大事な映像がないと言うのだ。
「なにぃ?」
ひな壇の理事官は気色ばんだ。

長官邸の玄関先を映している防犯カメラ映像は「画像警戒伝送システム」と呼ばれ、南千住署に設置された機材で録画されていた。
長官宅のドアの近くを人が通ると、その熱を感知し本署の警報が鳴るシステムで、警報を合図に署員がボタンを押し映像を録画する手順が取られていた。
録画はビデオテープで行われていて、デッキを整備していた課員がこのテープを回収しようとデッキから取り出した際、テープのフィルム部分がデッキにこんがらがってしまったそうだ。
フィルム部分がぐじゃぐじゃになってしまったため、使えないと早とちりした係長が棄ててしまった。
映像は永久に失われてしまったというのだ。
この報告に、捜査本部は水を打った様な静寂に包まれた。
捜査員全員が「何でそんな大事なものを棄てるんだ?復元だってできたはずだ」と悔しがった。
「ソバージュの男」
直ちに銃撃実行犯に直結するような話ではなかったが、この話を知った南千住署の署長は、半ば半狂乱になって佐藤警備課長を責めたという。
【秘録】警察庁長官銃撃事件8に続く
【編集部注】
1995年3月一連のオウム事件の渦中で起きた警察庁長官銃撃事件は、実行犯が分からないまま2010年に時効を迎えた。
警視庁はその際異例の記者会見を行い「犯行はオウム真理教の信者による組織的なテロリズムである」との所見を示し、これに対しオウムの後継団体は名誉毀損で訴訟を起こした。
東京地裁は警視庁の発表について「無罪推定の原則に反し、我が国の刑事司法制度の信頼を根底から揺るがす」として原告勝訴の判決を下した。
最終的に2014年最高裁で東京都から団体への100万円の支払いを命じる判決が確定している。