「長官の出勤時間は通常は午前8時半ですが、前日は午前7時40分に自宅を出られています。
庁舎警備の女性警察官が見た自転車の男は、長官の朝の出勤時間になっても、普段いるはずの警戒車がいないため、既に長官が出勤してしまったのかと思い、確認するため南千住署に見に来たのではないか、ということが推察されます」
「となるとこの自転車の男は狙撃犯その者だった可能性もあるのではないか?」
理事官が怒鳴った。
栢木は「その可能性もあると思います」と即答した。
複数・組織的犯行か
このやりとりに特捜本部捜査員140名全員が色めきだった。
地取り情報が銃撃実行犯の当日の動き、その陰に迫ってきたからである。
理事官とは別のひな壇組が口を開いた。
「犯人は複数。事前に何度も現場に来て下見をし、長官の行動、警護態勢の確認を入念にしていたばかりか、犯行後も狙撃犯の逃走経路を惑わすようにダミーの逃走犯を仕込んだ可能性もあるようだな」
普段は能面の様に鎮座している特捜本部ナンバー2の参事官だった。

初動における聞き込み捜査で上がってきた多くの目撃情報が、「複数犯」「組織による犯行」という事件の輪郭を朧気ながら描き始めていた。
ソバージュの男
初動捜査も大詰めを迎えた5月の終わりの捜査会議では、こんな場面もあった。
南千住署の佐藤警備課長率いる警備課員から、衝撃の報告があったのである。
「事件前の不審者情報についてご報告します。
3月10日、午後11時30分から翌日11日の午前0時30分までの間、長官宅の玄関先を映している防犯カメラのセンサーが3回鳴りまして、警備課員が現場に急行しました。
現場の国松邸の前に既に不審者はおらず、防犯カメラのチェックを行いました。午後11時50分ごろ、男1名の映像を受信しました」
「人着は?」ひな壇の理事官は尋ねた。
「男は年齢が25から30歳。体格は普通かやせ型で、ソバージュ風のパーマがかかった髪型の若者が映っていました」
「映像を見せてくれ」と理事官は反応した。
すると警備課員は何やら肩を落としている。
「実は、5月2日頃、受信装置の整備を行っていたところ、テープが壊れてしまって棄ててしまいました」