩序を関係国が維持できるかが今後の焦点となる。
(バンコク支局長 田中剛)