能登で復興に向けて前を向く人々を訪ねる特集「能登人を訪ねて」。今回は人とウマの共生を目指す珠洲市の牧場『珠洲ホースパーク』を訪ねた。

『人とウマとの共生』をテーマにしたこの施設も、地震による大きな被害を受けた。だが、復旧を目指す中で新たな動きも見え始めたようだ。それはいったいどんな動きなのか…?

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引退した競走馬 再活躍の場所

迎えてくれた今回の能登人は、元調教師の角居勝彦(すみいかつひこ)さん。競馬で有名な賞レース、G1などで活躍した競争馬を育てていたが。現在は舞台をレース場から変えて、珠洲市で人と馬のふれ合いの場『珠洲ホースパーク』を運営している。

草を食む馬たち…。角居さんに「今ちょうどお食事中なんですね」とたずねると、笑顔で…。

角居勝彦さん:
1日中食事中なんですけどね。

まさか1日中食事の時間だとは…。その食事量に驚きの声を上げると、一頭の馬と目が合った。

角居さん:
元競争馬で、『カウディーリョ』って言います。G1では菊花賞に出走して8着というのが一番の成績ですね。

有名なレースにも出たというカウディーリョ。もくもくと草を食べるその馬体を見ていると、競馬の中継で見るような、現役の競走馬との違いが見えてくる。一番わかりやすいのが毛艶だ。現役の競走馬は毛艶がよくピカピカ光っているようにすら見えるが、カウディーリョの毛を改めてよく見ると温かそうにモコモコとしていた。

角居さん:
これはもう競争馬の毛ではなくて、珠洲市の自然環境に慣れるための毛なんです。ピカピカではなくなりましたけど…雨風に当たることもなかった子が、やっぱりこうやって雨風、自然環境の中でたくましくなるために、こうして体の皮膚を自然と変えていくんです。

角居さんの引退場に対する思い

角居さんはなぜ、このホースパークをここに作ろうと思ったのか…。馬を飼うということは、乗馬クラブでもできることだ。しかし、角居さんは、敢えて引退した競走馬だけの牧場をつくりたいと考えたのだという。

角居勝彦さん:
この子たちは結局、種馬にもなれなかった。競馬とは、勝つものしか評価されないという世界です。それは馬も調教師もそうでした。私も調教師としてそんな世界に身を置いていましたし、それはそれで、やっぱり目的があって、目標があってっていう楽しみとか生きがいもありましたけど。逆に考えたんです。成果主義の世界で、勝てなかった子たちに本当に役割がないのか、生きがいがないのかって言ったら…それは違うと私は思います。そんな馬たちがこれからの社会で担う役割を、新しく創出したい。今、新しいチャレンジというところで非常に楽しい思いをしています。

競走馬としての役目を終えた馬に、生きる意味を。調教師として馬と向き合ってきたからこそ角居さんは強くそう思ったのだろう。

調教師「角居勝彦」 第二の舞台としての奥能登・珠洲市

2021年に調教師を引退した角居さんは、広大な敷地がある珠洲市で馬が持つ癒しの効果を生かし、馬のセカンドキャリアの場を作ろうと模索していた。そして、2023年8月珠洲ホースパークを開業。テーマは『人と馬の共生』だ。

角居さん:
この目を見てるだけで癒されるとか、ファンになる人がたくさんいるっていう不思議な動物なんだと思いますよね…

そう角居さんが話し出した途端、もくもくと草を食べていたカウディーリョが、角居さんと稲垣アナの前を横切って立ち去って行った。あまりにもタイミングが「いい」立ち去り方で、稲垣アナも角居さんも笑ってしまう。

角居さん:
多分面倒くさいこと言い出したって思って、逃げちゃいました。

そう笑う角居さん、カウディーリョの仲の良さがうかがえる一幕だった。

稲垣アナはこの日、このカウディーリョに騎乗することになった。G1レースにも出た名馬で、胸が躍る体験だ。

稲垣アナ:
失礼します…高い!わー、景色が良すぎる!一気に目線が高くなるので見晴らしがいいいですね。競馬の騎手の人の目線ってこんな感じなんですね

角居さんは「そうですね」と頷いた。そのまま、カウディーリョの背中に乗せてもらいながら、震災当時の様子について聞いた。

角居さん:
元日の震災の時は集牧して馬屋の中にいたんですけど、地震で扉全部開いちゃって、馬が勝手にトコトコと出てきたっていう…ただ、暴れてびっくりしてる感じはなくて、「あれ?なんか戸開いてる…」みたいな感じで出てきたって言ってましたね。

地震では、馬は無事だったが、飼育するための水が足りなかった。施設も一部損壊。トイレも使えなくなるなどし、客を迎えることができなくなってしまった。

2024年9月1日に営業を再開。角居さんは、「今こそ、馬の力でみんなを明るくしたい」と言う。

角居さん:
自分たちの町が壊れたままも苦しいけど、それが撤去されて空っぽになっていくのを見るのがやっぱり辛い感じじゃないかなと思うんです。そこに何か穴埋めするものとして、こうやって馬があったり、ぜひ色々触れ合いに来てもらえたらなと思うんですけどね。

稲垣アナ:
ホースパークの本格復旧に向けて、今どんなことが必要だなと考えていますか?

角居さん:
何度も地震があってということで水も止まったので、水を常に安定して供給できるというシステムだったり、有事になった時にちゃんと自立できていくっていうのがやっぱり大事な目標だとは思いますし…

角居さんは、自立したライフラインを手にして強い牧場にしたいと思っていた。その思いを共にするのが、ビジネスパートナーの足袋抜豪(たびぬきごう)さんだ。足袋抜さんは農家、写真家などの顔も持つ珠洲市出身の実業家で、角居さんのビジョンをビジネスとして成立するよう実務面でサポートしている。

足袋抜さんに、角居さんはどんな人かと尋ねてみた。

足袋抜豪さん:
やっぱり「一流はこうなんだな」っていう…生意気な言い方になっちゃうんですけど、やっぱり角居さんから学ぶことが本当に多いですね。角居さんがいると、安心しながら色んなことができそうな、その先の未来を作れるかなって、本当に頼もしい方です。今回、能登半島地震と豪雨もあったんですけど、僕自身もそういった備えみたいなのがやっぱり足りなかったのかなとところが今回、大きな学びと言いますか経験でして…。自分たちで水ですとかエネルギーですとか、もちろんトイレとか、循環できるような社会を牧場の中に作っていくということ。あとは馬との共生を生かしながら、町の役に立つ、人の役に立つということを実現したいと考えています。

その夢に向かって取り組んでいるのが、「水の循環システム」だ。『珠洲ホースパーク』にあるトイレは、排泄物を流すために使われた水を特殊なフィルターなどを通してろ過させる。その水を再利用することで、トイレはいつでも使えるようになるという。

また、汲み上げた井戸水から鉄分を除去し、馬の飲み水として利用できるシステムを導入した。今後は発電装置なども拡充させ、インフラに強い牧場を目指している。

災害復旧後に思い描く『人とウマが共生する社会』

稲垣アナ:
復旧がかなった後のホースパーク、そして珠洲について、どのような未来を描いていらっしゃいますか?

角居さん:
馬がいる場所として認知され、いろんな人がたくさん寄り集うような場ができればいいなと思ってます。

足袋抜さん:
角居さんがおっしゃった通りで、いろんな方が訪れて、いろんな機能といいますか、いろんな役割がこの場所に生まれるといいのかなと思っています。

さいはての地で、復興へ向けた新たな芽吹きを強く感じた。

(石川テレビ)

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