オウム真理教による地下鉄サリン事件から10日後の1995年3月30日、国松孝次警察庁長官が銃撃され瀕死の重傷を負った。
警視庁は140名規模という空前絶後の規模の捜査本部で銃撃犯を追った。
徹底した聞き込みにより犯人の目撃情報が次々に集まるなか、女性警察官はオウム信者そっくりの男を目撃していた。
事件発生から間もなく30年。
入手した数千ページにも及ぶ膨大な捜査資料と15年以上に及ぶ関係者への取材を通じ、当時の捜査員が何を考え何を追っていたのか、そして「長官銃撃事件とは何だったのか」を連載で描く。
(前話「『まるでフランス映画のような…』警察庁長官を撃った男を追え 空前絶後の巨大捜査本部があぶり出した“175センチくらいの男”」はこちらから)
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目撃情報E もう一人の自転車男
事件直後、銃撃の実行犯とみられる男の目撃情報とは別の自転車の目撃情報が、今度は特捜本部のある南千住署の署員から寄せられた。
銃撃現場から南に直線距離にして約500メートルのところに、国道4号線の「南千住警察入り口」交差点がある。
犯行直後の時間帯に、南千住署の方から交差点に向かって千住間道を猛スピードで走ってくる自転車の男が、交通整理をしていた女性警察官に目撃されていたのである。
女性警察官は黄色信号で交差点に突っ込んできた黒色の自転車に、「危ない」と感じたことで鮮明に記憶していた。
しかも、この「危ない自転車の男」はどこかで見覚えがあった。
女性警察官は3月22日、上九一色村のオウム真理教施設に警視庁などが行った捜索のテレビニュースを思い出し、ニュース映像で見た髭混じりで彫の深い顔立ちの信者の男が、「危ない自転車の男」に似ていると証言するのである。
また「危ない自転車の男」の目撃情報は意外なところからも寄せられた。
証言したのは、何と南千住署に逮捕されていた容疑者の男だった。
この日の朝、男は南千住署から東京地検に移送されるため、捜査車両に乗せられていた。
そこに猛スピードで自転車が走ってきて、男が乗せられていた車と並行して走る格好になったという。
さらに警察署から100メートル離れた場所や、JR南千住駅前でも同一とみられる自転車の男の目撃情報があることもわかった。
特捜本部は、女性警察官が思い出した髭混じりの男が誰なのか調べた。
するとオウムの幹部の矢野隆(仮名)の可能性があるとの結論が出されたのである。
特捜本部は不審な自転車の男が複数いたことを当初から把握できた。
しかしそれぞれが連携しているのか、見えてくるまでにはしばらく時間が必要だった。
目撃情報F 事件前に目撃されれていた不審者
不審人物の目撃情報は、発生当日だけではなかった。
事件数日前から現場周辺では様々な不審者が目撃されていたのである。
発生から数日経った夕方の捜査会議は盛況だった。まず発生現場の外周部を担当する「地の3」の捜査員が発言した。